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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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パトリックとゲオルグ 4

黙ってしまったゲオルグに背を向けるように、パトリックは立ち上がり窓の方へ移動した。

今、自分の顔を見られたくなかった。


前の時も後悔ばかりだが、せっかく巻き戻って来たここでも、自分は何度自らの行動を、そして選択を悔いて来ただろう。


その最たるものが、自らローザリンデの手を放してしまったこと。


『これで良かった』

『この選択肢しかなかった』

『ゲオルグかフィンレーか、選ぶならフィンレーしかない』

『この選択で、王権争いを未然に防ぐことが出来たのだ』


…何度言い聞かせて、自分を説得してきたことか…。


しかしその反面、自分の十四歳という年齢を、何度も呪うように恨んで来た。

この国の成人は男女とも十五歳と決められている。

その線引きは絶対で、その年齢を境に、様々な権利と義務が生じるのだ。


それゆえ、たった一歳足りないだけのパトリックであっても、十四歳では何の義務もない代わりに、一切の権利を行使することができない。

たとえそれが、三公の一翼の嫡男であっても。

将来の教皇と目される人物であっても。


特に婚姻においては、それが厳格に守られて来た。

かつて、家同志の結びつきを重視し、大人たちが子弟の婚約を幼い頃に交わしてしまうことが、特に高位貴族たちの間で盛んに行われた。しかし自我が芽生える前に生涯の伴侶を決めてしまうことは弊害も産む。結果、長じた後に相性や能力、果てには容姿の美醜を理由に、あまりにも身勝手な婚約破棄や解消が横行してしまった。


ついには、王女のひとりがそれにより自らの命を絶つという痛ましい事件が起こり、国は成人年齢を十五歳と定め、厳格に成人と成人前とを線引きすることとし、婚約は成人以後しか結べなくなった。そしていつしか貴族たちの婚姻は、早くとも王立学院を卒業してからという暗黙の了解が出来たのだ。


そんな貴族社会の常識は、誰もが身に染みて分かっていること。


ゲオルグは首だけを動かし、窓の方を見た。

十四歳と聞いたせいか、簡素なジャケットの背中が、より弱々しく見える。


「…一方的に責めてすまなかった。子どもの体は、きっと歯痒いだろう…。その精神は、すでに成熟しているのだから…」


その背中へ、バリトンの良く通る声が謝罪を届けた。

パトリックは思わず振り返る。

彼の中のゲオルグの印象は、もっと融通の利かない『軍事バカ』だったから。


翡翠色の瞳と深緑色の瞳が、巻き戻って初めて、凪いだような色で互いを見合う。


しばらくして、その沈黙を破ったのは、ゲオルグだった。


「で…、ローザリンデとあの男の婚姻式はいつなのだ?」


「二週間後です…」


そのあまりに短い猶予の期間に、ゲオルグは手の平で顔をつるりと撫でる。

もう今からどうにか出来る可能性はあまりに少ない。


「…君から見て、今のチュラコス公爵令息はどんな男なのだ?」


その問いに、ゲオルグも何とか自分の気持ちに折り合いをつけようとしていることを、パトリックは感じ取った。意外だった。もっとローザリンデに執着するものと、そう思っていたからだ。


パトリックは、窓の方を向いていた体を、くるりとゲオルグの方に反転させる。

相手も、ソファーの背もたれに腕を乗せ、こちらに顔を見せていた。


話す体勢も、聞く体勢も出来ている。

パトリックは、口を開いた。


「あなたの言う通り、彼は目的のためなら手段を選ばないところがあります。だから、味方にすれば誰よりも頼もしく、そして敵にすれば…、それはあなたの方がよくご存知でしょう。だが、恐ろしく有能で、人心掌握に長け、思考は偏りがなく人の話をよく聞く…といったところです」


しかしゲオルグは眉を寄せる。


「思考に偏りがない?前の時のことを思えば、その意見には賛同できないな」


確かにそう考えるだろう。パトリックは前の時、フィンレーが王弟派と与していった経緯と理由を説明した。

そしてフィンレーに、パトリックとローザリンデの二人が、巻き戻りを告白したこと、ただし、ローザリンデの前の時の夫がゲオルグだとは明かしていないことも。


ゲオルグは黙って、今の話を自分の中で整理し落とし込んでいるようだ。


「わたしの行動が、前の時の国運まで動かしてしまったというのか…」


そう呟きながら。

そしてパトリックは、そんな彼の横顔を黙って見ていた。複雑な心境で。

だが、とうとう我慢できず、彼に問う。


「ゲオルグ殿…。ひとつだけ、答えてもらえないだろうか」


「答えるかどうかは、内容如何による」


瞬時に返事が返される。

しかし、そう言われてからパトリックの質問が投げかけられるまで、少しの時間を要した。

それは、自分の聞きたいことがあまりにも無遠慮だと思ったから。


逡巡して、けれど意を決してパトリックは尋ねる。


「…さっきの話から思うのですが、あなたは巻き戻った世界で、リンディを再び伴侶にしようと、今はもう思っていないということですか…?」


と。


その問いに、ゲオルグから表情が抜け落ちた。

けれど次には、眉をくしゃりと寄せ、額に手を当て顔を隠すと、「ははは」と乾いた声を上げる。


「そうだな。前の時、わたしはローザリンデとの関係を築く入口で、大きな間違いを犯してしまった。彼女の意思を無視し、無体を強いてしまったのだ。そうしてしまった原因に、自分は悪くないと主張する理由はいくらも挙げられる。しかし、それらはすべて言い訳だ…。それゆえに、その後の妻との関係で、わたしは常に彼女の意思を尊重することにした…。だから、今だって同じだ。ローザリンデは、今回はわたしを選ばなかった。ならば、それをわたしは尊重しなければならない…。一番望むのは、彼女のしあわせ。ただ出来れば、その相手にはわたしがなりたかったし、そうでなければガッデンハイル枢機卿、あなたでなければ…と」


大きな手のひらが覆う顔が、一体どんな表情を浮かべているのか、パトリックには分からない。


共に巻き戻りながら、ローザリンデに選ばれなかった男と、ローザリンデを他人に差し出さざるを得なかった男。


何度やり直そうとも、自分が思い描くような人生など、所詮人間は送ることなど出来ないのかもしれない。

強く流れていく時流には、誰も逆らうことが出来ない。


そう考えた時だった。

外から、扉が叩かれる。

そして、大きな声が聞こえた。


「副団長!よろしいでしょうか!」


ゲオルグが顔を上げた。


その顔はもう、なんの感情も伺わせない表情に戻っていた。

読んで下さり、ありがとうございます。

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