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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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裏切り者

午前中、メイナードと共に体を動かし、すっかり汗をかいたローザリンデはシャツを着替えた。

一日目こそ、王都から着たキリだった絹のブラウスにツイルのたっぷりとしたスカートを身に着けていたが、今はここの女性の使用人が用意してくれた、木綿のシャツに毛織物で出来たくるぶし丈のスカートを着ている。


まだ朝晩が肌寒いここでは、分厚いショールがジャケット代わりだ。


メイナードは詰所の私兵と申し送り後、自室に仮眠を取りに行っている。

ローザリンデの護衛として副団長から指名された彼は、少しの仮眠を一日に数度取るだけで、ほとんどの時間、護衛対象のそばを離れない。


修道院の近くにはゲオルグたちがいて、その手前の私道の北端にはパトリックとフィンレーがいる。

確かに相手の狙いは、その中でも一番狙いやすいローザリンデだが、果たしてその二つをかわし、ここまで来る者がいるのだろうか…。


しかし、そう考えながら、頭を横に振る。


そして、自分は随分平和ボケしてしまったと叱咤した。

つい数年前、ワッツイア城塞が隣国側の手によって陥落してしまった時のあの記憶を、自分の住まう国が侵略される不安と危機感を思い出せと、ローザリンデは自分に言い聞かせる。


メイナードは、『アデナの門』のフィンレーからもたらされる情報を、包み隠さずローザリンデに教えてくれる。それは、自分を単なる無力な護衛対象と思っていない証左だろう。


(前の時は北部に来ることすらなかったのに…。わたしはシャンダウス家の半地下の使用人部屋を出た後は、カスペラクス家の高く張り巡らされた城のような壁の中で生きていたから。なのに、今も昔も、こうして国の危機を肌で感じている…)


それは、前は『国王の剣』と呼ばれる家門の人間であったからであり、今は、この国の裏切り者(内通者)を追い詰める公爵令息たちの、幼馴染であり婚約者だからだ。


『ハフナの門』に届けられる情報は、いつも半日遅れ。

今朝の報告でも、特に大きな動きはなかった。

しかし、相手側は確実に追い詰められている。

王都の自分に手を出すくらいには。


きっと今もローザリンデの行方を探し、追い詰められた時の取引材料とすることを諦めていないはずだ。

背筋をぞくりと冷気が上る。


相手が自分の拉致に失敗してから、もう三日が経つ。

それにより、隣国側はその思惑や焦りまでも、こちら側に知られてしまった。

その中で、未だに対象の令嬢を逃がしたままだ。


そんな状態で相手側が何を考えるだろうかと、ローザリンデは目を閉じ思いを巡らせる。


相手側、隣国側の…、もしくは教皇側の使()()()手札。

それは、聖ヨハンデール修道院であり、女司祭であり、そして、考えたくはないが、『祈りの塔』に幽閉されているという、ラーラも…。


ローザリンデは前髪に指をくしゃりと差し入れた。


本当に、今となっては何の役にも立たない、『前の時の記憶』。


もし自分が前の時、この北部の修道院が隣国側に差し出された国内の拠点だと知っておれば、ラーラが修道院送りとなる時、何としても南部の療養院へ送るよう懇願しただろう。

けれど実際には、同じ時をすでに生きていたにもかかわらず、常に正しい方を選べるわけではないのだ。


無力感に苛まれ、『シャンダウスのヘーゼル』に涙がにじむ。


確かに、無知故に愚かであったラーラを救えると思った時もあったのだ。

傲慢にも。

けれど、前の時には言葉を交わすこともなかったパトリックに心を奪われ、常軌を逸した行動をし始めたラーラを、結局は制御することが出来ず、今の事態につながってしまった。


『お勉強がんばってみたい』


そう言った時のラーラの顔を今も思い出せる。


『わたしを妬むのをやめて下さい!』


と叫んでいた、目を血走らせた表情も…。


前も今も、どうやってもラーラとは反目する運命なのだろうか。

彼女が、今回の企みに利用されないよう、ローザリンデは今は祈ることしか出来ない。


(いいえ…。わたしが相手側の人間だとしても、必ず何らかの形でラーラを利用しようと思うでしょう。『祈りの塔』へ幽閉されたのだって、その理由を聞いてさもありなんと納得してしまったけれど、どこかが引っかかる…。あの子は男性への関心が強くて、倫理観に問題があったけれど、身分や立場にもこだわっていた。そんな子が、出入りの商人に自らの身を与えるようなことが本当にあるのかしら…。それほど修道院の環境が厳しかったのかもしれないけれど…。まさか、そうしたくなるように、仕向けられたのだとしたら…)


そこまで考えて、ローザリンデは膝の上の指を、ぎゅっと握り込んだ。


(そう仕向けた人間の意図は…?)


「よく考えるのよ。ローザリンデ…」


突然湧いてきた考えに、こくりと唾を飲む。

しかし、悪い予感ほど理路整然としてしまう。そして、思考はどんどんと積み重なり、あっという間に結論を突き付けて来た。


(その意図は…、ラーラを『祈りの塔』へ幽閉すること。その罪を負わせるために、ラーラは嵌められた…?)


女司祭が、教皇の息のかかった隣国の協力者なのは間違いない。

その人物が、ラーラの処分を決めたのだろう。

しかし、『祈りの塔』は厳しい北部の修道院でもめったに使われることのない幽閉場所と聞く。


なぜか嫌な予感がした。


ラーラが幽閉されたのは、まだパトリックもフィンレーも具体的には何もしていない時だ。

その時点で、隣国側が先で彼女が使えると思ったとは、とても考えられない。

ならば、ラーラの幽閉は、隣国側の意図ではなく…。


(女司祭様が罠にかけた…?)


ローザリンデは、前の時の、パトリックによる大聖堂での謡うような祈祷の詠唱をうっすらと思い出す。

と同時に、その時の、国教会の神官たちの恍惚とした表情を。


彼らは、神々しい容姿と、類まれなる神力を纏う若き枢機卿を、まるでもうひとりの神のように信奉していた。

それは、神力を感じられる彼らだからこそ、ただの信徒であるローザリンデ達よりも、はるかに強く、まとわりつくような強烈な憧憬の念をパトリックに向けていた。


(まさか…、女司祭様は、神聖なるパトリックを『ただの男』のように恋い慕い無体を働いたラーラを、より厳しく罰しようと…)


ローザリンデはおもむろに立ち上がった。


「修道院に、パトリックを近づけてはいけない!」


今の幼馴染の姿を見て、誰が神官を志す人間だと思うだろう。

国教会に背を向けた、俗世の男になろうとしているパトリックを、女司祭は何と思うか。

膨大な神力を神より授けられながら、自分たちを見捨てようとしている、裏切り者…?


『アデナの門』のパトリックかフィンレーは、その可能性に気が付いているのだろうか。

どうしたら、確かめられるのか。

ローザリンデは階段を、玄関の詰め所に向かって駆け下りた。

申し訳ないのですが、明日の更新はお休みします。

読んで下さり、ありがとうございます。

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