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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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しあわせな春を待つ日

「お嬢様、ご歓談のところ申し訳ございません」


社交シーズンまで、そしてフィンレーとの婚姻まであと二ヶ月となった頃、コンサバトリーで学院時代の友人たちとお茶の時間を楽しんでいたローザリンデの下へ、執事のラーゲンがやって来て言った。

急ぎの要件に違いないと、令嬢方に断りを入れ席を立つと、廊下に出たところで待ち構えていたラーゲンが、ローザリンデにメモを渡す。


そこには『ガッデンハイル公爵令息よりのお手紙が参りました。お部屋にお持ちしてあります』と書かれていた。


思わずそのメモを二度読んでラーゲンを見れば、にっこりと笑顔を浮かべている。

応接室を振り返りながら、今にも二階へ駆け出したそうな(あるじ)に、如才ない執事が告げた。


「ご友人方には、ドレスの仮縫いの件で確認が入ったとでも申し上げておきましょう。なるべく早くお戻りください」


ラーゲンは、ローザリンデがパトリックからの手紙を一日千秋の思いで待っていたことを知っている。

主の意向を最大限優先するのは、執事の務め。


「ありがとう、ラーゲン」


そう言うなり、ローザリンデは急ぎ足で、応接室から近い使用人用の階段室に向かった。

その後ろ姿を、執事が見つめる。

チュラコス公爵令息ともお似合いですが、自分はずっと、ガッデンハイル公爵令息と結ばれるものと思っていました、と内心思いながら。


二階の子ども部屋の隣の扉を開ける。


ローザリンデのドレスや小物、そしてチュラコス家への体面のため、婚約後しばらくして、子ども部屋の横にあったかつての祖母の部屋が、ローザリンデの部屋に改装された。


夜はこれまで通り弟と同じ部屋で眠っているが、日中はケイティにレオンを完全に任せ、来客時以外はこの部屋か伯爵の執務室で過ごすことが多くなっている。

ほとんど使われない寝台は簡易なものが置かれ、代わりに、令嬢が使うにしては無骨な雰囲気の大きなチーク材のデスクが、日当たりの良い窓前に鎮座していた。


そのデスクの上、フィンレーから贈られた愛らしい小鳥の紋様が浮き彫りにされた文箱の中に、待ち焦がれた紋章の手紙を見つける。

アザミに長剣が刻まれた封蝋の手紙。

駆け寄り、デスクの引き出しからペーパーナイフを急ぎ取り出す。

封筒の合わせにナイフをさし込もうとして、自分の手が震えているのに気が付いた。


小さく空いた隙間に、ナイフが入らない。

ローザリンデは一度手を下ろし、深呼吸をした。

二度、三度。


そうして再び挑んだ封筒は、今度はさくりとその封を開けた。

中から便箋を取り出すと、同時にポトリと、何かが床に落ちる。

慌てて屈みこみ手を伸ばせば、小さな青い花が一輪。


少し萎びてしまったそれを、それでもつい鼻に近付ければ、少しだけ甘い残り香が。


「リルアンサ、春告げの花…」


王都の北西にある公爵領。少し早い春の兆しが、訪れているのだろうか。

そして、この花は、パトリックが手折った花なのだろうか…。


取り出した便箋は二枚。

そこには、十四歳とは思えない流麗な文字が綴られている。

もしここに、前の時の記憶がある国教会の関係者がいたとしたら、少年パトリックが、巻き戻ったガッデンハイル枢機卿だとすぐにバレてしまっただろう。


数カ月ぶりに目にするその文字に、ローザリンデは胸が締め付けられるような気がした。


『親愛なるリンディ』


で始まる、前の時から変わらない書き出し。

貴族的な修飾文など省略して、二人はやり取りを続けて来た。


むさぼるように文字を目で追う。

そして、あっという間に読み終えてしまった便箋を胸に抱き、ローザリンデは深く息を吐いた。


