六 薫の杞憂
「早く早く、写真見せてよ」
また次の日、社員食堂で私は薫と昼食を摂っていた。
「え~っと・・、はい、これよ」
私は携帯を薫に渡した。
「およっ?ちょ・・ちょっと、マジのイケメンじゃん」
「だから言ったでしょ」
「これは、ますます怪しいね」
「またそんなこと言って」
そこで私は、携帯を取り返すように引き取った。
「沙月・・これ、マジでヤバイって」
「そんなことないよ。昨日だって一軒で帰っちゃったし」
「だいたい結婚詐欺師というのは、最初は油断させるもんなんだよ?」
「私は油断もしてないし、隙も見せてないもん」
「甘い・・甘いよ、沙月」
「なによ・・」
「結婚詐欺師ってさ、被害女性は相手の正体を知ってからも、まだ信じているんだよ?」
「だから?」
「っんもう~、つまりね、騙されたと知っても、まだ自分のこと愛してるって信じてるんだよ」
「私はそんな風にはならないわ」
「はぁ~・・沙月みたいなのが一番引っかかりやすいんだって」
「そんなことない」
「自分は大丈夫、騙されないって思ってる人ほど騙されるの。これ世間の常識」
「でもさ」
私はそこまで言いかけて、口をつぐんだ。
「なによ」
「いや、別に・・」
社長かも知れないなんてこと話したら、薫はますます疑うわ。
でもよ・・?
詐欺師なら普通は逆じゃない?
無職なのに社長とか、医者とか、弁護士とか言って騙すはずよ。
でも飯田さんは逆なのよ。
だから詐欺師なんてあり得ないわ。
「飯田さんってね・・」
私は話を続けた。
「うん」
「もしかすると社長かも知れないのよ」
「へ?なによそれ」
「お店を出た後に、同僚の男性に会ったんだけど、その人、飯田さんのこと「社長」って呼んでたの」
「なによそれ、意味わかんないんだけど」
「飯田さんは、あだ名だって言ってたんだけど、私はそうは思えなくてね。だからほんとは社長なんじゃないかと・・」
「あだ名、ねぇ・・」
「ね?普通、そんなあだ名つけると思う?」
「で、飯田さんは否定したのね」
「そうなの。あだ名だって」
「ん~・・なんか釈然としないなあ」
「薫は社長だと思う?」
「いや、その前にさ、なっんか最初っから怪しいんだよね。飯田さん」
「え・・」
「だってさ、パーティーの時も真っ先に声をかけて来たんでしょ。それで「僕に決めて」とか言ったんでしょ」
パーティーでのことは、薫に昨日、全部話していた。
「まあ・・そうだけど」
「そんなのプレイボーイのやることだよ」
「そ・・そうかなあ」
「いや、そりゃパーティーだから声はかけるよ。だけど「僕に決めて」なんて言わないって、普通」
「・・・」
「それで、昨日はなんて言われたの」
「え・・なにって・・」
「だから、甘い言葉よ」
「甘い言葉・・ん~・・と」
私はじっくり考え、思い出していた。
「あ・・そう言えば」
「なになに」
「これからは僕だけを見てね、って言ってたわ」
「げっ・・チャッラ~~」
「あ、そうだ。他にもあったわ」
「なになに」
「お店のおやじさんがね、飯田さんの女性連れは初めてだって言ってたわ」
「え・・それってマジなの?」
「うん、マジ」
「ふ~ん・・」
薫は何かを考え込むように、あさってを向いて唐揚げをパクついていた。
「じゃ、プレイボーイじゃないのかなあ・・」
薫はどうも、当てが外れた様子だ。
「でさ、沙月は今後もお付き合いするんだよね」
「うん、そのつもりだけど」
「ちゃんと私に報告しなさいよ」
「うん・・」
「まだまだわかんないんだからねっ。油断大敵!」
それからというもの、飯田とはメールのやり取りが続いた。
どうやら仕事が立て込んでいるようだ。
内容も「風邪を引かないようにね」とか「ちゃんと寝るんだよ」といったように、とても優しさに溢れていた。
それと「二之宮さんに会いたい」とも・・
私は日増しに飯田のことで頭が一杯になっていった。
携帯の画面を見てはメールを待ち、アルバムを開いては、飯田の写真に見惚れる始末。
