二十七 怨み
「ちょっと、権藤さん」
ある日、松樹が工場に訪れた。
「あ、これは松樹さん」
ソファに座っていた権頭は立ち上がった。
「計画はどうなってるの?進んでるの?」
松樹はツカツカと、権藤の傍まで怒ったような足取りで歩いてきた。
「はい、そりゃもう」
権藤は松樹に座るよう、手で促した。
そこに、永埜や他数名が階段から下りてきて、松樹に会釈をした。
「私の出番はいつなの!」
松樹は、かなりイラついている様子だった。
「これからいよいよ最後のダメ押し、といいますか、完全に二之宮の心をつかむまで、そう時間はかからないかと・・」
「そうなのね」
「それで、最後の最後という時に、松樹さんの出番ということで、ちゃんと考えてあります」
「私はとにかく、あいつの苦しむ顔が見たいのよ。この目で見たいのよ」
「あの・・」
そこで永埜が口を開いた。
「なによ」
「松樹さんは、二之宮にどんな怨みがあるんですか」
「おい、永埜。口を慎め」
権藤が制した。
「あいつは、私の大切な人の人生を奪ったのよ」
松樹の目は、どこを見ているでもなく、まるで過去を見つめているようだった。
「それって恋人・・ですか・・」
永埜は遠慮気味に訊いた。
「恋人・・?そんないいもんじゃないわ」
「え・・」
「私の片思いよ」
「そうですか・・」
「あいつは・・私が好きだった水森英太を狂わせたのよ」
永埜も、他の者たちも黙って聞いた。
「私と水森は幼馴染だったの。私は子供のころから水森が大好きだった。中学までは学校も同じだったけど、高校は別だった。あれは高校三年になってからのことだった。水森は好きな子ができたのよ」
「それが二之宮ってことですか・・」
永埜が訊いた。
「その通りよ。私は水森が誰を好きになっても仕方のないことだと思ったわ。けれどもあいつは、そんな水森の純粋な気持ちを踏みにじったのよ」
「・・・」
「あいつは思わせぶりな行動をし、水森の気持ちを翻弄していった。まるで恋人同士のように何度もデートを繰り返したのよ。そして水森があいつに夢中になっている最中、あいつは別の男を連れてきてなんて言ったと思う?」
「・・・」
「お前なんか最初から好きじゃなかった。これは実験だったの、と言ったのよ。そしてこの人が私の好きな人よ、とその男性を紹介したのよ」
永埜は、あの沙月がそんなことを言うとは、到底信じられなかった。
「水森は、当然ショックを受けた。その落ち込みようと言ったら・・思い出すだけでも胸が苦しくなるほどよ。ここで終わればまだよかった。その後二之宮は、同級生の男子を操っていじめを始めたのよ。元々大人しかった水森はなんら抵抗することも出来ず、自殺を図ったの。これは未遂に終わったんだけど、水森は今でも精神的後遺症で入院してるのよ」
「そんなことが・・」
永埜が呟いた。
「だから私は復讐を誓ったのよ。あいつだけは絶対に許せないのよ」
「お話はわかりました。この計画は絶対に成功させます」
権藤が語気を強めていった。
「私が二之宮の苦しむ顔を見たい気持ち、これで理解してもらえた?」
「それはもう、重々・・」
「とにかく、とことんまで追い込んでよ」
―――それから数日後。
ここは高級賃貸タワーマンション。
家賃は一ヶ月150万だ。
ここを権藤たちは、仕事が終わるまで借りていた。
永埜が沙月を招いたある日のことだった。
永埜は沙月に「水森英太って人、知ってる?」と訊いた。
依頼者の情報を流すということは、契約違反なのはわかっていたが、永埜は沙月に確かめたかった。
すると沙月は「高校の時、クラスメイトだった人と同じ名前・・」と答えた。
永埜は演技ではなく「そっか・・」という落胆の声を漏らした。
そして「じゃ、知ってるんだね」と念を押すと、沙月は「知ってるというか・・クラスメイトだったし・・」と答えた。
この時点で永埜は、沙月が過去に、とんでもない酷い仕打ちをしたのだと、ある意味失望していた。
その後、沙月とは男女の関係も結び、永埜はいよいよ最終段階に入ったと思っていた。
それからというもの、沙月はせっせと花嫁修業に精を出す日々が続いた。
永埜はその連絡を受けたが、態度を少しずつ変えていき、沙月の心を不安にさせる作戦に出た。
そしてある日のこと、須田から連絡を受けた永埜は松樹を連れて、沙月に見せつけるように腕を組んで歩いた。
案の定、二人を見た沙月は、永埜に「どういうこと・・」と迫った。
永埜の隣にいた松樹は、わざとらしくしおらしい女性を装った。
けれども心の中では「もっと苦しめ」と念じていた。
その後、沙月はたまらずA社へ出向くも、受付の女性も、外で待ち構えていた泊にも、けんもほろろの態度で突き放された。
あらゆることに不信を抱いた沙月は、永埜の行きつけの居酒屋へ立ち寄ったが、なんと店主が変わっていたのだ。
そして沙月は、とうとう運命の日を迎えることとなる。




