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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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昔の夢

*******


今日も一日屋敷から放り出された。

十月も半ばの王都は、薄いデイドレス一枚では明らかに寒い。

上着は、学院の制服のコートを一枚持っている。しかし、それはそれで真冬用だから、晩秋にはそぐわないだろう。


それでも着てくれば良かった。小雨も降る今日は、本当に寒い。


今朝は、ラーラのイヤリングの片方が無くなったから、それとよく似たデザインのものを探してくるようにと言いつけられた。こんな身なりで入れる宝飾店などない、と分かっているはずだろうけど。

でも、「ありませんでした」と言って帰れば、前の時のように、伯爵夫人にぶたれるかもしれない。


(最近、ラーラと婚約者様の懇親の日の後、お義母様は殊の外機嫌が悪い…)


自分だけでなく、バーゼル夫人やパトロラネ夫人にも当たり散らしているらしい。

ケイティが、こっそり教えてくれた。


「どうやら、未だに婚約者様が、公の場にラーラお嬢様を婚約者として同伴して下さっていないらしくって」


確か七月に婚約したはずだから、もう三カ月は経っている。

王家主催の大夜会は、夏至の次は年始までないだろうが、それでも高位貴族が催す夜会や晩餐会は、社交シーズンが終わる今月までなら、まだまだ招待状が届いているはず。


そう言った席に婚約者をエスコートして参加していないとは、どういうことだろうか?

新聞で二人の婚約を公示した以上、それではかえっていらぬ憶測を生む。しかし、自分がこうして、懇親の日に、定期的に屋敷の外に追いやられているなら、それは単にタイミングの問題なのかもしれないが。


そんな自分にとってどうでも良いことを考えながら、通りを歩くべきではなかった。


「邪魔だ!!!」


その怒号に、一瞬何が起こったのか分からなかった。

そして、左半身に突風にさらわれるような衝撃が。


気付けば、ローザリンデは何かに吹き飛ばされ、小雨にぬかるんだ土の道の上に、倒れ込んでいた。

視界の隅に、すごい勢いで走り去る荷馬車が見える。


「あんた、大丈夫かい?」


目の前の屋台のおかみさんが走り寄ってくれた。

そうだ。自分は荷馬車に…。そう思った途端、体ががくがくと震えだし、とりあえず目の前の親切な人を見つめる。


すると、おかみさんは通りかかった知り合いの男性を呼び止め、ローザリンデを抱き起すよう頼んでくれた。

男性は、「俺なんかが触って良いのか?」と言いながらも、そっと彼女をぬかるみから引き上げる。しかし、そこで、ローザリンデは自分の体が何ともないことに気が付いた。


「あんた運が良かったよ。煽られて転んじゃったけど、跳ね飛ばされたわけじゃないからね」


よく見れば、手の平に少し擦りむいた傷があるだけで、どこもひどく痛くはなかった。

それよりも、ぬかるみで泥だらけに濡れてしまったスカートの方が、大問題だ。

ひどく汚れてしまっている。そして、寒い。


ローザリンデはおかみさんと男性にお礼を言い、伯爵夫人の言いつけを破り、仕方なく伯爵家の屋敷に戻ることにした。


誰かに決して見られてはならない。


ローザリンデは裏門から、裏庭に張り出されたコンサバトリー(温室)の脇を抜けて半地下への入口に向かうことにした。


しかし、その経路を取ろうと考えたことを、すぐに後悔した。

そのガラス張りのコンサバトリーの中に、人影が二つ、見えたからだ。


(しまった…)


しかも、その人影の一つはラーラだ。ということは、もう一人は、顔も見たことのない、ラーラの婚約者様だろう。

婚約しているとはいえ、まだ知り合って三カ月ほどしか経たない男女が、こんな人目に付かない裏庭のコンサバトリーで、シャペロンも付けずに二人きりというのに違和感を覚えながらも、そんなこと、自分の知ったことではないと頭を振る。


