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リベンジ  作者: たらふく
13/35

十三 事故

             



―――それから一週間が過ぎた。


「沙月~」


私が給湯室でお茶を淹れていると、薫が来た。


「あ、薫」

「お茶かね」


薫は上司の真似をした。


「あはは、そうよ」

「あのさ・・私、昨日、A総合商社へ行ってきたんだ」

「えっ!嘘でしょ」


私は茶こしを落としそうになった。


「ちょっと・・薫、どういうことよ」

「まあまあ・・落ち着いて」

「もしかして、飯田さんに会いに行ったの?」

「うん」

「うん・・て・・なんで会いに行ったのよ」

「いや、もうきっぱりとダメ押しておかないとさ」

「・・・」

「ほら、また坂槙が何か言って来るとも限らないじゃん。そんなのウザイでしょ」

「・・・」

「坂槙のことも話したんだよ」

「え・・」

「そしたらさ、飯田さん、申し訳ないって頭下げてたよ」

「そんな・・」

「出過ぎたことだってわかってるよ。私のことを何と思ってくれてもいいけど、これは沙月、あんたのためなのよ」

「う・・ん・・」

「ほれほれ、早くしないとハゲ親父の頭から湯気が出るよ」


薫は私から茶こしを取り、お茶の用意をした。



それから三日後のことだった。

あろうことか、薫が交通事故に遭ったのだ。


私は会社が引けて、急いで病院へ向かった。


「薫!」


私は病室に入り、薫のベッドに駆け寄った。


「沙月~」


薫は意外にも元気な様子だった。


「一体、何があったの?骨を折ったって、大丈夫なの!?」

「あはは、大丈夫。で、折ったんじゃなくてひびが入っただけだから」

「そっか・・よかった・・」


私はホッとして椅子に座った。


「でも薫、事故なんて、どうしたの」

「いやさ、横断歩道で青信号を待ってたら、いきなり誰かがぶつかって来て、前に押し出されて転んだんだよ。そこに車が突っ込んできて急ブレーキ踏んでくれたから、轢かれずに済んだんだけど、その時、運悪く足をぐねっちゃってさ。んで、ひびってわけ」

「そっか・・」

「でもね、変なんだよ」

「なにが?」

「ぶつかって来た人って、誰だかわからないんだよ」

「え・・どういうこと?」

「普通さ、ぶつかった相手が転んで轢かれそうになってるのに、謝りもしないで去ると思う?」

「そうだったんだ・・」

「助けるっしょ、普通は」

「だよねぇ・・」

「まあ~世知辛い世の中だよ」

「でも、おおごとにならなくてよかったね」


私は心底安心した。

もし・・薫が死んでいたかと思うと、背筋が寒くなる。


「薫、なんか欲しい物とかない?」

「ああ~・・アイス食べたいかな」

「わかった。買って来るね」


私は病室を出て、売店へ向かった。

すると、なんと飯田が買い物をしていた。

私は入るのをためらい、そのまま引き返し、壁に身を隠した。


ほどなくして飯田はビニール袋を下げ、私の前を通り過ぎた。

そして私はアイスを購入し、病室に戻った。


「買って来たよ」


ビニール袋からアイスを取り出し、薫に渡した。


「ありがとう~食べたかったんだ~」


薫は蓋を開け、美味しそうにバニラアイスを食べていた。


「入院っていつまでなの?」

「まあ、ひびだけだから二三日じゃないかな」

「ご両親には連絡したの?」

「やめてよ~北海道だよ。知らせたらうるさいよ」

「えぇ~・・」

「その代わり、沙月が来てね」

「まったく・・もう」


二三日なら・・飯田と会うこともないだろう。

私は飯田が売店にいたことを、薫には黙っていようと思った。


「トイレはどうしてるの」

「松葉杖があるから平気だよ」

「食事は?」

「届けてくれるから大丈夫」

「そっか。じゃ安心だね」

「あはは、沙月、母親みたいだね」

「なに呑気なこと言ってるのよ。ほんと心配したんだからね」

「ああ~~美味しかった。ごちそうま」


薫は口元をティッシュで拭き、カップと一緒にごみ箱に捨てた。


「薫」

「なに?」

「そろそろ帰るけど、なんかやっておくことない?」

「いや、ないよ。沙月、ありがとうね」

「また明日来るね」

「そうしてくれると助かるよ~」


そして私は、同室の患者たちに挨拶をして病室を後にした。


それにしても飯田さん・・なんで病院に来てたのかな・・

この時間だから誰かのお見舞いよね。


そして、やはり・・と言うべきか、出入り口で飯田とばったり会った。

飯田は驚いた表情で私を見た。


「沙月・・どうしたの」

「あ・・薫が入院したんです」

「え・・薫さん、どうかしたの」

「交通事故で・・」

「えぇっ!それで容態は?」

「大したことないんです。足にひびか入った程度で済みましたので、二三日で退院できるそうです」

「そうなんだ・・一瞬ヒヤッとしたよ」

「飯田さんは、なぜここに・・」

「祖父が入院しててね。もう長いんだ」

「そうなんですね・・」

「時々顔を見せないと、機嫌が悪くなるんだよ」


飯田は苦笑いをした。


「そうですか・・」

「あ・・坂槙が余計なことを言ったみたいで、ごめんね」

「ああ・・いえ・・」

「薫さんに叱られちゃったよ」


飯田は、また苦笑いをした。


「すみません・・まさか薫が押しかけるとは思ってもみなくて、驚きました」

「沙月のこと心配なんだね」

「はい・・」

「僕はお見合いしたから、もう安心してね」

「・・・」

「薫さんにもそう言っといてね」

「飯田さん・・」

「なに?」

「なんか・・私、なんと言えばいいのか・・」

「気にしないで」

「お見合い・・その・・いいんですか・・」

「え・・」

「いえ・・その・・お父様とケンカを・・」

「ああ~・・」


そこで飯田は、腕時計に目をやった。


「ね、沙月」

「はい」

「お茶でもどうかな。ここではなんだし。あ、迷惑ならいいよ」

「そんな・・迷惑だなんて」


こうして私たちはカフェへ行くことになった。

もう二度と会うことも、ましてや一緒にお茶などあり得ないと思っていたのに。

私の気持ちは、決して嫌じゃなかった。

むしろこうなることを望んでいたかのような、複雑な心境になっていた。


「正直に話すとね」


飯田は席について話し始めた。


「父とケンカしたのは事実なんだよ」

「・・・」

「僕の本心は見合いなどしたくなかった」

「・・・」

「それはなぜか知ってるよね」

「あ・・はい・・」

「こればっかりは、自分でコントロールが効かないんだよね」

「・・・」

「沙月・・今は僕のことどう思ってるの・・」

「そ・・それは・・」

「やっぱり僕と付き合うのは無理かな・・」


私は答えに窮した。

そして「無理」と言えない自分がいた。

飯田の私に対する熱い気持ちもそうだが、なにより、私はまだ飯田が好きだったのだ。

いずれは別れなきゃいけない。

それを嫌というほど自覚している。


「沙月・・」

「はい・・」

「一度だけお願いを聞いてくれないかな」

「え・・」

「最後にもう一度、僕とデートしてくれないかな」

「・・・」

「それで僕は本当に諦めるよ」

「・・・」

「それもダメ?」

「いえ・・そんな・・」

「じゃ、いいんだね」

「は・・い・・」


私はOKしてしまった。

飯田の最後の願いを聞き入れてしまった。

一度だけという「言い訳」が、私の心のブレーキを緩めた。

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