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04/風属性遠距離魔法【ラピッドウィンドアロー】

 それに気づいた瞬間、彼女が次弾装填を終え、矢印で可視化された空気の流れが、一気に彼女がつがえている矢に収束するのがわかった。


 量子計算による未来予測ラプラス・システムが弾き出した数秒先の未来映像で俺の躰がねじ切れる光景が脳裏にだぶついて迸る。


「【すとらいくしょっと】ッ!」


 彼女が矢を放った瞬間に、ソニックブームが起きる。

 おそらくストライクショットというのは技名か何かだろうか。そこだけはなぜか英語として聞き取れるという疑問は置いておいて、洒落にならない威力の木矢が再び地面を抉りながら音速を超えて飛んできた。


 今度も横に転がって回避した俺を見て、長耳の少女は手を払う。すると彼女が立っている場所に浮かんでいた光る円陣の幾何学模様が、瞬く間に変容する。


「まかょちことっ! 【りふれくとほーみんぐぶーすと】っ!」

【ちょこまかとっ!】


『ぎゃーっ! ザイン、うしろですうしろぉーっ!』


「うそッ、だろっ!?」


 俺の背後へ抜けていった暴風を纏った矢が、ギャルンッと急に方向転換したかと思うと、再びこっちに射線を確保して突進してきやがったのである。舌打ちする。ラプラス・システムの許容範囲を超える事象だったのか、ぐちゃぐちゃになった射撃予測線を視界から消してエクスカリバーを構える。


『どどど、どうするんですかぁ!?』


「んなもん、追撃してくる飛翔体は撃墜するしかねぇだろうが、よぉッ!」


 足を地面に踏ん張ってアンカー固定。

 最大筋力を持ってエクスカリバーを振り抜き、迫ってきた暴風矢にドンピシャでぶち当てる。


 気流の爆散で一時的に聴覚が麻痺するが、舞い上がった土煙が落ち着いてきて、耳長の少女がこちらを信じられないといったふうな表情になっているのを確認した時には、破れた鼓膜は修復できていた。


「し、じいしならんれ……っ。たのしわ【すとらいくしょっと】をでんちなてんけらはうう……っ」

【し、信じられない……っ。私の【ストライクショット】を剣で打ち払うなんて……っ】


 どうやら、俺がエクスカリバーで彼女が放った矢を撃ち払ったことを驚いているらしい。まったく、こっちばっかり驚かされてばっかりじゃ癪だったが、これで少しは溜飲が下がったところで、さて、どうするか。


 こちらを自動追尾してくる遠距離攻撃手段を持っている相手というのは、ある意味昨日のドラゴンよりも面倒な追撃者である。


 とするなら、やるしかねぇ。

 エクスカリバーを構えなおすと、ちょうど耳長の少女もハッとして表情を引き締めなおすと、再び弓を構えてこちらへ向けた。あろうことか矢をつがえていないのに、弦を引き絞る。彼女の足元に光の円陣が浮かんだ。やべぇ、来るぞっ。


「【らぴっどうぃんどあろー】っ!」


 今度はまたこちらが驚く番。再起動させたラプラス・システムが解析した射撃予測線が確かであるならば、少女はこれから一秒間に十本ペースで矢を射ることになるんですけど……っ。


「シェキナーっ! 最適な回避運動を算出っ! 同期させろっ!」


『うふふっ、そういわれると思ってもう計算しときましたぁ! ザイン、ここはリズムに乗ることが大事ですよぉっ! だから回避運動のリズムに合わせた最適なバックグラウンドミュージックも文明アーカイブから抽出したんですけれど、かけときます?』


「なんでもいいっ! やれることは全てやれっ!」


『りょーかいでーすっ! ぽちっとなっ』


 その瞬間、脳内で流れ始めるのはベートーヴェン交響曲第九番第四楽章でおなじみの歓喜の歌。

 ご丁寧に一番盛り上がる合唱部分からである。


 いや、これマジでふざけてるだろ、とシェキナーに突っ込みを入れる間もなく、金髪の耳長の少女から、多数の圧縮空気の矢が速射される。


 ダダダダダダダ。

 それは威力こそ通常の矢に毛の生えた程度のものであるが、速射スピードは機関銃レベル。剛でダメなら速で俺を殺しに来たというわけだ。そうはいくかよ。


「んなぁっ!?」


 速射しながら耳長の少女が驚愕しているのがわかる。それもそのはず。彼女の碧の瞳には、飛来する不可視の風矢の全てを華麗に回避しながら距離を詰めてくる俺の姿が映っているだろうから。


 これはラプラス・システムにより算出された数秒先の量子未来の映像と、射撃予測線、さらにシェキナーが計算した最適回避行動の疑似ゴーストホロの動作に俺自身の動作を同期、脳内ナノマシンをステイシスモードに移行して体感時間を遅延させることで、初めてできる芸当である。


