二十三 計算外
「おい、須田」
権頭が須田という男を呼んだ。
「おまえ、今日から二之宮に張り付け」
「ストーカーですか」
彼らの間では張り付くことを「ストーカー」と呼んでいた。
「そうだ。二之宮の行動を把握し、先回りして次の策をうつんだ」
「わかりました」
「永埜には、しばらくメール作戦をとらせいてる」
「はい」
「逐一報告しろよ」
「了解です」
そして須田が沙月に張り付いて十日が過ぎた。
「永埜さん、いま、二之宮が会社を出ました」
須田が永埜に電話をした。
今日は十日ぶりに、沙月と永埜が会う日だった。
「わかった。今から向かう」
永埜は沙月より先に着くように、待ち合わせ場所へ急いだ。
「飯田さん」
しばらくすると、沙月が小走りで永埜に駆け寄ってきた。
「こんばんは、久しぶりだね」
永埜は輝くような笑顔を沙月に向けた。
そして照れる沙月を見て、この十日間のメール作戦はバッチリったと手ごたえを感じた。
「お待たせして・・」と顔を背ける沙月の頭に、永埜は手を置いて「二之宮さんのためなら、何時間でも待つよ」と臭いセリフを吐いた。
そしてここぞとばかりに、永埜は沙月の手を握った。
男女間で、相手の体の一部に触れるということが、なにを意味するか永埜は十分心得ていた。
思惑通り、沙月は永埜を拒否することは無かった。
そして二人は、チェーン店の居酒屋へ入った。
二人を追って、須田も後から入店した。
須田は、二人の会話を聞ける距離の席を選んで座った。
永埜は沙月との会話を順調に進め、やがて「沙月って呼んでもいいかな」という札を切った。
名前で呼ぶ仲、というのは、恋人であれば当然のことだ。
それによって、一気に距離も縮まるからだ。
このまま距離を縮めて、できれば次の店へと考えていた永埜の前に、今井薫が現れた。
これは永埜にとって、計算外の出来事だった。
グイグイ押してくる薫を、永埜は適当にかわしていたが、成り行き上飲み比べが始まった。
酒に弱くはない永埜は、ここでねじ伏せてやろうと意気込んだが、結局酔ってしまい、もっと先に社長だと打ち明けるはずが、この場で言ってしまった。
一人で外に出た永埜を追いかけて、須田が駆け寄った。
「永埜さん、なにやってんですか」
「ああ・・?うっ・・」
須田は永埜の体を支えた。
「社長って言ったでしょ」
「う・・ああ・・言ったっけ・・」
「計画が狂っちゃうじゃないですか」
「悪い・・うっ・・気持ち悪い・・」
「仕方がないな・・」
須田はタクシーを止め、二人はアジトへ帰って行った。
翌日、永埜と須田から報告を聞いた権藤は「うーん」と頭を抱えていた。
「計画ではな、さんざんじらした後、A社へ二之宮を連れて行き、「ここが僕の会社だよ」とサプライズするはずだっただろう」
「すみません」
永埜は失態を詫びた。
「まあ今さら言っても仕方がない。それで今井薫だが、こいつは邪魔だな」
「かなり勝気な女です」
「わかった。おい、根本!」
権藤は根本という男を呼んだ。
根本は二階から急いで下りてきた。
「なんですか」
「今日からお前は、今井薫に張り付け」
「今井薫?誰ですか」
「二之宮の友達だ」
「今回の件と関係あるんですか」
「今井は邪魔な存在だ」
「そうですか。わかりました」
「それから永埜」
「はい」
「きっと二之宮は、お前が社長なのかを訊いてくるはずだ」
「はい」
「そうだと言え。但し、次期社長だぞ」
作戦では少し時間を置いて連絡する手はずになっていたが、二日後、沙月から連絡があった。
ここで断ると反って怪しまれると思った権藤は、永埜と沙月を会わせることにした。
先に待ち合わせ場所で待っていた永埜の前に、沙月が小走りで駆け寄ってきた。
そして案の定、沙月が「社長なのか」と、永埜に訊いてきた。
永埜は、仕方がないな、といった風にじらす演技をして見せた。
すると沙月は「全部本当のことを話して」と迫った。
永埜はこのタイミングだと思い、やがてA総合商社の次期社長であることを告げた。
永埜の思惑では、てっきり食いついて来るものだと高を括っていたが、沙月の反応は逆だった。
焦った永埜は、次から次へと沙月を引き止める言葉を発したが、沙月の態度は変わらなかった。
アジトへ帰った永埜から報告を受けた権藤は、「しまったな・・」とこぼした。
「二之宮は、その辺の女とは違いますよ」
永埜がそう言った。
「女なんてのは、お前のような容姿だけでもフラつくものだ。それに加えてA社の次期社長だぞ。舞い上がりこそすれ、引くなんてな・・」
「どうしますか」
「絶対に逃がすわけにはいかない」
「多分、断って来ると思うんですが、そしたらどうします」
「また考える」
後日、永埜の予想通り、沙月は付き合いを断ってきた。
永埜はなんとか引き止めようと必死だったが、失敗に終わった。
―――彼らは頭を抱え、次の策を考えていた。
「権藤さん」
そこに依頼者である、松樹琉璃がアジトに入ってきた。
「ああっ、これは松樹さん」
権頭が立ち上がると、全員、同じように一斉に立ち上がった。
「薄汚いところですが、どうぞ」
権藤は、自分たちが座っていたソファに案内した。
「どう?事は上手く運んでるの」
松樹は腰を下ろしてそう言った。
「ええ、そりゃもう・・」
権藤は少し言いにくそうに言った。
「これまでの経緯を、正直に話して」
松樹は権藤の様子を見て、上手くいってないことを察した。
権藤の話を聞いた松樹は、次の提案をした。
「飯田には婚約者がいる設定よね」
「はい、仰せの通りで」
「その婚約者役、私がやるわ」
「えっ・・」
役者でもない素人には無理だというような表情に、権藤だけでなく全員がそうなった。
そう、この得体のしれない集団は、全員が役者なのだ。
「松樹さん、セリフは全部アドリブですよ」
「かわまないわ」
「バレたらそこで終わりですよ」
「言っとくけど、私は演技をするつもりはないの」
「え・・」
「あいつの・・二之宮の引きつった顔を私自身が見たいのよ」
松樹の鬼のような形相に、権藤たちは戦慄めいたものを覚えた。
「あいつは・・私の大切な人を・・」
松樹はそう言いながら、手にしていたハンカチをグシャッと握りつぶした。
「それでいいわね」
松樹は権藤に確認した。
「はい、わかりました」
「手筈が整ったら、連絡をちょうだい」
そして松樹はアジトを後にした。




