二十二 依頼
―――ここは都内の下町に建っている、とある工場の中。
「おーい、みんな聞いてくれ」
権藤義実がみんなを呼び寄せた。
「今回の依頼はすごいぞ」
権藤は含み笑いをし、他の者はどんな仕事かと息をのんだ。
「依頼者は松樹琉璃。とある地主の大金持ちだ。それで内容なんだが、ターゲットは二之宮沙月、年は二十八歳。二之宮を騙して惚れさせ、その後、捨てる。これだけだ」
「それなら永埜以外にいませんね」
池田吉史がそう言った。
「それで、報酬は一億だ」
権藤がそう言うと、他の者たちは悲鳴にも似た叫び声をあげた。
「い・・一億っすか!」
泊秀夫がそう言った。
「これは破格だ。だから絶対に失敗は許されない」
「でも依頼主さん、なんで一億も」
また泊が訊いた。
「なんでも二之宮には、相当な怨みを持っているらしい。昔、色々あったみたいだな」
そして権藤は続けた。
「キャストはもう決めてある。池田のいう通り二之宮を落とすのは永埜、お前だ」
「はい」
「永埜には飯田陸斗を装ってもらう」
「飯田陸斗って・・あの一流企業の?」
浅井百合子がそう訊いた。
「そうだ。副社長だ。だがそこは最初から、というわけではない。まずは二之宮に近づいてもらう。あくまでもサラリーマンとしてな。そこでだ、二之宮は、ある婚活パーディー参加する予定だ。そこへ永埜を送り込む。でだ、いいか永埜」
「はい」
「なにがなんでも二之宮を落とせ」
「はい」
「どんな手段を使ってもかまわない」
「はい」
「とにかく一日でも早く、二之宮の心を掴め。お前の使命はそれだけだ」
「わかりました」
こうして役の設定が次々と決められていき、綿密な打ち合わせも終えた。
そして婚活パーティーの日が訪れた。
永埜はサラリーマンが装うような、さっぱりとした服に身を包み、会場に入った。
沙月が座る席には、仲間の遠藤と大橋、女性二人を座らせていた。
永埜の席は、入り口に近い場所だった。
中央に座る沙月を、永埜はじっと見つめていた。
ほどなくして主催者の挨拶も終わり、いよいよパーティーが始まった。
遠藤と大橋は立ち上がり、沙月が一人になったところへ永埜が近寄った。
「こんにちは」
永埜は沙月に声をかけた。
「あ・・どうも、こんにちは」
「この席、いいですか」
「え・・あ、はい、どうぞ」
そして永埜は飯田陸斗を演じきることに務めた。
まずは終始、優しく微笑み、いかにも女性が喜びそうな甘言を次から次へと発した。
ジーッジーッ・・
そこで永埜の携帯が鳴った。
画面を見ると権藤だった。
「あ、ごめん、ちょっと外すね」
永埜はそう言って会場を出た。
「もしもし」
「永埜、押すばかりじゃダメだ。反って怪しまれる」
永埜は上着の内ポケットに、ワイヤレスマイクを仕込んでいた。
「わかりました」
そして永埜は沙月のもとへ戻った。
「ごめんね」
永埜は再び席に着いた。
「急用ですか・・?」
「ううん」
「そうですか・・」
「あの、悪いんだけど」
「え・・」
「僕、やっぱり他の女性にも声かけたいんだけど、いいかな」
永埜は沙月の心を不安にさせる策に出た。
その結果、永埜の思惑通り、沙月は永埜のことが気になり始めていた。
「永埜さん、二之宮の様子はどう?」
大橋が訊いた。
永埜と大橋と遠藤は、他の客の中に紛れ、さも交流を楽しんでいる風に装った。
「まだわからないけど、手ごたえはあるよ」
「焦らないでね。なんせ一億だから」
遠藤がそう言った。
「あんまりプレッシャーかけるなよ」
永埜はそう言ったが、その実、表情は自信に満ち溢れていた。
「こっち見てるわよ」
大橋は、わざと永埜に顔を近づけて言った。
「呆然としてるわね」
遠藤も永埜に近づいて言った。
時折むくれる沙月を見て、永埜はしめしめと思うのだった。
こうして沙月は、まんまと永埜の術中に嵌ってしまい、早くも二人はカップルとなったのだ。
この日、アジトでは次の策を練っていた。
「永埜、明日、二之宮を誘え」
「え・・もう、ですか」
「ここは畳みかけるんだよ」
「ちょっと時間を置いて、なんなら向こうから連絡させるとか」
「ダメだ。駆け引きなど必要ない。とにかく押して押して押しまくるんだ」
「わかりました」
「それで明日は、居酒屋へ連れて行け」
「借りた店ですね」
「ああ、そうだ。それで高橋、店長役頼んだぞ」
「はい、わかりました」
「それと篠原、お前は店員な」
「はい」
「うまくやってくれよ」
そして高橋と篠原は、綿密な打ち合わせをしていた。
次の日、永埜は沙月を連れ、居酒屋へ向かった。
「ここね、僕の行きつけの店なんだよ」
永埜はそう言って戸を開けた。
すると太一役の篠原が、わざとらしく元気な声で「いらっしゃい!」と言った。
店長役の高橋も、いかにもそれらしい演技で店長に徹した。
そして高橋は「飯田さんね、女性をお連れになるのは初めてなんですよ」と、しらじらしいセリフを吐いた。
そうなのだ。
永埜が直接言うより、第三者、しかも行きつけの店である店長がいうことに意味があったのだ。
その後、永埜が「さっきね、おやじさんが言ってたこと、本当なんだよ」と言ったことで、更に輪をかけた形になり、沙月は信じてしまうのであった。
永埜と沙月が店を出た後、坂槙役の泊秀夫が二人の様子を覗っていた。
「泊、失敗するなよ」
同行していた池田がそう言った。
「へまなんかするかよ。だって一億だぜ」
泊はタイミングを見計らい、二人の前に姿を現した。
「あ、飯田社長!」
泊は永埜の同僚という設定だ。
泊が「社長」と呼んだことで、沙月の心を惑わす手に出た。
女性なら誰もが憧れるであろう社長夫人。
そのことを臭わせて、沙月の心を掴む作戦だった。
そして永埜が「あだ名だよ」とはぐらかすことで、更なる謎を与えたのだ。
このことによって、沙月の気持ちが一気に傾くと永埜も泊も読んでいたのだ。
けれどもこの作戦は、のちに逆効果となるのであった。