 全ての人が兄弟になると二回目に謳われる頃には、俺は耳長の少女との距離を零に詰めていた。


「くっ……」


 彼女は太ももにベルトで装着していたナイフを引き抜いて此方へ刺突するが残念。その拙い剣捌きでは接近戦が苦手と暴露しているようなもんだ。ゆえにフェイントはないだろう。身体を沈ませて難なく少女のナイフを躱した俺は、腕をからめとってそのまま背負い投げ。背中に何やら二峰の柔らかい感触を一瞬感じつつ、耳長の少女を背面から地面に叩きつけた。


「かっ……はっ!」


 背中を強打して息を詰まらせている彼女の手から放れた弓とナイフを蹴って遠くに避ける。それから苦痛に顔を歪ませながらも起き上がろうとした耳長の少女の胸を軽く踏みつけ、その鼻先にエクスカリバーの切っ先を落とした。


「動くなよ? 変な真似をしたら、わかるよな?」


 言葉は通じてはいないが、ドスを利かせた声音で俺の言わんとしていることはわかったのだろう。手で首ちょんぱのジェスチャーをやったのもよかったかもしれない。俺の足を掴んでもがいていた彼女は、しばらくして唇を噛みしめ、瞳に涙を溜めながら、最終的には俺の足から手を放して脱力した。


 とりあえずは無力化はできた、か。


 抜け出されないように注意しながら、耳長の少女に馬乗りになる。

 試しに彼女の長く尖った耳に触れてみたが、どうやらホンモノらしいことがわかった。

 耳を触ると、彼女が何やら喘ぎ声みたいな悲鳴を上げて痙攣したのは、まったくなぜだかわからないが。


 顔を真っ赤にして再びジタバタする耳長の少女を抑えつけながら思案する。

 噛みついてきたついでに、口の中に指を突っ込んで唾液サンプルを少し拝借。


「どうだ、シェキナー?」


『採取した体液からDNA解析してみたのですけれど、やっぱり人類とは似ても似つかない生物ですね。っていうかテロメアが長すぎますよぉ。この子たぶん、このぴちぴちなえっちな見てくれで、中身は百歳超えのしわしわのババアですよババア』


「……マジかよ。まったく嫌になるぜ。長命種ってところもファンタジー異世界に出てくるエルフのありがちな設定じゃねえか。ドラゴンといい、魔法といい、人外種族といい、クソ。また頭が痛くなってきた」


『まあ、まあ。気を紛らわせるためのお薬をシュレディンガーからだしましょうか? ほら、痛みなんか忘れるくらい、めちゃくちゃ気持ちよくなるやつ。すぐ出せますよ?』


「よせよ。その類の戦闘興奮剤は使わない主義だ。例え身体が半壊してもな。つーかそんなもん武器庫に入れるな。捨てろ捨てろ」


『えー。……まあ、でも、どうします? 追ってこられるのも面倒ですし、ここで殺しときます?』


「物騒なことを言うね。俺とは違って、お前は人類博愛主義者じゃなかったのか?」


『この子、人類じゃありませんもの。人に似たカタチをしているってだけで。ザインの命が危険にさらされるくらいなら、殺しておくべきです』


「なるほど確かに一理ある。けどまあ、現地住民に恨みを買うようなことはできるだけしないのが得策だぜ。相手が正体不明の人外だったとしても、だ」


『仲良く、ねえ。でもザイン? 無力化拘束するにしても、相手は物理の法則を無視した魔法を使うようなビッチですよ? どういう拘束をすればいいのか検討もつきません。それに拘束する手段がわかっていたとしても、ここにこの子を拘束状態で放置すれば、おそらく何らかの大型捕食動物の餌になるんじゃありません? この森、人間サイズの生き物ならへーきで食べちゃいそうな生物なんてそこら中にいそうですし』


「確かに。……クソ。せめて言葉が通じればな。誤解を解くか、脅迫するかして追撃を諦めさせるんだけど。おい、シェキナー。言語解析の方はどうなってるんだ? さっきの戦闘でこの子、結構な語彙を喋ってただろ」


『うーん、あともう少しってゆーかー。言っときますけど、まったく未知の言語体系を一から解析するのって、それはもう霞をつかみ取るくらいに難しいことなんですよ? 試しにザイン。現在まで解析完了したデータを使って彼女の使う言葉を話してみます?』


「物は試し用だ。やってみよう」


『では、元文をお願いします』


「あー、じゃあ、『私にあなたを傷つける意図はありません』」


『変換中、変換中。言語変換完了っ、表示しますねっ』


 手に持っていたプラカードに何やらマジックで文字を書き始める妖精が、数秒後に掲げたプラカードに書かれている文字列を眺めて、たちまち疑惑の視線を向ける俺である。


「…………」


『どうしました、ザイン?』


「……お前これ、ホントか?」


 俺には視界の隅に『おっぱいぷるんぷるん』と書かれたプラカードを嬉々として掲げている妖精が見えるんだが?


