八 無理
昨日、飯田はあの後、タクシーで帰って行った。
私は薫たちの合コンに少しだけ参加したけれども、当然、終始上の空で終わった。
「それにしても飯田さんさ、なんでサラリーマンなんて嘘ついたんだろうね」
次の日、社員食堂のテーブルを挟んで薫がそう言った。
「それはわからないわ」
「そもそもさ、なんでパーティーに参加したんだろうね」
「うーん・・それも不明だわ」
「なんか目的があったはずなんだよ」
「そうね・・」
「しかもだよ、沙月をゲットするという前提なんだよ」
「なんで私なのよ」
「そこよ。そこが謎の鍵だわ」
「それって・・やっぱり私が騙されてるってこと?」
「そうなるね」
「・・・」
「沙月、言っとくけど気をつけた方がいいよ」
「そうね・・」
飯田が嘘をついたことは事実だ。
けれども、サラリーマンなのに社長って嘘をつくならわかる。
飯田の場合は逆だということが、どうしても理解できなかった。
だからこそ、悪い意味で騙されたという理屈には、どうしてもたどり着けない。
「もし騙されたとしたら、どんな場合が想定できるかな」
私は薫に訊いた。
「そうだなあ、経営破たんしかけてるとか」
「破たんかあ・・でも偶然同僚に会った時は、破たんしかけてる「それ」とは程遠い感じだったのよね」
「そっかあ。それじゃ社員が少なすぎて言うのが恥ずかしかったとか」
「なるほど・・それはありかも知れないわね」
「でしょ?その同僚って人だけとか。社員が」
「まあねぇ。でもね、なんで私なのよ」
「それはまあ、マジで相手を探すつもりだったんじゃないの」
「ふむ・・」
「今度さ、会社へ連れてってもらえば?」
「ええっ」
「一目瞭然じゃん。ね、そうしなよ」
「なんか、探ってるみたいで気が引けるわ」
「いいじゃん。お互いまだ何も知らないんだしさ」
私は薫の提案通り、飯田に話を持ち掛けてみることにした。
―――二日後。
私は飯田と、いつもの場所で待ち合わせをしていた。
「沙月」
飯田が前方から駆け寄ってきた。
「こんばんは」
「ごめん、待った?」
「いいえ、さっき来たばかりです」
「沙月の方から誘ってくれるなんて、嬉しかったよ」
「お忙しくなかったですか?」
「沙月に会うために、急いで仕事を終わらせたんだよ」
「そうでしたか・・すみません」
「さてと、どこへ行こうか」
「あの・・ちょっとお訊きしたいことがあるんですが」
「なにかな」
私は思い切って訊く決心をした。
「飯田さんは、本当に社長なんですか」
「え・・」
「サラリーマンと仰ってましたが・・違うんですか」
「参ったな・・」
「本当のことを教えてください。でないと私は飯田さんとはお付き合いできません」
「それは僕が嫌だな」
「だったら・・」
「わかった。本当のことを言うよ」
飯田は真剣な表情になった。
「確かに僕は社長・・というか、正確には次期社長なんだよ」
「え・・」
「僕、社長の息子なんだよ」
「そ・・そうなんですか・・」
「嘘ついてごめん」
「会社って・・どんな・・」
「それも訊きたいの?」
「もちろんです。もう隠し事はやめてください」
「そっか・・。A総合商社って知ってる?」
「知ってます・・っていうか、一流企業じゃないですか」
「うん・・」
「え・・まさか、そこの・・?」
「実はそうなんだよ」
私は顎が外れるかと思うくらい、口をあんぐりと開けた。
A総合商社といえば・・日本はおろか海外進出もしている・・一流商社・・
飯田さんが・・そこの息子?次期社長?
嘘・・あり得ない・・
いや、本当なのだろうけど、そんな人がなんで私なんかと・・
「あの・・私、帰ります」
私は向きを変えて歩き出した。
「ちょっと待って」
飯田が私の腕を掴んだ。
「ほら、こうなるから言わなかったんだよ」
「私とのことは、なかったことに・・」
「どうしてそうなるの?沙月は僕のこと嫌いなの」
「だって・・あまりにも住む世界が違いすぎます」
「そんなこと言わないでよ」
「い・・飯田さんにはもっと、こう、お嬢さんというか、相応しい人がいると思います」
「なんで僕の気持ちを決めるんだよ」
「なんでって・・あの、私が引くの、わかりません?」
「沙月もそうなんだ」
「・・・」
「沙月は会社とか、そんなことより僕を見てくれてると思ってたけど、違ったんだね」
「いえ・・そういうわけじゃ・・」
「だってそうじゃないか!」
いつも優しい飯田が、初めて怒鳴った。
「飯田さん・・」
「僕は沙月を好きになっちゃいけないんだね」
「そ・・そんなことは・・」
「じゃあ、どうするの。今後も僕と付き合ってくれるの」
「それは・・」
私はあまりのことに答えに窮した。
この先のことを考えると、とてもじゃないが私の相手じゃない。
もし結婚とかなったら・・絶対に無理。
「答えてくれないかな」
「え・・」
「沙月の答え次第では、僕は沙月を諦めるよ」
「あの・・時間を下さい」
「・・・」
「必ずお返事しますから・・」
「わかった」
飯田は、何とも言いようのない淋しい表情を浮かべた。
そんな顔されると・・私はどうすればいいのか・・
正直・・私は飯田さんが好きだ。
できればこのままお付き合いを続けたい。
でも・・あまりにも・・
「じゃ、僕は帰るね」
「飯田さん・・」
「いい返事を待ってるね」
そう言って飯田は駅の中へ消えて行った。
人によっては、これはシンデレラストーリーよね。
玉の輿、とも言うわ。
でも私はそんな浮かれた気分になれない。
これは現実なのよ。
ちゃんと将来のことも考えなくちゃいけないのよ。
お金持ちだからって、それだけで喜んでいいものじゃないのよ。




