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リベンジ  作者: たらふく
19/35

十九 混乱




それから私は、飯田のために花嫁修業として料理、華道、茶道を習うことに決めた。

あの家に嫁ぐためには、最低限の嗜みを身につけておかないと、飯田の顔を潰してしまうと思ったからだ。

それとあの父親を説得するためにも、欠かせないことだと思った。


「沙月、話ってなに?」


私が「話があるの」とメールで告げたら、飯田から電話がかかってきた。


「あの、私ね、習い事へ行くことにしたの」

「習い事?」

「花嫁修業として、料理とお華とお茶」

「え・・」

「だって陸斗さんに恥をかかせたくないから」

「沙月・・」

「だからね、あまり会えなくなると思うんだけど、いいよね」

「・・・」

「もしもし・・?」

「ああ・・聞いてるよ」

「ダメかな」

「いや・・沙月は今のままの沙月でいいよ」

「それじゃダメなの。私、なにも身につけてないから」

「そっか・・」


てっきり喜んでくれるものだと思っていたが、私は飯田の意外な反応に戸惑った。


「陸斗さん・・反対なの・・」

「ううん。そうじゃなくて、沙月に負担をかけてるんじゃないかと思ってね」

「負担じゃない。これは私のためにもなることだし」

「そっか・・それならいいんだけど」

「もしかして・・陸斗さん、私のこと・・」


私はやはり、見合い相手のことを考えずにいられなかった。


「え・・なに?」

「私のこと・・嫌いに・・」

「なにを言ってるんだよ。あり得ないよ」

「・・・」

「沙月・・あまり無理しなくていいよ」

「でも・・」

「とても嬉しいけど、僕は今の沙月が好きだよ」


なんか変・・

普通は花嫁修業するって言ったら、喜ぶものなんじゃないの・・

そりゃ今のままでいいと言ってくれるのはありがたいし、嬉しいけど・・


「私、陸斗さんのために頑張るから」

「沙月・・」

「きっと相応しい奥さんになるから」

「うん、わかった。でも無理しないでね」

「うん・・」


私はまた、飯田の話しぶりに釈然としない気持ちがあった。

もしかしたら、私から離れていくのではないかと、不安も沸き上がってきた。



それからの私は、会社が引けるとすぐに教室へ向かった。

一日も早く習得するため、授業日数も増やしてもらっていた。

そのため飯田とは、メールだけのやり取りが続いた。



―――そんなある日のこと。


「あ・・沙月・・」


私が給湯室にいると、薫が入ってきた。


「薫・・」


二人の間には、気まずい空気が流れた。

薫とはもう、ずいぶん話もしてないし、昼食も別々だ。

廊下ですれ違っても、互いを見ることはなかった。


「足は・・もういいの・・?」

「うん」

「そっか・・」


薫は茶葉と湯飲みを戸棚から出していた。


「あんたさ・・」


薫は私を見ずにそう言った。


「なに・・?」

「ちゃんと寝てる?ご飯食べてる?」

「え・・」

「顔、やつれてるよ」

「えっ・・」


私は思わず自分の顔を触った。

そういえば最近・・ろくに鏡も見てない。

お化粧だって・・適当だし・・


「それと、その頭」

「え・・」

「ヘアーサロンくらい行きなよ」

「・・・」


そう・・

髪も切りに行ってなかった・・


「そんなので飯田さんと会ってんの?」

「ううん・・最近は全然・・」

「なんでよ」

「私・・習い事に行ってるの」

「なによ、それ」

「花嫁修業っていうか・・」

「・・・」

「あまり無理するなって言われてるんだけど・・」

「まるで、なにかに憑りつかれてるみたいだよ」

「えっ・・」

「もう一回だけ言っとく。引き返すなら今だよ」

「・・・」

「私の勘だけどさ、あんたきっと捨てられるよ」

「そっ・・そんな・・」


そして薫はお茶を淹れ終えて出て行った。

薫の勘なんて・・当たるわけない。

薫は飯田のことなんて、なにも知らないのだから。

一番近くにいる私が知ってるんだから。



そしてこの日の夜。

私は料理教室を出て帰宅しようと、街を歩いていた。

すると、飯田と飯田の腕に手を回した綺麗な女性が歩いているのを見てしまった。

私は直感した。

あの女性が飯田の見合い相手なのだと。


飯田は上辺だけだと何度も言っていたが、見た限り、とてもそうは思えなかった。

優しく微笑む飯田の表情。

嬉しそうに飯田を見上げる女性の顔。

私はショックで、呆然と立ち尽くしていた。

そして足は、自然と二人の後をつけていった。


私は自分の行動が、私自身のプライドを傷つけることはわかっていたが、どうしてもそうせずにはいられなかった。

飯田を疑いたくない。

けれども二人の雰囲気は、誰が見ても恋人同士だ。


そして私は二人に追いつこうと走っていた。

他人が見たら、やつれた女が髪を振り乱して走っているのだから、きっと恐ろしいに違いない。

やがて私は二人に追いつき「陸斗さん」と声をかけた。


振り返った飯田は、私の「なり」を見て、言葉を失っていた。

隣にいた女性も唖然としていた。


「沙月・・」

「どういうこと・・」


私の声は小さかったが、とても低く響いた。


「飯田さん・・私、ご遠慮しましょうか・・」


女性がそう言った。


「あ・・うん・・ごめん」


そして女性は私たちから離れた。


「どういうこと・・」


私はまたそう訊いた。


「だから・・何度も説明したよね」

「腕を組んで・・嬉しそうに・・」

「・・・」

「やっぱり・・私を騙したのね・・」

「だから・・違うって何度言えばわかってくれるんだよ」

「違う?なにが違うの!」


私は泣きながらそう言った。


「沙月・・落ち着いて」


飯田は私の肩に触れてきた。


「触らないで!」


私は飯田の腕を払い、拒否した。


「沙月・・」

「私・・なんのために花嫁修業なんか・・」

「沙月、落ち着いて」

「もうはっきり言ってくれない?」

「だから!なんども言ってるじゃないか!」

「はっきり振ってよ!」

「沙月は僕のことが嫌いになったの?」

「うう・・ううう・・」

「沙月、答えてよ」

「あの人と結婚するのね」


私は女性の方を見た。


「しないって!」

「じゃあ、どうして腕なんか組んで歩いてるのよ!」

「もういいよ。今の沙月には何を言っても無駄だね」

「・・・」

「沙月が僕と別れるならそうすればいいよ」

「そんなこと言ってない」


私は縋るような目で飯田を見た。


「僕のことを信じられないのなら、もう無理だよ」

「ち・・違う・・そうじゃなくて・・」

「なにが違うんだよ。僕の話を聞こうともしないで、沙月は勝手だよ」

「陸斗さん・・ちょっと待って・・」

「じゃ、僕は帰るね」


飯田が女性の方へ向かって歩き出した。


「ま・・待って!陸斗さん」


私は飯田の腕を掴んだ。


「私を・・捨てないって言ったよね・・」

「ああ」

「でも捨てるんだね・・」

「僕がそんなこと一言でも言った?」

「・・・」

「沙月、今は何を話しても無理。僕も帰るし沙月も帰った方がいい」

「そ・・そんな・・」


そして飯田は女性のもとへ行った。

女性は申し訳なさそうに私に一礼し、二人は去って行った。

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