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戦場には屍が山程転がり、私は私を纏う影を消す。するとお腹の空き過ぎで血溜まりの中に倒れ込む。腰ポケットからシグルに貰ったチョコレートを口に含み、動かない体を無理矢理起き上がらせる。すると部下が食料を持ってやってきた。
貪る様に食料を次々と胃に入れていく。味わう余裕などない。さっきの魔法は餓死寸前まで体力を奪われる。だから滅多に使わないのだが、立ち上がる希望も無くなるような絶望を与えるにはあれが一番効く。
「ノエル師団長、大丈夫ですか?まだ食料はありますが持ってきますか?」
干し肉を齧りながらその言葉に頷く。腰ポケットに入っているチョコレートも全部平らげる。甘さが口いっぱいに広がり少しはマシになった。
だがまだ足りない。この空腹を満たすには相当の量が必要なのだ。追加で持ってきてもらった食料をまた味わいもせずに胃に詰め込む。出来れば美味しくご飯を食べたかった。血の海の中、血塗れで食料を貪る私は異様だろう。だが、第四師団は慣れているから平気な顔をして食料を次々と持ってくる。
「ノエル師団長様、早速王都に帰還しますか?」
「敵将の首だけ持って帰る。皆、帰ったら美味しいものいっぱい食べられるよ」
第四師団の皆は誰一人と欠けず無事なようだ。早く帰って美味しいものをいっぱい食べたい。
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王都へと帰還し、王宮に向かう。両手には敵将の首を持ってるので、執務室を蹴破り入る。
「ただいまシグル。はい、敵将の首持ってきたよ」
「態々そんなもの持って帰らなくて良い」
「約束の美味しいもの用意してくれた?」
「第四師団に既に届けさせている。お前の分はこっちだ」
執務室のテーブルを見ると豪華な食事がたくさん並べられていた。敵将の首をシグルに押し付け、ご馳走に飛びつく。これはあの魔法を使っただけの価値がある。
もぐもぐと大量に食べ物を食べる私を向かい側の椅子に座りシグルが見つめてくる。何だろう、何か悪いことでもしたかな?
「お前は本当に美味そうに食べるな」
「そう?でも事実美味しいし」
マフィンにも手を伸ばしもぐもぐと口に入れていく。まだ足りない、この飢えを満たすにはまだ足りない。次々と食べ物を胃の中に入れるが、直ぐに魔力に変換される。だから私は他の人よりも食べないと餓死してしまう。よくスラムで死ななかったよなと思う。
「シグルは何で私が良いの?道具として便利だから?」
「お前を道具になんて一度も思った事はない。あの日からお前は唯一信じられる人間だ」
「裏切っちゃうかもよー?」
「ならこの飯は無しだ」
「嘘、嘘!!冗談だから!!」
こんな美味しいご飯を取り上げられたら、今回の戦争で頑張った意味が無い。下らない冗談はさておき、骨付き肉を頬張る。
毎日こんなご飯が食べられるなら正妃になっても良いかなと思うが、戦場に出る娯楽が無くなるのは惜しい。
「正妃になるのに何が不満なんだ」
「戦場に出れなくなるのは嫌だから。娯楽の一部を取り上げられる気分で嫌。あとはシグルが素直じゃ無いから」
「素直な方だろう、一日六食、オヤツ食べ放題、昼寝付き。お前にとってはこれが一番の言葉だろう。戦場にも偶になら出ても良い。これならどうだ」
「あ、今少しトキメイたかも……」
「なら、正妃はお前で決まりだ」
「ねえねえ、私に拘るのは私が好きだから?」
「言っただろう。俺が信用できる人間はお前だけだと。信用のない人間と寝る趣味はない」
「うーん……何で素直に好きって言わないのかな」
「……そんな軽いものじゃない」
その言葉が何故か何よりも重い一言に聞こえた。好きは軽い言葉なのか。じゃあ好きよりも重いものといえば。
「ねえ、シグルは私の行動で食欲が無くなる事ある?」
「しょっちゅうだな、ついでに頭痛もする」
「それって、愛!?シグル、私の事愛してるのか!!」
驚きのあまり肉を皿に落としてしまう。肉汁が飛び散ってシグルの服に付くが気にしない。
「何故そうなる……」
「小説では愛してる人の行動一つで食欲が無くなるらしいの。シグルはまさにその症状だから」
「頭痛もすると言っただろう」
「それって私の事で頭いっぱいだからじゃない?」
落とした骨付き肉をまた頬張る。まあ、何にせよ戦争に出て良いなら正妃も悪くない。子供の作り方は知らないが、シグルが何とかするだろう。
シグルは眉間のしわを押さえて何か悩んでいる様だが私は食事で忙しいので聞かない事にした。シグルは机に戻り、書類仕事を再開する。食事に夢中になってる私をチラチラ見ながら仕事するのはやめて欲しい。気になるじゃないか。だけど、私はそんな視線を無視し山盛りにあった食事を完食した。