声を聞きたかったが、仕事の邪魔にならないように、そこは自重していた。
―――やがて十日が過ぎた。
『二之宮さん、今夜空いてるかな』
飯田からメールが届いた。
『はい!空いてます』
私は直ぐに返事を返した。
『それじゃ、待ち合わせはこの間と同じでいいね』
『はい、了解です!』
私は久しぶりに会える喜びで、少々舞い上がっていた。
「沙月~、真っすぐ帰るの?」
更衣室に薫が入ってきた。
「あ、これから、用事が・・」
「用事って・・。あんたさ~わかり易過ぎ。デートならデートって言いなさいっつーの」
薫は少し乱暴気味に、ロッカーのドアを開けた。
「薫は、帰るんだよね」
「沙月に振られましたからねっ」
薫はいたずらな笑みを浮かべながら、ベーッと舌を出した。
「薫~・・」
「あはは、冗談だよ。楽しんできて」
「ありがと」
「んでっ、報告、忘れないようにね」
「今井ちゃん~」
そこで同僚の三枝秋奈が薫に声をかけた。
「おう~なに、ぐっちゃん」
「今日、飲みに行かない?」
「え、二人で?」
「うふふ・・」
「なによ~ぐっちゃん、はっきり言いなさいよ」
「合コンなの」
「合コンかあ」
「えぇ~今井ちゃん合コン嫌いなの」
「いや、別に嫌いってわけじゃないけど、いい男来るのかね」
薫は親指を立ててそう言った。
「来るよ~」
「え、マジで?事前情報あり系?」
「当たり前よ~」
そこで薫は私を見て、申し訳なさそうにしていた。
「あ・・二之宮ちゃんも行く?」
「あ、私は用事があるので・・」
「そうなんだぁ、残念だなぁ」
と言いつつも、三枝は本気で誘う気がないのか、すぐに薫の方へ顔を向けた。
「でさ~メンバーの今日一が、この人よ」
三枝は薫に携帯の画面を見せていた。
「へぇ~結構いけてるじゃん」
「ね、だから行こうよ~」
三枝は薫の腕を掴んで離さなかった。
「わかった、わかったから」
「やった~!さすが今井ちゃんだわ~」
「沙月、私、こっち入ったから、気にせず楽しんで」
ワーワー騒ぐ三枝を遮って、薫がそう言った。
「うん、ありがとう」
そして私と薫は社を後にして、別々の方向へ歩き出した。
合コンかぁ。
私にはもう無関係の世界だわ。
薫といたら楽しいから、そりゃ行きたいって気持ちもあるけど、でも私にはもう関係ない。
飯田さんと二人の方が、どれだけ幸せか。
待ち合わせ場所では、既に飯田が待っていた。
「飯田さん」
私は小走りで駆け寄った。
「こんばんは、久しぶりだね」
飯田の輝くような優しい笑顔が、私の心臓に刺さった。
「お・・お待たせして・・」
私は直ぐに顔を逸らし、突然緊張感に襲われた。
「待ってないよ」
飯田は私の頭に手を置いて、顔を近づけた。
「そ・・そうですか・・」
「二之宮さんのためなら、何時間でも待つよ」
うっ・・また甘い言葉を・・
「さてと、今日は別の場所へ行こうか」
飯田は手を離しそう言った。
「はい、お任せします」
「よーっし」
飯田は強引に私の手を握った。
「いいよね?」
私が戸惑っていると飯田が言った。
「は・・はい」
これは・・まさに恋人同士の証だわ。
手を繋いで街を歩く・・
しかも私の手を握ってるのは、誰もが羨むイケメン男性。
こんな幸せなことってある?
私は知らず知らずのうちに、口元が緩んでいた。
やがて店の前に到着し、私たちは中へ入った。
ここは大型チェーン店の居酒屋。
店内は大勢の客で賑わっていた。
店員が直ぐに案内してくれ、私たちは中央の四人席に座った。
「あっ、二之宮ちゃんじゃな~い」
トイレから帰って来たであろう三枝が、私を見つけてそう言った。
「え・・三枝さん・・」
えっ・・
ということは・・
薫もいるはずよね。
うわ~・・見られる・・
薫・・私に「楽しんで」とか言ってたけど、まさか・・飯田さんに詐欺師とか言わないよね・・
私はこの後の展開に、不安を覚えるのだった。