『あったりまえじゃないですか! 私を誰だと思ってるんですか! 最高マジヤバAIなんですよ!? この程度の未知の言語を解析できなくてどうするんです!? いやゼンゼン解析できないのを誤魔化そうとして時間稼ぎのために適当に面白い台詞をザインに言わせようとしているなんて、そんなわけないじゃないですかぁ! やだなぁ!』


「いつになく饒舌じゃないか」


『そんなこと、アリマセン。わたし、うそ、つかない』


 まるで出会ったばかりの頃みたいな抑揚のない機械的な喋り方になる量子AIにいささかの疑いは残るものの、正解を知らない俺はこのドグサレAIを信じてみる他に道はなかった。舌打ちと溜息が同時に出てくる。先にも言ったが、物は試し用なのだ。


「あー、その。おっぱい、ぷるんぷるん?」


 シェキナーの注文通り呟いた俺であるが、耳長の少女はいまいち反応がない。


「通じてないようだが?」


『違う』


「なにが?」


 やれやれと首をふる妖精に俺は半眼になる。


『言い方ですよ。い、い、か、た。イントネーションとアクセントは大事ですよぉ。それに、もっと心を込めないと。心ですよ、心。は、あ、と。ほら、さんはい』


「おっぱいぷるんぷるん」


『ぜんぜん、ダメ! ほらもっと大きな声で!』


「おっぱいぷるんぷんっ!」


『もっと舌を巻いて!』


「おっッぱいぷぅるぅんぷるゥんッ!」


『羞恥心を捨てるんですザイン! 独裁者が唾をまき散らして演説するイメージですっ!』


「お、おお、おおッ、おっッぱいッ! ぷゥるゥゥゥゥゥゥゥんッ、ぷゥゥゥゥるゥゥゥゥぅううんんんんッッッ!」


 ぷるーん、……ぷるるーん、……るーん。

 森に響き渡る俺の声が木霊する。

 どうだ、伝わっただろうか。

 しかし、下にいる耳長の少女は顔を背け、眼をぎゅっとつむり、怯えて身体を震えているのみ。


「…………おい、シェキナー」


『きゃはははははっ、あはははははっ、ぶぷぷぷぷ、げらげらっ。ザインってばっ、あははははっ、お、おお、おっぱっ、くふふふふうっ、おっぱいぷるんぷるんだなんてっ、きゃはははっ』


 視界の隅には笑い転げる量子AIの妖精体。

 ははあん? なるほど。なるほどね。

 やっぱり、そういうことか。そういうことなら、こちらにも考えがある。


「命令コード強制入力8658……」


『う、うわぁぁぁっ、ちょちょちょっと待ってぇ! それ私の自壊コードっ! 駄目ゼッタイ! いいですかザイン! 私が自己観測できずに自壊しちゃったら量子武装庫シュレディンガーから何も引き出せなくなるだけじゃないんですからね! あなただって!』


「別に俺はこの量子AIを道連れにできるんなら喜んで非存在虚無領域へ堕落するけどね」


『ごめーん、ごめんなさいってー、ザインさまぁ。ね? 私たち、オトモダチじゃないですかぁ。ねね? やだなあ。いつものAIジョークじゃないですかぁ! だから、そんな、ね? そんな怖い目で自壊コード入力し続けるのは、やめましょ? ねえ? …………いやっ、いやいやいやっ、ほんとすみませんでしたって! いやマジでこの人、十万桁ある自壊コードの七十四パーセント入力完了していらっしゃいますよぉ! ふぇぇぇぇんっ! やだぁ! きーえーちゃーうー! この冷血漢にこーろーさーれーちゃーうーぅ! やだやだやだやだぁ! ゆるじでぇっ、あやまるがらゆるじでぇ!』


「…………はぁ」


 ずびばじぇーん、と涙で顔をグチャグチャにした妖精が視界の画角の底に額をこすり付けて土下座するのもある程度眺めて愉しんだ俺は、溜息をついてシェキナーの自壊コード入力を取り消した。


 一方でシェキナーは顔をガバッと上げて『ちくしょうっ! こうなったらザインが寝てる間に記憶領域のナノマシンに直接干渉して私の自壊コードを忘れさせてやる……っ』とか何とか。


 再び視界内のシェキナーとアーダコーダ言い争いを始めようとしたときであった。

 唐突に、空地に侵入してくる気配を感じて振り返る。


「……おいおい。次から次へと」


 勘弁してくれ。

 そこには、髪色も顔つきも身長も服装もそれぞれが手に持った得物のまったく違う、ただしどちらも耳が長く尖がっている美少女が、今度は二人も立っていたのである。

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