一 婚活パーティー
―――「もしもし!もしもし!」
沙月の携帯電話から、加賀谷洋子の叫び声が部屋に響いた。
「嘘だろ・・嘘だよね・・」
薫は無意識に呟いていた。
そして・・
「沙月ーーーーーーーー!!」
と、絶叫した。
「うわああああーーーーーー!!」
薫は床に突っ伏し、狂ったように頭を掻きむしった。
―――数か月前。ここは都内にある、某高級ホテルのロビー。
わあ~・・とうとう来ちゃった。
私、二之宮沙月は、ただいま婚活パーティー会場に到着したところなんで~す。
だってさぁ・・もう二十八よ。
彼氏いない歴だって、もう・・五年にもなる。
会社には、これといったイケメンがいるわけじゃないし、このままボーッとしてたら完全に行き遅れちゃうのよね。
まあ・・婚活パーティーなんて初めてだけど、何事も経験だし、いい人が見つかるかも知れないし。
そうなれば、まさにラッキー!
私は受付カウンターへ向かった。
「あの・・婚活パーティーの参加者なんですけど・・」
「はい」
受付けの男性は、笑顔で私を迎えた。
「会場は松の間でございます。ここを真っすぐ行ったところの正面が入り口となっております」
男性はその場所を右の手のひらで丁寧に示してくれた。
「ありがとうございます」
「良い出遭いがあればいいですね」
男性は優しく微笑んだ。
「はい!」
私は男性にそう言われたことで、本当にラッキーな出遭いがあるのではと、勝手に期待感を膨らませた。
松の間に入ると丸テーブルと椅子がたくさん配置されており、正面には舞台も設置されていた。
天井を見ると、いくつもの大きなシャンデリアがキラキラと輝いていた。
場内の左側にはバイキング形式の料理が所狭しと並べられてあり、飲み物類も充実していた。
おお~~・・やっぱり奮発した甲斐があったわ。
ちなみに参加費は、男性が二万円、女性が一万円だった。
普通、この手のパーティー参加費は、比較的安価が多く、女性が一万円も出すというのは、かなりの高額だと私は思った。
そして二万円も出す男性は、おそらく金持ち・・いや、少なくとも貧乏ではないと、そこも私がこのパーティーに参加した動機だった。
「お客さま」
私が会場をボ~ッと見回していると、制服に身を包んだ女性が声をかけてきた。
「はい」
「お名前を頂戴できますか」
「あ、二之宮沙月です」
「二之宮さま・・えーっと」
女性はタブレット端末機を見た。
「中央のお席でございますね」
女性は若干、腰をかがめながら、「こちらへどうぞ」と言って私の前を歩きだした。
各々のテーブルには、既に着席している人も大勢いた。
「結構、多いんですね」
私は女性に声をかけた。
「はい、弊社のパーティーは、おかげさまで高評価を頂いております」
女性は振り向いて優しく微笑んだ。
そっか・・
これはますます期待できるかも。
やがて私は着席し、テーブルには私以外にも二人の女性が座っていた。
二人ともニコッと微笑み、軽く会釈をした。
私もそれに応え会釈を返した。
「私、初めて参加するんです。どうぞよろしくお願いします」
私は彼女たちにそう言った。
「あ、どうも。私も初めてなんです」
右側に座る女性が答えた。
「私もですよ」
左側に座る女性もそう言った。
「二之宮沙月といいます」
「遠藤美紀です」
「大橋水穂です」
右側が遠藤、左側が大橋だった。
私たちはぎこちなく挨拶を交わした。
パパパーン!
そこで大きなファンファーレが鳴り響いたかと思うと、会場の照明が落ち、舞台にスポットライトがあてられた。
「始まるみたいですね」
遠藤が言った。
「本日は弊社のパーティーにご参加くださり、ありがとうございます――」
舞台上では主催者の挨拶が始まった。
「―――みなさまの良縁を心からお祈り申し上げ、短い時間ではございますが、どうぞ存分にお楽しみください」
長い挨拶が終わったとたん、会場の照明が点いた。
それと同時にクラシック音楽が流れ、とても和やかな雰囲気になった。
「じゃ、私たちはあっちへ行きますね」
遠藤がそう言い、大橋と二人で席を立った。
「え・・」
私は一人取り残され、周りを見渡した。
各々のテーブルでは男女が行き交い、食べ物や飲み物を取りに行っていた。
う・・ちょっと出遅れちゃったかな。
私もなんか取って来よう。
「こんにちは」
私が席を立とうとしたら、一人の男性が声をかけてきた。
「あ・・どうも、こんにちは」
「この席、いいですか」
「え・・あ、はい、どうぞ」
私は立つのを止めそのまま座った。
「はじめまして、飯田陸斗と申します」
飯田という男性は、正直、私の好みだった。
同時に、とても婚活パーティーなんかに参加するようには見えないほど、スマートでかっこいい男性だった。
「二之宮沙月と申します」
私は軽く会釈をした。
「二之宮さんですか」
「はい」
「いや、実は僕ね、会場に入った時からきみに声をかけようって決めてたんですよ」
「え・・」
「で、誰かにとられないうちに、と思ってね」
飯田はニコリと微笑んだ。
「そ・・そうなんですか・・」
私は恥ずかしくて思わず俯いてしまった。
「初めてなの?」
「え・・?」
「参加するの」
「はい、初めてなんです」
「僕も初めてだよ」
「そ・・そうですか・・」
「あ、なにか取って来るよ。なにがいい?」
飯田の「それ」は、初めて参加したわりには、とても女性慣れした振る舞いに見えた。
「いえ、私が行きます」
「そう?じゃ一緒に」
飯田はまたニコリと微笑み、私が立つのに合わせて椅子を引いた。
なんか・・すごく手慣れてるんだけど・・
この人、大丈夫なんだろうか・・
「それにしても参加人数が多いよね」
飯田は歩きながら言った。
「そうですね・・」
「でもさ、こんなに多いのに、僕はきみが一番だと思うよ」
「え・・」
私は思わず飯田を見上げた。
「だから、きみも僕に決めてね」
飯田は私を見下ろし、また微笑んでいた。