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リベンジ  作者: たらふく
10/35

十 揺れる心



「お兄さん~、もっと冷たいおしぼり持ってきて~」


席について、薫が店員にそう言った。


「飯田さん、大丈夫ですか・・」


私が訊いた。

飯田は少しだけ口を切っていて、左の頬が赤く腫れていた。


「社長・・ほんとにすみません」


飯田の隣で坂槙が小さくなっていた。


「ほらほら、飯田さん、はい、これを顔にあてて」


薫がおしぼりを飯田に渡した。

飯田はそれを受け取り「ありがとう」と言った。


「それにしても災難だったねー」


薫はあっけらかんとそう言った。


「僕はもう平気だから」

「それと、あんた。いつまでもくよくよしないの!」


薫は坂槙にそう言った。


「あはは、薫さんは押しが強いね」


飯田が笑った。


「なーに言ってんですか。もう済んだことじゃないの」

「ほら、坂槙。もういいからさ」


飯田は坂槙を慰めるように気遣った。


「社長・・僕、明日社長に叱られますよ」

「ややこしいんだよ、坂槙」

「ああ、それって本物の社長ってことだよね」


薫が訊いた。


「まあね」


飯田は自分の正体がばれていることを悟った。


「それにしてもさ~、A総合商社の御曹司だったとはねぇ~」

「薫さん・・ボリューム下げて」


飯田は人差し指を自分の口に当てた。


「あはは、ごめん」


私は三人の会話を黙って聞いていた。


「ほら、ビールきたよ。乾杯しようよ~」


薫がジョッキを手にして言った。


「よし。何の乾杯かわからないけど、いいね」


飯田がそう言うと、薫が「ほら~坂槙さんも、沙月もっ」と促した。

そして私たち四人は「かんぱーい」と言って、ビールを流し込んだ。


「ところでさ、飯田さんの今のポストってなんなの」


薫が訊ねた。


「平社員だよ」

「ぶっ・・」


薫はビールを噴き出した。


「いやいや、御曹司っしょ!平社員なわけないじゃん」

「いや、社長はね、会社のことを知るために一から始めると決めて、ずっと平なんだよ。それで僕と同期なんだ」

「へぇーすごいじゃん」

「それで僕は、社長に着いて行くと決めてるんだ」

「いや、あんたね、社長って呼び方、ややこしいっつーの」

「あはは、社長にも言われてるよ」

「だーかーらー、どっちの社長よ!」

「この人」


坂槙は飯田の顔を見た。


「沙月、とんでもないことに巻き込んでしまったね」


飯田は坂槙をスルーして、私にそう言った。


「あ、いえ・・」

「沙月にケガがなくてホッとしたよ」

「まだ痛いですか・・?」

「ううん。っつ・・」


飯田は少し痛そうにして、左の頬を擦った。


「そりゃ痛いって。ほれ」


薫は次のおしぼりを飯田に渡した。


「うわっ・・あつっ」


飯田が使っていたおしぼりを薫が手にしたとたん、とても熱くなっていたのか、そう言った。


「ちょ・・飯田さん、マジで明日、病院送りね」

「薫・・病院送りって、意味が違う・・」

「社長・・大丈夫っすか・・」

「もう僕のことはいいから。ほら食べよう」


そして私たちは、テーブルに並べられた料理をそれぞれ口にした。


飯田さん・・平社員から始めてるんだね・・

ほんとなら、副社長で威張っててもいいはずなのに。

とても真面目な人なんだわ。


私は改めて飯田の人間性に惹かれる思いがした。


「あーそうそう。飯田さん、沙月とは別れたんだよね」


薫が無神経に訊いた。


「僕、フラれたんだよ」

「え・・社長、そうなんすか!」

「まあ、こればっかりは仕方がないよ。くよくよしなさんな」

「薫さんは、ほんとにはっきり言うね」

「傷は浅い方がいいの。ダメなものはきっぱり諦める。それが一番いいのよ」

「僕はまだ諦めきれてないよ」


飯田がそう言うと、私は思わず飯田の顔を見た。


「ちょ・・飯田さん。諦めなさいって。沙月を困らせないでよ」

「うん、そうだね」


飯田はそう言って私を見た。


「今のは聞かなかったことにしてね」

「・・・」


私は思わず下を向いてしまった。


ちょっと・・なんなの・・

心臓が・・

なんでドキドキするのよ。

私はもう・・別れたのよ。

相手は大会社の御曹司なのよ。

私には無理なんだから・・


「でもね・・」


飯田がポツリと呟いた。


「これだけは言わせてくれるかな」


私たち三人は飯田の話を黙って聞いた。


「僕、こんなに人を好きになったの初めてなんだよ。そりゃこれまでも何度か恋愛したこともあったけど、なんか盛り上がらなくてね。まあ言いにくいけど、やっぱり相手の女性は僕じゃなくて会社を見てたんだ。だから僕は、この先もちゃんとした恋愛なんてできないと思ってたんだよ。そんな中、あのパーティーに参加することになってね。だから最初は沙月に嘘をついたんだ。沙月は僕が社長の息子だとわかって、もっと押してくると思ってけだと引いちゃったんだよね。それで僕には沙月しかいないって確信したんだけど、結局ダメだった」

「飯田さん・・」


薫が気まずそうに呟いた。

私は何と答えていいのか、まったくわからないでいた。


「僕が言いたかったのはこれだけ。沙月、余計な話してごめんね」

「あ・・いえ・・私は・・」

「沙月さん、今からでもダメですか」


坂槙がそう訊いた。


「え・・」

「社長の人柄は、僕が保証しますよ。八年もずっと見てきた僕が一番よく知ってます」

「そんな・・」

「坂槙、もういいって」

「社長・・」

「僕は沙月を困らせたくない。だから気持ちを切り替えて前を向くよ」

「社長・・ほんとにそれでいいんすか」

「いいんだ」


そこで飯田は立ち上がってトイレへ行った。

その後を坂槙が追いかけた。


「沙月・・」


薫が私を呼んだ。


「なに・・」

「ちょっと・・なんか、飯田さん気の毒になったね」

「うん・・」

「沙月はまだ好きなの?」

「えっ」

「あ・・好きなんだ」

「・・・」

「すぐ顔に出るんだからさ。それでどうすんのよ」

「どうするって・・」

「社長夫人って並大抵じゃないよ」

「・・・」

「それに舅、姑との関係も、普通じゃないと思うよ」

「・・・」

「私はこのまま別れるべきだと思うよ」

「そう・・だよね・・」


それにしても、飯田さんがあんなに私を思ってくれてたなんて・・

それを私は何も考えずに、大会社の跡取りだからってことで、あっさり断っちゃって・・

飯田さん・・恋愛に苦労して来たんだな・・

家のせいで・・家に振り回されて・・って感じなんだろうな。

ああ・・どうすればいいんだろう。

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