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【完結】本当に悪いのは、誰?  作者: ころぽっくる
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ラーラの婚約 2

婚約してから三度目の懇親の席は、そんな風にラーラが一人はしゃぐ、第三者から見れば白けた時間になろうとしていた。そしてその状況を、シャペロン(付き添い)として雇われた、伯爵夫人の実家の親戚筋であるパトロラネ夫人だけが、控えの席から冷めた目線で見ていた。


応接室の入口の近くには、伯爵夫人の腹心で家政婦長のバーゼル夫人も控えている。

本来なら、この空気を察知して、この使用人が伯爵夫人を急ぎ呼びに行かなければならない。

なのに、にやにやと満足げに眺めている。


その態度だけでも、この使用人の能力が家政婦長を担うなど無理だと物語っていた。

この家は、ある意味めちゃくちゃだ。


社交シーズンの直前に、一族の出世頭であるシャンダウス伯爵夫人から、デビュタントの令嬢のシャペロンを依頼された時は、ジェントル階級の自分のようなものが、伯爵令嬢のシャペロンとして、高位貴族たちの社交の場に同席できる栄誉に打ち震え、心から感謝の気持ちを抱いた。


しかし、実際やって来たこのシャンダウス伯爵家で目にしたものは、この善良な女性の良心を痛めさせるだけだった。

そこで見たのは、知りたくもなかった、高位貴族の醜い姿。

貴族が重んじると言われる、義務も責任も血統も、何もかもが蔑ろにされた姿だった。


当主である伯爵は、領地の愛人にかまけて王都の屋敷を放り出し、その屋敷を任されたはずの後妻である夫人は、すべての雑事を前妻の年端も行かぬ娘に押し付け、使用人のように扱っている。そして、伯爵の血統を引かぬ自分の娘を、まるで生まれながらの伯爵令嬢のように扱い、今度のデビュタントでの華々しいデビューと結婚を狙っていた。


ジェントル階級として、夫の事業を手伝うこともあるパトロラネ夫人から見れば、伯爵夫人もその娘であるラーラも、その容姿や装いだけは伯爵家の人間として何ら引けを取るものではなかったが、ひとたび口を開けば、その教養のなさや見識の浅さはすぐに知れた。


王立学院に入学しなかったのはその当時体が弱かったからと、招かれた先々で言いまわっているらしいが、それが嘘だと言うことは、本人がすぐに証明してしまうのだから、逆に言わない方が良いと思ったほどである。


そして、これが自分が憧れていた、一族で唯一名門貴族に名を連ねた女性かと、ひどく傷つき落胆した。


しかしそれ以上に目を見張ったのは、使用人として半地下の部屋に押し込められながら、異母弟の子守に、屋敷の管理の雑事に、義母や義妹の無茶な要求にと、日々酷使されながら、淡々とそれをこなす、正真正銘の伯爵令嬢であるローザリンデの有能さだった。


幼い頃から、その義務と責任を果たすことを叩きこまれた本当の高位貴族とは、こういうものなのかと感嘆したし、当初孤軍奮闘のように見えたローザリンデが、よく見れば、バーゼル夫人以外の使用人たちに支えられ、労わられているのがすぐに分かった。ただ、伯爵夫人に楯つけるほどこの屋敷に長く仕えた使用人がいないせいで、表立っては何もできていなかったが、裏ではローザリンデが随分尊重され助けられているのに安堵した。


大夜会の仕度を手伝った時は、ローザリンデに用意されたデビュタントの白いドレスのあまりのひどさに、母親目線で憤ったし、あの時に伯爵夫人へかすかに残っていた同族の情というものが無くなったと感じた。


夜中にこっそり、数名のメイド達とローザリンデを手伝って、ぶかぶかのドレスを何とかほっそりした彼女の体に沿うように針仕事をしたのは、夫人には秘密だ。


大夜会の当日、ラーラはドレスメーカーに一年前から注文していたと言う、最上級のシルクタフタをふんだんに使ったドレスを身にまとった。本人がこだわったと言う、袖に縫い付けられたシルクの白い花が、五輪から三輪になっていた。他にもレースや宝石が縫い付けられ、五輪どころか三輪でも過剰な装飾で下品に見えるのではないかとパトロラネ夫人は思ったが、ラーラはローザリンデにドレスを購入したせいで花が減らされたのだろうと、終始不機嫌だった。


しかしそれも、突然黒髪の美丈夫からダンスを申し込まれた瞬間、霧散した。


本当に、どうしてこんな見た目だけの娘に、目を見張るような男性がダンスを申し込んで来たのか、パトロラネ夫人は不思議にすら思った。しかも、周囲の声を聞けば、この男性はカスペラクス侯爵家の子息だと言う。