手紙には領地での近況と、手紙になかなか返事が出来なかったことへの謝罪、そして最後にこう書かれていた。


『婚姻式までに必ず帰るよ。その時は、必ず会いに行くから』


心が喜びに溢れる。

パトリックに会える。


ただそれだけのことで。


応接室に戻って来たローザリンデを見て、友人たちはささやき合った。


きっと、素晴らしい婚礼用のドレスが出来上がるのだろうと。



********



夜、ほとんど毎日フィンレーはシャンダウス家を訪れ、愛しい婚約者と夕食、そしてその後のお茶を共にする。

伯爵が雇っている護衛も、チュラコス家の騎士団から派遣している護衛も、女三人だけがいた時の何倍もの人員が配置されていた。


それは、ローザリンデの立場の変化もある。

かつては中央から弾かれた領地貴族であるシャンダウス伯爵家の令嬢。

しかし今は、序列二位の公爵家の未来の当主の婚約者となった。


チュラコス家は、国内で大いなる財力と利権を持つ家門。

何とか弱みを握り、そのおこぼれにあずかろうとする輩は履いて捨てるほどいた。

そして、チュラコス公爵令息が婚約者を溺愛していると、新聞の社交欄が書き立てれば書き立てるほど、ローザリンデは彼にとっての最大に弱点だと、否が応でも皆に知らしめることとなる。


だからこそ、毎日のようにフィンレー自身が伯爵家に足繁く通うことは、その事実を裏付けるとともに、万が一手出しすれば、いかなる報復が待ち受けているかを思い知らせることにもなった。


「この仔羊のフリカッセ、こちらの味付けがとても気に入って、それを執事にふと漏らしたら、チュラコスの厨房の者がレシピを聞きに来たのだろう?」


フィンレーが気に入ったと知って、前よりも頻繁に出て来るようになったこの料理。

実はこれに使われている仔羊は、シャンダウス家の領内で育てられたものだ。


「領地では、父が近年畜産にも力を入れておりまして、この羊もそうなんですのよ」


「ああ、なるほど。この料理は羊の飼育から始まっているのだな。我が家門が扱うのは、物言わぬ鉱物が相手だが、仔羊などは可愛いのだろうな」


そう言って、一口運ぶ。可愛い仔羊の肉を。

そんな風に、案外大雑把な感覚のフィンレーではあるが、食事の所作はやはり公爵家の令息だとうなずく優雅なものだった。


「父には、農地経営が合っているように思います。麦の収穫期には、自ら領内の麦畑を見て回って、次への改良点を見つけるのだそうです」


婚約後、初めて持った父との時間で聞いた話をフィンレーに話せば、婚約者はふむ、と何かを思案した。

そして、うんとうなずくと口を開く。


「シャンダウス家の農作物、畜産物の収穫量がある程度読めるなら、今後、チュラコスの物流網を使って専有的に流通させるのはどうだろうか?」


ローザリンデは目をぱちくりとさせた。

チュラコスの物流網で、専有的に流通させる。

それは、この国中への販路の拡大を、いとも簡単に示していた。


父に聞かせれば、喜んで飛びつくだろう。


しかしそんな破格の優遇は、他者からの妬みや恨みを同時に買うに違いない。

そんな考えが表情に現れていたのか。


「気にすることはない。実際の品質が良いと思うからこその提案だ。それに、チュラコス家の人間になるということは、そういうことだ。そして、それには反面、多大なる責任も伴う。けれど、ロージィがともに背負ってくれるなら、俺は何でも出来そうだ」


テーブルのろうそくの灯りが、そう言って微笑むフィンレーを温かく照らす。

頼もしく優しく、そして情熱的な婚約者。

こんなにしあわせで良いのだろうか。


昼には、やっとパトリックから手紙も届いた。


目も眩むような幸福感。

けれど、どこかに大きな落とし穴が待っているような気がするのは、自分がこんな日々に慣れていないせいだろうかと、ローザリンデは不安を打ち消すように、目の前の琥珀の瞳をただひたすら見つめた。

読んで下さり、ありがとうございます。

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