祝いの宴 2
お世辞でも、過大評価でもなく、その姿はあまりにも眩しく凛々しかった。
ローザリンデだけでなく、三人の侍女の手が完全に止まる。
いつも無造作に下ろされている銀の髪は、前髪が左半分だけ後ろに流され、フォーマルでありながら、何か色香のようなものを感じさせた。
そして、その露わになった左の耳には、翡翠が小さくあしらわれたイヤーカフが。
十四歳でこれなら、一体、青年になればどれほど人心を惑わせる美しさになるのだろうか。
前の時は、国教会という壁とストイックな神官服が、彼をある意味守っていたのかもしれない。
たっぷり数秒は見惚れて、ローザリンデはほおっと息を吐いた。
と同時に、なぜかパトリックも息を詰めていて、同じように息を吐き出しふわふわと唇が動く。
「…美しいよ…」
聞き間違いでなければ、確かにそう聞こえた。
あまりの衝撃に、心臓が痛くなる。
「パトリックこそ…」
思わずそう返すと、二人してもじもじとうつむき、互いが見られなくなってしまった。
侍女の中で最も年かさのメイドが、一番最初に理性を取り戻し、咳払いをしながら、「衣装室ではお茶は厳禁ですので、扉を開け放したまま、居間の方にご用意をいたしましょうか?」と声をかけてくれなければ、いつまでもそうしていたかもしれない。
「ああ、じゃあ、そうしてもらおうかな」
確かにパトリックはそう言ったけれど、結局は衣装室の入口にずっと立ったまま、用意されたお茶のこともすっかり忘れたかのように、ローザリンデの仕度が終わるまで、その様子を見つめ続けていた。
「さあ、すべて仕上がりましたわ!」
ブリアナがそう言って、ドレスのトレーンをぴったりと床に広げたところで、ローザリンデは鏡越しに見つめていたパトリックの方に、くるりと振り向く。
もたれていた扉から身を起こし、こちらをじっと見る視線に頬が熱くなったところで、ブリアナ達三人が互いに目配せをして、「すぐに戻って参りますので」、などと言いながら退出してしまった。
えっ?!と、思う間もなく、パトリックがたった数歩の大きな歩幅で目の前に立つ。
そして、誰もいないのに、髪が結い上げられ、むき出しの耳にそっと唇を寄せささやいた。
「大聖堂で見た時も、心から美しいと思ったけれど、今日の方が、もっとずっと美しくて、誰にも見せたくないよ…」
大聖堂とは、前の時の婚姻式を指すのに違いない。
けれどそれよりも、温かい呼気が耳たぶを撫でるように通り過ぎる感覚に意識が持って行かれる。
ぴくりと身を震わせてパトリックに視線を合わせれば、その瞳には、今まで見たこともないような熱が揺らめいていた。
「前に見たリンディの正装は、あいつのためのものだった。でも、今日はぼくのためだよね?」
その問いに、ローザリンデは熱に浮かされたように、こくりとうなずく。
肯定の返事に、パトリックは自分の胸で右手のこぶしをぎゅっと握りしめて言った。
「リンディ…。夜中にくよくよと思い悩むのはダメだね。闇がもっと負の感情を増幅させてしまう…。こんな日の光の中、リンディの顔を見ていたら、自ずと答えが出てきそうだ…」
それはどんな悩みで、そして、導き出されるのは一体どんな答えなのか…。
ローザリンデは、今は考えることを放棄することにした。
数時間後には、きっとパトリックは何かを告げてくれるだろう。
その時まで、自分は何も考えるまいと、そう思った。
パトリックが肘を差し出す。
「リンディ、行こうか」
神官然としたものではなく、ただの貴族の令息のような、いたずらっ子のような笑顔。
ローザリンデは微笑み返し、指先に力を込めてぎゅっと肘を握ってから、エスコートに身を任せる。
廊下に出る扉をパトリックが開ければ、そこには所用で席を外したはずの三人の侍女が、行儀よく廊下に並んでいた。
二人きりのわずかな時間は終わった。
この後は、公爵家の人々と、パトリックの十四歳の誕生日を祝うのだ。
けれど、あとでローザリンデは悔やむ。
この時、どうして、もう少し話をしておかなかったのだろうかと。
パトリックの本音を聞く機会は、もう、あの時を最後に奪われてしまった…と。
少し短いですが、キリが良いところで一旦切ります。
読んで下さり、ありがとうございます。




