二 やきもち
「これ、美味しいね」
私と飯田は席に戻り、適当に見繕った料理を食べていた。
飯田はローストビーフを食べながらそう言った。
「そうですね」
私はシーザーサラダを口に入れた。
「このワインも美味しいよ」
飯田は私にワインを飲むように勧めた。
「はい・・」
私はワイングラスを持ち、少しだけ口に含んだ。
「飯田さんって」
「二之宮さんって」
私たちは同時に互いの苗字を呼んだ。
「あはは」
飯田は明るく笑った。
私は何だか少し恥ずかしくなった。
「なに?」
飯田が訊ねた。
「いえ・・飯田さん、どうぞ」
「二之宮さんの話を聞きたいな」
飯田の笑顔はとても優しくて、何もかも包み込むような雰囲気を醸し出していた。
「えっと・・飯田さんのお仕事は・・」
「何の仕事をしているように見える?」
「え・・それは・・」
私は想像もつかなかった。
見ようによれば詐欺師にも思えるし、青年実業家と言われれば納得できるし、弁護士、医者、大学教授・・どれにも当てはまりそうなんだよね・・
「わかりません」
「当ててほしかったけど、わからないか」
「はい・・」
「僕は一介のサラリーマンだよ」
「そうなんですか・・」
私は意外だった。
サラリーマンだけは無いと思った。
だってこんなかっこいいサラリーマンなんて、未だかつて見たことがない。
「二之宮さんは?」
「え・・」
「お仕事、なにやってるの?」
「私も一介のOLです」
「意外だなあ」
「そ・・そうですか・・」
「とても素敵だから、モデルでもやってるのかと」
「モ・・モデル・・?」
私は、それこそ意外な、あり得ない言葉に仰天した。
「でもモデルなんてやってたら、僕の手の届かない人になってただろうから、OLでよかった」
飯田はまた優しく微笑んだ。
「そ・・そんな・・」
この人・・眼科へ行った方がいいんじゃないの・・
私の見た目はごくごく普通。
特に美人でもブスでもなく、ほんとにどこにでもいるような平凡すぎる容姿なのに・・
「二之宮さん」
「え・・?」
「もう僕に決めてくれるよね」
「えっ・・」
ジーッジーッ
そこで飯田の携帯が鳴った。
「あ、ごめん、ちょっと外すね」
飯田は立ち上がって会場を出て行った。
私は半ば呆然としたまま、無意識に料理を口に入れていた。
飯田さんって・・ほんとにサラリーマンなの?
あの積極ぶりは相当手慣れてる感じがするんだけど。
そうそう、ホストみたいな?
それにしても他の人たちは、次から次へと相手を変えているのに、私には飯田さん以外は誰も声をかけて来ない。
私に魅力がないからだろうな。
私は一人でいるのがなんとなく気まずくなり、誰かに声をかけようと立ち上がった。
けれども私と目が合った男性は、みんな同じく目を逸らす始末だった。
私は全く自信を無くし、また席に戻った。
結局、飯田さんだけか・・
ちょっと怪しい気もするけど、少なくとも私に声をかけてくれたんだし、褒めまくってくれてるし・・
「僕に決めてね」とか言っちゃってるし・・
別に・・いきなり付き合うとかじゃないし・・
私の頭の中では、徐々にそう思い始めていた。
「ごめんね」
そこに飯田が戻ってきた。
「急用ですか・・?」
「ううん」
「そうですか・・」
「あの、悪いんだけど」
「え・・」
「僕、やっぱり他の女性にも声かけたいんだけど、いいかな」
私は自分の耳を疑った。
さっきまで「僕に決めて」とか「きみが一番だよ」と言った飯田の、同じ口から出たとは思えない言葉に唖然とした。
「悪いね」
「え・・ちょっ・・」
私が言いかけたと同時に、飯田は席を立って歩いて行った。
嘘でしょ・・
これ、どういうこと?
私ってからかわれてる・・?
飯田はしばらく他の女性数人と話をしていた。
しかもとても楽しそうに。
声をかけられたそれぞれの女性は、飯田のかっこよさに見惚れている人もいた。
私はからかわれているのだと確信した。
それならそれでいい。
別にここで相手を見つけられなくても、またチャンスはあるわ。
私は何だか腹が立ち、こうなったら食べるだけ食べて帰ろうと思った。
大きなお皿にできるだけ料理を乗せ、席に戻った。
なによっ、食べまくってやるんだから!
私は何度もおかわりし、とりあえず参加費分は食べたと妙に満足していた。
「あはは」
そこに飯田が笑いながら戻ってきた。
「すごいねー」
積み重ねられたお皿を見て、飯田が驚いた。
「いい人は見つかったんですか?」
私は強い口調で言った。
「うん、おかげさまで」
「へぇ~それはよかったですねっ」
「それにしてもよく食べたね」
「そりゃっ、食べないと元が取れませんもん」
「あはは、逞しいね」
「放っとていくださいよ」
私はそこで立ち上がった。
「え・・またおかわり?」
「悪いですかっ」
「ううん、ちっとも。僕も付き合うよ」
「いいですよ。私一人で食べますっ」
私は飯田をおいて歩き出した。
「二之宮さん」
飯田が後をついてきた。
「飯田さん!」
私は振り向いて怒鳴った。
「私に構わず、意中の人のところへ行ってください」
「うん、そのつもりだけど」
「だったら、なんで着いて来るんですか」
「だって、きみが意中の人だから」
「は・・?」
私は呆れて口をあんぐりと開けた。
「僕、最初に言ったよね。きみに決めてるからって」
「そっ・・なにを言ってるんですか」
「なにって、だから」
「飯田さんは他の女性に声をかけて、楽しそうだったじゃないですか」
「二之宮さん」
飯田は私の肩に手を置いた。
「それがきみの答えだね」
「は・・?」
「妬いてくれてるね」
「そっ・・そんなわけありませんよ!」
私は飯田の言ったことが図星だと感じた。
こんな短時間で既に飯田が気になっている。
そうだ・・私はやきもちを焼いていたんだ・・
「さっ、今度は何を食べる?」
飯田は背を低くし、私の顔を覗きこんだ。
「なっ・・なにって・・」
「僕が選んであげるよ」
そして飯田は、また優しく微笑むのだった。