カスペラクス家と聞いて、パトロラネ夫人は震えた。


常に戦争の影がつきまとうこの国において、カスペラクス家と言えば泣く子も黙る軍閥として、誰もが知る権勢を誇る家門。そんな家の子息が、目の前で自分がシャペロンをしている令嬢とダンスを踊っている事態に、喜びなのか冷や汗なのか、複雑な感情が湧いてきたのを覚えている。


ダンスの後も、子息はラーラの隣に座り、彼女の思い込みのよる自称『義姉にされた不当な扱い』を延々聞いている。いちいち憐憫の表情を浮かべて。


パトロラネ夫人は嫌な予感がした。


この青年には、きっと女を見る目などない。

その証拠に、こんな下品な、金がかかっているのだけは分かるドレスを着た娘の、虐げられていると言う一方的な言い分を、何の疑いもなく聞いている。

その顔には、薄っぺらい正義感が浮かび、何かをとりあえず終わらせたいと言う、一種の投げやりな態度さえ見えた。


ふとローザリンデを見れば、パトロラネ夫人の欲目だろうか。

粗末なドレスも彼女の内面の輝きをくすませることは出来ず、まったく装飾のない垂らしただけのダークブロンドの髪が、シャンデリアの灯りの下、上質なサテンシルクのように輝いていた。

学院時代の友人達だろう。

パトロラネ夫人が想像する通りの、気品が漂う高位貴族であろう女性たちと談笑していた。


ローザリンデ様こそが、このような有力な家門に嫁ぐに相応しいのに…。


しかしパトロラネ夫人はその考えをすぐ打ち消した。

こんな女の見る目のない、ラーラの底の浅い嘘に騙されるような男に、ローザリンデ様はもったいないと。

ラーラのような女に引っかかる方が、その後の人生の勉強になるのではないかと。


果たして、その思いは的中した。


翌日、シャンダウス伯爵家に、カスペラクス侯爵家から求婚の許しを求める便りが届いたのだから。


それからすぐ、シャンダウス伯爵が領地から王都へやって来た。

もっとだらしない容貌の人間を想像していたが、実際の伯爵は年齢よりも若く見え、女が放っておかないような洒脱な男だった。


伯爵夫人も、ラーラに思いもしないような高貴な家門から、性急な求婚をされ得意満面で伯爵を迎えた。

伯爵が屋敷にいる間は、ローザリンデの部屋はレオンに与えられた部屋に戻ったし、もしかすると、このままこの不憫な令嬢の処遇は改善されるのではないだろうかと、パトロラネ夫人は期待した。


しかし、伯爵はカスペラクス侯爵家と縁をつなげることには非常に高い関心を示し行動したが、それ以外には恐ろしいほどの無関心だった。裏切り者と後ろ指さされた先代の行動により、中央の権力争いから爪弾きにされたシャンダウス伯爵家の復権を伯爵が望んでいるのは、はた目にも明白だったが、それ以外、妻にも、実の娘にも、そして義理の娘にも関心が無かった。


唯一、次代の伯爵家を担うレオンのことだけは、領地へ帰る際にわざわざローザリンデに声をかけ、「レオンの教育は、嫁ぐまでは責任もってお前がするように」と、直々に声を掛けていた。


伯爵が、無関心ながら実の娘を信用していることが分かって、少し安堵した。

しかしその言いようは、反面、伯爵夫人やラーラは近づけるなと言っているようにも聞こえた。


伯爵にとって夫人は、もはやレオンを生んだ女、以外の存在意義を持っていないのだ。

その態度は、まるで飽きたおもちゃに対するようだった。

今後ラーラには、カスペラクス家と縁をつないだ娘、という価値がつくのかもしれないが、現時点ではその視界に入っているかも怪しかった。


そしてパトロラネ夫人の期待も虚しく、伯爵が領地に戻ったその直後、ローザリンデの部屋は素早く元の半地下に戻され、数着与えられた伯爵夫人のお古のドレスは取り上げられたのである。


パトロラネ夫人は、目の前の光景にもう一度意識を戻した。


今度はラーラは、話題を『義姉にされた不当な扱い』に変えたようだ。

さっきまで簡単な相槌しかうたなかったゲオルグが、真剣な顔で聞き入っていた。


きっと不憫な女性を救ったと、自分に言い聞かせているのだろう。

せめて、その極悪非道な義姉の顔でも拝んでから判断すればよいものを。


後で後悔することになるだろう。

でも、それは仕方がない。薄っぺらな正義感と思い込みで結婚相手を決めてしまったのは、自業自得なのだから。






読んで下さり、ありがとうございます。

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