二十六 手に入れる
薫は根本に押された時、車に轢かれはしなかったが、足をくじいて骨にひびが入ったため入院した。
「俺、ヒヤヒヤですよ」
根本が権藤に言った。
「でもこれで、二之宮から引き離すことに成功した。根本、ご苦労だった」
「今井は警察に訴えたりしませんかね」
「お前だという事はバレてない。大丈夫だろう」
無責任なことを言う権藤に、根本は少し不満を持った。
「そこでだ、二之宮は必ず今井の見舞いへ行くはずだ。おい、永埜」
「はい」
「そこで二之宮を掴まえろ」
「わかりました」
「いいか、今井がいない間がチャンスだ」
「はい」
沙月は権藤の思惑通り、薫の見舞いへ行った。
「永埜さん、二之宮は売店へ行くようです」
沙月に張り付いている須田が、永埜に連絡をした。
「わかった」
永埜は先回りして、売店へ入った。
そこに沙月が来たら、声をかけようと思っていたが、沙月は永埜を見つけ壁の陰に隠れた。
次に永埜は、ロビーで待つことにした。
すると、ほどなくして沙月が現れた。
「沙月・・どうしたの」
永埜は、わざとらしく驚いて見せた。
「あ・・薫が入院したんです」
「え・・薫さん、どうかしたの」
「交通事故で・・」
「えぇっ!それで容態は?」
何もかも知っている永埜は、自身でも呆れるほどの芝居を打った。
「大したことないんです。足にひびか入った程度で済みましたので、二三日で退院できるそうです」
「そうなんだ・・一瞬ヒヤッとしたよ」
「飯田さんは、なぜここに・・」
「祖父が入院しててね。もう長いんだ」
「そうなんですね・・」
「時々顔を見せないと、機嫌が悪くなるんだよ」
と、適当な嘘をついて誤魔化した。
永埜は沙月との会話で、沙月がまだ自分に気があることを、少しだけ悟った。
「ね、沙月」
「はい」
「お茶でもどうかな。ここではなんだし。あ、迷惑ならいいよ」
「そんな・・迷惑だなんて」
この沙月の言葉で永埜は確信した。
押せば絶対にいける、と。
やがて二人はカフェに入った。
永埜はここぞとばかりに、沙月の心を揺らす作戦に出た。
「沙月・・今は僕のことどう思ってるの・・」
「そ・・それは・・」
「やっぱり僕と付き合うのは無理かな・・」
黙る沙月を見て、もう一押しだと永埜は思った。
「沙月・・」
「はい・・」
「一度だけお願いを聞いてくれないかな」
「え・・」
「最後にもう一度、僕とデートしてくれないかな」
「・・・」
「それで僕は本当に諦めるよ」
「・・・」
「それもダメ?」
「いえ・・そんな・・」
「じゃ、いいんだね」
「は・・い・・」
永埜は心の中でガッツポーズをした。
アジトへ帰り、権頭に事の経緯を話すと「よしっ!よくやった」と権藤は永埜の肩を叩いて喜んだ。
そして権藤たちは、デートプランを話し合って決めた。
―――五日後、永埜は高級レンタカーで沙月を待った。
ほどなくして現れた沙月に、永埜はいかにも紳士らしく「どうぞ」と言って車へ案内した。
ここで沙月が車のナンバーを確かめていたら、違った展開になったはずであろう。
けれども沙月には、ナンバーを確かめることなど、頭の片隅にもなかったのである。
永埜はプラン通りに、車を海に向かって走らせた。
車内では、恋人同士なら誰もがそうするであろう、他愛もない会話が続いた。
それが反って沙月の心に、より一層、隙を与えてしまったのである。
やがて砂浜を散歩する際、永埜は当然のように沙月の手を握った。
それを拒否するどころか、沙月の表情は嬉しさに満ちていた。
永埜は、ここで焦ってはいけない、ゆっくりと時間をかけるんだ、と強く心に言い聞かせていた。
その後、昼食を摂るため入ったレストランでは、いかにも常連を装い、最高級の部屋をリザーブしていた。
沙月と会う前、店に事前連絡を入れていた永埜は、時間通りに入店したため、ボーイは「飯田さま、お待ち申し上げておりました」と直ぐに飯田の名を出したのだ。
それが信憑性に拍車をかけた。
そして永埜は、心にもない甘言を次から次へと沙月に発した。
レストランを出て、都内へ向けて走る車内では、やがて今後の話に移っていった。
永埜は、ここでしくじってしまえば、今回の計画は失敗に終わると肝に銘じた。
永埜は、気持ちを決めかねている沙月に対して、キスをした。
すると沙月はダメを押されたと感じたのか、永埜のキスを受け入れたのだ。
永埜は、ようやく沙月は自分のものになったと、手ごたえを感じ胸をなでおろしていた。
アジトへ帰り権藤に報告すると、「よーしっ!」と言って権藤はガッツポーズをした。
そして、そこにいた仲間たちも永埜を称えていた。
「それにしても・・」
永埜が呟いた。
「松樹さんは、二之宮にどんな怨みがあるんでしょうね」
続けて永埜がそう言った。
「なにを言ってるんだ」
権藤が訊いた。
永埜は、松樹が一億出してまで、しかもこのような大掛かりな芝居をしてまで、沙月に復讐を果たそうとしていることに疑問を持った。
そして永埜は、これまで沙月を見てきて、怨みを買うような人物には思えなかったのだ。
「いえ、別に・・」
「おい、永埜」
「はい」
「これは仕事なんだ。一億という大仕事なんだぞ」
「はい・・」
「私情は一切挟むな。これは鉄則だぞ」
「わかってます」
「お前・・まさか」
「え・・?」
「ミイラ取りが・・」
「それはあり得ません」
「そうか。それならいいが」
永埜は沙月をターゲットとして見ている。
決して沙月に心を動かされたわけではないのだ。
けれども永埜は、どうしても沙月が悪い人間には、到底思えないのだ。
復讐・・
この感情は、人間なら誰しも大なり小なり抱いたことがあるはずだ。
いや、不満を持つことは誰しもあるが、復讐という感情を抱く人間の方が少ないかも知れない。
ましてやそれを実行に移すとなれば、相当の怨みを持たねば出来ないことだ。
それを松樹は一億もかけて依頼して来た。
そこが永埜にとって、合点がいかないのだ。
「さて、次の策を練るぞ」
権藤がそう言って、また話し合いが始まった。