そして、とりあえず裏門に引き返そうと、ちらりと二人に視線をやったローザリンデは、衝撃に固まってしまった。

なぜなら、ラーラが椅子にすわっている婚約者に近付き、そのまま覆いかぶさるように抱き着いたのだ。

しかも、二人は、濃厚な口づけを交わし始めた。


ローザリンデは真っ赤になり、その場から動けなくなってしまった。

やがてラーラと婚約者は、何食わぬ顔で立ち上がる。その時初めて、はっきりと婚約者の顔が見えた。


ローザリンデは、再度、動けなくなった。


ラーラの婚約者が、あまりにも素敵だったからだ。

精悍で男らしい、王立学院にはいないような、野性的な男性。


美しい男性なら知っている。幼馴染のパトリックは、昨年王立学院と神学校の交流行事で顔を合わせたが、まわりの女生徒だけでなく、男性までもが見惚れるほど美しい。

しかし、今見た男性は、漆黒の巻き毛のせいだろう。まるでその毛並みが射干玉(ぬばたま)の闇を思わせる野生の豹のようだった…。


ローザリンデは、ふと、自分の唇を指でなぞった。

あんな男性と交わす口づけは、一体どれほど素晴らしいのだろうと考えながら。


そして、初めて義妹を羨ましいと思った。

素敵な男性に見初められ、求婚され、来年の七月には愛されて結婚するなんて…と。


小雨降る裏庭で、ローザリンデは泥だらけのデイドレスを握りしめる。


知っている。自分は父から無視され、義母からは邪魔にされ、ただ今は異母弟のために生かされているのだと。

社交界で、美しいラーラは『シャンダウスの妖精』と呼ばれ、自分は『その外れの方』と噂されていることも。きっとこの先、自分がラーラのように誰かに愛され求婚されることなどないだろうことも。


部屋に戻って見れば、壁の美しい金細工の鏡には、髪が乱れ、泥が顔についたみっともない女の顔。

しかも、たった一枚きりのデイドレスは、泥だらけ。


ローザリンデはそのドレスを脱ぎ捨て、とうとうメイドのお仕着せを手に取った。

狭い部屋の小さなタンスに、たった一枚だけ伯爵夫人が彼女にくれたのは、使用人として生きることを意味するこの服。


けれど、体も心も冷え切ってしまったローザリンデには、冷たいドレスを着続けられる気概がなくなってしまっていた。寒かった。暖かく、なりたかった。


その服に袖を通し、真っ白なエプロンの紐を後ろで結ぶと、ローザリンデはそのまま使用人用階段を使いエントランスに向かう。すれちがった下僕の一人が、その姿にぎょっとした。

とうとうローザリンデお嬢様は、貴族としての矜持を捨てるまで追いつめられたのか…と。


さっきコンサバトリーから婚約者の男性がいなくなってからずいぶん経つ。

もうとっくに屋敷を出た後だろう。

そう思って、エントランスから二階のレオンの部屋に向かうつもりだった。

あそこなら、きっと暖かい…と思って。


しかし、上がったエントランスには、人がいた。


執事から帽子を受け取る、ゲオルグだった。


ラーラの婚約者様…!!

ローザリンデは驚いて、メイドとして礼をして控えるのを忘れ、じっと彼の顔を見てしまった。


ゲオルグも、突然現れた闖入者(ちんにゅうしゃ)である、見知らぬ年若いメイドを察知した。

そして、有能な騎士らしく、一瞬でその全身を観察し、驚く。


(『シャンダウスのヘーゼル』の瞳…)


そこに、化粧直しを終えたラーラが、ゲオルグの見送りに現れた。

そして、そこで自らの婚約者が、メイドの一人を見つめていることに気が付きイラつく。その身の程を弁えないメイドが誰かを確かめてやろうと回り込んだ時、その顔を見て、思わず大きな声を上げてしまった。


「ローザリンデ…!」


と。


ゲオルグは、その言葉に、深緑の瞳を見開いた。


ローザリンデ。それは、シャンダウス伯爵の血を受け継ぐ、この家の正式な伯爵令嬢の名前。


そして、伯爵夫人を差し置いて屋敷を支配し、ラーラを日々虐げていると言う極悪非道な義姉の名前。

この、化粧っ気もなく、メイドのお仕着せを着ている女性が…?


目の端に映ったラーラが分かりやすく、しまったという表情を浮かべている。


「ラーラ嬢、これは一体…」


しかし、ゲオルグの問う声は、そこに現れた伯爵夫人によってかき消された。


「ご令息様。今日は早く帰らなければならないとおっしゃってましたわね。ラーラ、お引止めしてはダメよ。では、また後日」


その声音はひどく動揺し、それ以上の詮索を拒絶していることをはっきり伝えてきた。

ゲオルグは、一瞬考え、その場は一旦引くこととした。

状況が読めない時は、一度退避し情報を集め、方策を練り直す。

戦場での定石だった。


しかし、最後の最後、我慢できずに振り返ってまで見たのは、榛色の瞳のメイド。

さっき目を見開き自分を見ていた、彼女のその瞳に浮かんだ熱が、まるで自分に飛び火したかのように、頭の芯が熱くなる気がした。





読んで下さり、ありがとうございます。

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