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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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北部鉱山への道

本当に少しの時間で、ゲオルグは小屋に戻って来た。

メイナードを伴って。


ローザリンデはすでに寝台から降り、乱れた髪を簡単に結いなおす。そして、いつでも出立できるよう身支度を整えていた。


「ご令嬢!遅くなり申し訳ございません。不審者は捕らえました。近くの集落の家畜を狙った賊の一団でした」


メイナードは、ゲオルグが一足先にこの小屋に戻って来ていたことなど知らなかったのか、気遣う声を上げる。

気になってチラリとゲオルグを見れば、こちらを見ずにテーブルの上に地図を広げていた。

一体どこまで状況把握が出来たのか、ローザリンデは気を揉む。


間違いなく、彼はこの隊の指揮官だ。

その指揮官が、今の行動に入る直前の状況が分かっていないなど、ありえないし致命傷に違いなかった。

そんなこと、自分よりもゲオルグの方が痛いほど分かっていると、どこかで自分を責める。


しかし、そんなローザリンデの心配をよそに、ゲオルグは地図の一点を指すとメイナードに確認した。


「ホアン渓谷のルートか…、アッザンの村道か…」


その言葉にメイナードが不思議な顔をする。


「え?チュラコス家の北部鉱山のルートを使う予定ではなかったですか?」


その言葉に、ゲオルグが一瞬言葉に詰まったように見えたのは、事情を知っているローザリンデだからだろうか。けれど、彼はその問いかけに滑らかに返事を返す。


「いや…。相手が潜伏しているとしたら…だ」


メイナードはその答えを不審に思わなかったようで、快活に返す。


「その通りですね。しかし、公爵家の私道を使えるようになってからは、北部までの道程が格段に円滑になりました。これも侯爵閣下のおかげだと、あの時は騎士団上げて快哉を叫んだものです」


その言葉にゲオルグの眉が一瞬上がったのは、絶対に見間違いではない。

前の時、この北部鉱山のチュラコス家の私道は、王立騎士団に解放されたことはなかった。

逆に、王弟派がこのルートを使い、人数では圧倒的に不利にもかかわらず、国王派をかく乱していたのだ。


ゲオルグはしかし動揺を表に出さず、さらにメイナードに問いかける。


「…しかし、チュラコス公爵令息は食えぬ男だ。心せよ。まあ、こちらにはご令嬢という手札もあるが」


自分が何らかの駒だと言ったのはローザリンデだが、メイナードからさらに情報を引き出すため、それをネタに部下の言葉を誘う。果たしてそれは功を奏した。


「ええ。二人の公爵令息がこちらが掴んでいない情報を持っているのは間違いないでしょう。ご令嬢を保護し、安全に送り届けることで、こちらを信用して情報の共有が出来れば良いのですが」


