『道標』
道は、いくつもあったんだ。
だから私は、適当に進むことにした。
最初は、周りのみんなもそうだったはず。
けれど、道を進み続けていくうちに、いつのまに、他のみんなは慎重に道を選び始めるようになっていた。
そのことに気づくこともなく、バカな私はそれでも適当に歩き続ける。
きっと、いつかは道標が目の前に現れて、私にどの道を選ぶのかを問いただして来てくれるものだと思って。
けれど、いつまで経っても、明確な道標は目の前に現れない。
その代わりとばかりに、周りの人達が、適当な私にいろいろと文句を言ってくる。
どうして、そんな事を言うのだろう?
私は今が楽しいのだ。
だから、放って置いてくれればいいのに、その声は毎日毎日、私の耳に届き続けた。
……もう、仕方ない。
あまりにも文句の声がうるさいので、私はしぶしぶ、その言葉に耳を傾けて、歩き方を少しだけ変えた。
ちょっと窮屈になったけれど、それでも毎日は楽しかった。
本当に楽しかった。
でも、ある時、ふと気がついたのだ。
私のこれから進む道の先が、酷く狭くて暗いことに。
私は慌てて、道を引き返そうと思った。
でも、そのときになってようやく私は気づいたのだ。この道は一方通行で、決して後ろに引き返すことはできなかったのだ。
どうしよう。
私は慌てた。
このままでは、あの狭くて暗いところに行ってしまう。
嫌だ、あんなところには行きたくない。
でも、私は道を引き返すことも、その場に留まり続けることもできない。
私が立ち止まっていても、強制的に、前へ前へと進まされてしまうのだ。
こんなの酷い話だと思う。
どうして、道標がなかったのだろう?
あんなところに行かなければいけないのならば、こんな道を選びはしなかったのに!
そんな泣き言を口にしても、現状は変わらない。
私は、暗くて狭い場所にどんどん押し出されて行く。
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!
あんなところに行きたくない!
私はそう思いながら体を懸命に動かした。
すると、少しだけ、ほんの少しだけれども、道が横に広がった。
それは、あの時変えた歩き方を私がしたからだった。
そう。あの時、嫌々ながらもした動きが、私の行く先を、暗くて狭い場所から横にそらしてくれたのだ。
私は懸命に、その歩き方を行った。
それは、怠惰との決別。
もう、目の前に迫っているあの場所を避けるために、さらに歩き方を変えた。
そのおかげで、本当にギリギリだったけれど、私は、その暗くて狭い忌むべき場所に行かずにすんだ。
それからも、私は大変な苦労をした。
同年代のみんなから、随分と横に離れたところに来てしまっていたのだ。
そして、みんなに合わせるために、頑張って歩き方を自分で模索し続けた。
……それから、かなりの時間が過ぎた。
私は今も、何とか歩き続けている。
苦労はしたけれど、先に全く不安がないわけではないけれど、あのときほどの焦燥感は抱いていない。
今になって分かる。
バカだった私は、自分の進む道に、道標はないと思っていた。
けれど、それは違っていた。
道標はたくさんあったのだ。私がそれを見ようとしなかっただけで。
そして、その道標の一つに、私は助けられたのだ。
ああ、前に進む私の道も、だんだん昔ほどの距離を感じなくなってきた。
だからなのか、あの時に別の道を選んでいればと後悔することが多くなってしまう。
私はもうこの道の後には戻れない。
だから、私は少しだけ声を上げる。
後ろを歩く他の人に、こんな道を選ばないようにと、注意をする。
私の言葉が、その人の耳に届くかはわからない。
けれど、できることならば、今度は私が、誰かのための道標となりたいのだ。
(了)