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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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仮面の男

芝居がかったその声に、ラーラは一瞬いぶかしむ。

しかし、すぐさま淀んだ碧眼を見開いた。


希望の光を灯して。


そして、扉に駆け寄る。


「そこに誰かいるの?そうよ!わたしはシャンダウス伯爵家の正統なる令嬢、ラーラ・ザン・シャンダウスよ!今すぐここからわたしを助け出して!いじわるなお姉様のせいで、閉じ込められてしまったの!」


その言葉に、外からまた声が答えた。


「おお、シャンダウス伯爵家のご令嬢がこんなところに!しかも姉上の策略で?」


「そうよ!お姉様が、わたしとパトリック様の仲を妬んで、こんなところに!」


ラーラは必死で扉に縋り、外にいる誰か、親切な人に向かって訴える。


「なんてお可哀想に…。しかもそのような理由で…」


「そうなの!わたしは何もしていないのに!」


その言葉を受けて、扉の外からは「なんとご不憫な…」と再度声が掛けられた。

それに勇気づけられるように、ラーラが言い募る。


「お姉様はひどいのよ。わたしばかり殿方から関心を寄せられるから、僻んでいらっしゃるの!」


「それは何とも罪深い…」


憐れむようなその声に、ラーラは勢いづいた。


「しかもお姉様は、頭が良いことを鼻にかけて、わたしのことを馬鹿にしているし、男の人たちに相手にされないから、たくさん求婚者がいるわたしが邪魔なのよ!」


「酷い姉上だ」


「そうよ!パトリック様は、わたしのために今のお立場まで捨てて下さったのに、お姉様さえいなければ、今頃王都でパトリック様と恋人同士になっていたのに!」


「それはひどい…」


ラーラの言い分を、謎の声はすべて受け入れ肯定してくれる。


王都の伯爵家の屋敷に、パトリックが会いに来てくれたあの日。

あの時パトリックに、とても美味しい特別なお茶を出そうとしていただけだった。

なのに、その時から以降、一体だれが、これほど自分の話に耳を傾け聞いてくれただろうか。


ラーラの口は止まらない。


「前の婚約者も、パトリック様も、わたしのことが好きなのに、お姉様はそれが気に入らないのよ。わたしが美しいから…。お姉様さえいなければ、わたしはしあわせなのに!お姉様さえいなければ!」


そして、最後は声が割れるほど、理性を失くした叫び声は、石造りの塔の中、幾重にも「お姉様さえいなければ」という音を反響させた。


鳥ガラのような体で、ラーラはぜえぜえと息をつく。

反響が納まり、静まった空間に、今度は心地よい低音が響いた。


「では、その姉上に、復讐せねばなりませんな」


その言葉を聞いた瞬間、しかしラーラは、「え?」という表情を浮かべる。

まさかそんなこと、考えたこともないというふうに。


だが、扉の向こうの人物にはそんな表情など見えるはずもない。

再び、優し気な声が告げる。


「あなたのような美しい人が苦しんでいる姿は見たくありません。わたしが力をお貸ししましょう。そんなひどい姉上は、復讐されてしかるべきです」


ラーラがごくりと息を呑んだ。

落ちくぼんだ瞳を忙しなく動かし、薄暗い何もない部屋を意味もなく見回す。

だが次には、その表情に喜色を溢れさせ、扉に抱き着くように頬を寄せた。


「復讐…そうよ、わたしと彼の邪魔をしたお姉様には、復讐をしなくちゃ。でないと、未来の公爵夫人になれなくなってしまう…!!」


その返事に、扉の外が一瞬、しん…とした。

だが次の瞬間、外からかんぬきに掛けられた鍵が、ガシャン!と開く音が。


ラーラが、瞬きもせず扉を見つめる。

自分を凌辱されるためだけにしか開かなかった扉が、もしかして、自分を助けるために開けられるのかと、期待と猜疑に満ち溢れながら。


果たして、さび付いた蝶番をきしませて、扉は開けられた。


眩しさに思わず目を閉じ、次に恐る恐る眉をしかめながらまぶたを薄っすら開ける。ぼんやりと目に入る輪郭。

扉の外にいたのは、仮面をつけ、黒のマントを頭からすっぽりかぶった人間だった。


突然そのマントから右手が突き出て、ラーラは驚き身をすくませた。

しかし、その手は真っ直ぐに、垢じみて汚らしいラーラの前に差し出される。


そして言った。


「では、その姉上に復讐しに参りましょうか。この手を取れば、後はあなた様の思うままにお膳立てして差し上げます」


ラーラが息を呑んで、その右手をじっと見つめる。

しかし、ほとんど逡巡することなく、その手を掴んだ。

仮面の下の口元が、少し笑んだような気がする。


本当にここから出られるのだろうか。

疑いながらもその手を掴む。


硬く大きな手の平だ。こんな手を、知っている気がすると思ったけれど、うつろな頭では、それが誰であったのかまでは思い出すことが出来ない。


けれど、この手を放せば、待つのは自分の後ろにある、元いた世界だけだ。

何をためらう必要があるのだろう。

その人物は、差し出したラーラの手を握ると、いとも簡単に塔の鉄の扉をくぐり抜けさせた。

数カ月ぶりに目にする外の世界に、思わずラーラは笑顔を浮かべる。


『祈りの塔』での日々は、ラーラの中の内なる世界と外の世界の境界をさらにあいまいにしていた。


辛い現実から逃げるためなのか、それとも身近に置かれていた怪しげな媚薬の影響なのか、修道院に入る前から現実と願望の世界をごちゃまぜにし始めていた令嬢は、自分にとって楽しい夢を現実と思い込む。


だから、彼女をこんなところに閉じ込めた『姉』に復讐するために、幼い頃からの恋人の元へ戻るために、ラーラは仮面の男の手を取る。


その自分が握る手が、かつて自分をここに放り込んだのと同じ手だとも気付かずに…。

読んで下さり、ありがとうございます。

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