そこまで聞いて、ゲオルグは小さくうなずくと机上の地図を折りたたむ。

彼の中で、何か得心が言った…、そう言う表情をして。


「その通りだ。…ならば、ご令嬢を丁重にお連れせねばならない。彼女はわたしの馬に同乗させる。先達はロウワー、メイナードは左に、デハイムは後ろだ」


そう言ってこちらを見るゲオルグの瞳は、もう動揺の揺らぎすら見せていなかった。


今から北部へ行く。


隣国との紛争の渦中。


そしてローザリンデの脳裏に、ラーラの顔が一瞬浮かんだ。



********



大きな軍馬の背に乗せられ、雑木林の中の獣道のようなところを行く。

雨は上がったが再び分厚い雲が張り出し、辺りは真っ暗。ローザリンデは背中にゲオルグの存在がなければ、前も後ろも分からなくなりそうな本当の闇だと感じた。


自分が軍馬に一人で乗れるわけがなく。

それでも、小屋での指示を聞いた時、一瞬ゲオルグの馬に同乗することに(ひる)んだのも事実だが、まさか彼の前に乗せられるとは思ってもみなかった。


ローザリンデは小柄ではない。

いくらゲオルグが、自分から見ても見上げるような長身とは言え、前に乗ればどうしても操作性に劣る。

これではもし早駆けしなければならなくなった時、致命的だ。


しかしゲオルグは譲らなかった。

後ろにローザリンデを乗せた時、背後からの敵襲から守れないと。


「ご令嬢、ご安心ください。恐らく前に乗られても、副団長の視界が妨げられることはありません」


結局メイナードにもおかしな保証をされ、ローザリンデはこうしてゲオルグの前に乗ることとなった。


春とは言え、真夜中の山中は冷える。

ローザリンデは、体にぴたりと張り付くような動きにくいジャケットを脱ぎ、小屋に備え付けられていた蝋引きの外套を借りていた。

それでも鞍を握る指先は徐々に感覚が無くなり、今は氷のように冷たい。


そんな中、背中から感じるゲオルグの熱がなければ、もっと凍えていただろうとぼんやりと考えた。


皆無言で、軍馬の歩みの音だけが聞こえる。

不意に、耳元に熱と振動が伝わった。


くすぐったくて首をすくめても、同じことが。


それが、小声で話しかけるゲオルグの声だと気付くまで、時間を要した。


「な…何でございましょう?」


何度もささやきかけられるのを阻止するため、わざと大きな声で返事をする。

横を並走するメイナードに聞こえるように。


確かにメイナードはローザリンデの声に気付き、ちらりとこちらを見た。

しかし、なぜか願い虚しく、優秀でよく気が回る副官は、わざと馬の歩みを遅らせて、二人のそばから距離を取る。


それに焦りを感じたのがゲオルグに通じたのか、今度ははっきりと、「すまない」、と聞こえて来た。


それきり、また馬の歩みの音だけが響く。


ローザリンデは、言葉に詰まってしまった。


今の「すまない」が、一体何への謝罪なのか、分からないから。

分からなければ、返答のしようもない。


ただ単に、今の行為に対して?

月明かりもない夜中、北部へ同道させていること?

それとも、前の時のことも含めて…。


けれど、今のゲオルグの胸中を思う時、ローザリンデの中の彼に対して生まれた罪悪感は膨らみ続けていた。


自分がここに巻き戻って来れたことに、きっとゲオルグは何らかの関与をしている。

それは、彼も流行り病で死んでしまったローザリンデを、惜しんでくれたことに他ならない。

そして、もう一度やり直したいと、彼自身も思っていたのだと。


巻き戻って来て分かったことがいくつかある。


そのひとつが、ラーラとゲオルグの間に、互いを想うような感情は元々なかったということ。

そして、伯爵夫人とラーラからの、多くの脅しやいやがらせが、実際には何の根拠もなかったということ。


きっと、彼はパトリックから『時戻しの術』の話を聞き、何らかの協力をした。

そして、今度こそ、ローザリンデとの関係をやり直そうと、巻き戻りの場所に『ホルツの家』を選んだのだ…。


だが、その過去は、先に戻った自分によって変えられていた。

しかも、そのローザリンデはゲオルグを選ばす、すでに別の男性(フィンレー)と婚約までしていた…。


二十数年という、ゲオルグの妻として過ごした日々は、決して記憶から無くならない。


もし、同時にゲオルグと巻き戻り、彼から真摯に出会いの場面からやり直そうと言われていたなら、自分はどうしただろうか…。


そこまで考えた時、突然脳裏に浮かんできた。


前の時の、愛しい子どもたちの顔が…。


何度繰り返そうと、これが正解だと確信して、人生の選択肢を選び続けることは出来ないのだと思い知る。

それでも前の時よりも、今の自分の選択は、間違いが少ないはずなのに…。


なのに、ローザリンデの今を知っても、彼女を一切なじらず現状を受け入れようとするゲオルグに、心は乱れるのだった。


「ここを抜ければ、北部鉱山まですぐだ。気を抜くな」


いつしかメイナードも配置に戻り、指揮官の声に、三人が無言の了承を返した気配だけがした。

読んで下さり、ありがとうございます。

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