みずあそび 後編
遅くなりました~(;´д`)
昨年末には出したかったのですが、間に合いませんでした(^_^;)
まあ、一応いつものように、このお話はフィクションですよ(笑)
プールのこと。なつのよのゆめですね。
――◆――
プール決行日の夜、僕は彼の親友という人物に初めて会いました。
彼の親友、仮にA君としましょう。
もう名前は出てきません。会ったのはあの時一度限りでした。
人見知りをする質な僕では、彼、A君と仲良くなるまでにはいかなかったのではないかと感じています。
でも、好い人でしたよ。顔は記憶のなかから、まだ出てきますね。
僕や親友よりやや小柄で坊主頭のA君は、でも僕などよりもがっしりとした筋肉質の身体をした、運動部所属といった人物でした。
はっきりとした目鼻立ちの意志の強そうな顔立ちをしておりましたが、
初対面のあいさつのとき、ばか丁寧で杓子定規的な口調をわざとして茶目っ気を魅せる、そんな人好きのするような人でした。
僕にできた親友と仲良くなるのは、彼のような、面白さのあるタイプなのかと思ったのですね。
僕とは違うタイプの人物で、親友のような自然体でいる姿はなかなかに格好良く、
やはり親友と同じ時間を共有したのだなと思わせる印象をかもしだしていました。
――◆◇――
あの日の夜、
合流した彼の親友A君と一緒に三人で、2台の自転車を駆って、彼ら、親友たちが在学していた中学校へと向かいます。
僕は親友の自転車へと二人乗りで乗り出します。彼の自転車の荷台が僕の指定席でした。
いつものごとく、勢いよく自転車を押しながら、速度が上がったところで置いて行かれないうちに荷台へと飛び乗り、二人を乗せた自転車はふらつくことなく走り出します。
親友はそうやって二人乗りで、勢いをつけて押し出すことを、カタパルトとかブースターとか言ってましたっけ。少し懐かしい響きです。
深夜の道を二台の自転車が駆けてゆきます。
街灯に照らし出されながら伸び、縮む影が僕たちの後を追いかけ、
騎兵隊の行軍のように続き、そして離れて行きます。
人影の無い、夜の住宅地。夜の世界。
そんな追いかける影を供に、僕たちは学校を目指しました。
誰一人にも遭わず、
そんな夜の景色を繰り返しているうちに、学校へと着きました。
夜の学校というのは、見慣れないからなのか、やはり暗く、気味の悪い感じがします。
気のせいかもしれないのですが、遠い位置にある校舎の三階の窓辺りから明かりが見えた気がします。
チラチラと見え隠れする灯りは、人魂のような、ゆらゆらとした動きではなく、素早く移動して一時留まったり、見えなくなったりするので、
馴染みのある光、懐中電灯かなにかが照らすものだとわかりました。
「ちょっと早く着きすぎたよ」
親友はそんなふうに言って、夜10時頃の宿直の見回りが終えると、あとは誰も来ないし、騒がなければ教師にはわからないと言っていました。
やはり、彼ら親友たちは、事前にそのあたりの情報を調べているのです。
僕は彼らのそんな様子には気づかず、人に見つからないようにする怖さと、遊びのような期待感と、
どきどき、わくわくという、今思うと冒険のような気持ちに支配されていたような気もします。
見つかり、捕まるという危うさは、親友たち二人ともが、安全な遊びであるかのような様子でいるために、僕の頭には浮かんで来なかったのです。
あの時は、危ないことをしていましたね。
しばらく身を潜めているうちに、おそらく懐中電灯を持ち、見回りをしていたであろう教師は、寝泊まりする宿直室へと戻っていったようでした。
宿直室はプールからは見えない、校舎の反対側なのだそうです。
本当に良くわかっているのだなと思ったのですね。
実行する前に調べることを怠らない。
浮わついた気持ちから少し落ち着いてきた僕は、
彼が今までタバコなどを見とがめられずに中学から進学してきたのは当たり前だと感じたのはこの時でした。
思い出すと今更ながらに、親友が教師などの眼から注意深く逃れる術を身につけていたのだなということに思い至ります。
彼自身はたまたま上手く、教師に目をつけられず、捕まることもなく過ごしたのだと、不良仲間からのつげ口めいた言葉にも、教師が取り合わなかったのだと、だから内申を落とさずに済んだのだと言っていましたけれど、
僕が考えていたのは、親友は注意深く観察して、そして行動したことの結果が出ただけだったと、そんなふうに思っていることに気づきます。
彼は自分が受けてきた出来事の中から、注意深さと強かな行動力を選び取ってきたのでしょう。今の僕が持っていない、親友たちの持つ現実を歩む力。先へと進んでゆくための力ですね。
あの時は彼ら二人から漏れだすかのような強さ、頼もしさを感じたように思えました。
――◆◇◇――
学校のプールは、他の場所でも見かけるように、グラウンドの片隅に、それも人通りの少ない路地側にあり、プール周り、外に面した側は金網で囲われており、
上部は手前へと反り返り、最上部には有刺鉄線が張ってあったりもして、簡単に入れなさそうでした。
親友らの言うことには、
更衣室だと思われた小さな建物裏には金網が無く、建物脇で途切れた金網から建物の屋根に乗り移れば、簡単に侵入できるのだそうです。
そうやって、毎年、中学の頃から夜のプールで遊んでいる、常習犯なのだと言っていました(笑)
金網をよじ登って、先に更衣室の屋根へと上がった親友の手を取って、僕はなんとかそこまで上がることができたのですね。
彼らに手を貸してもらいながら登った更衣室の屋根から見下ろしたプールの水は暗く、底の見えない沼の水のようにも見えていました。
わずかに揺らめいて、水をたたえている様が、より一層不気味さを感じる気持ちを増している演出にも感じられます。
僕はふと、自分自身が何者かに足をつかまれて、水底へと引き込まれるという想像にとりつかれました。
気の迷いをふり払って、屋上からプール下へと降りる備え付けの梯子をつかみ、僕たちは下におりました。
そして親友たちは、持ってきた遊び道工、ビーチボールや浮き輪などに空気を入れたり、キャッチボール用のボールやフリスビーなどを準備したりしはじめます。
水着は来る前から履いていたので、脱いだ服やタオルなどをてきぱきと並べてゆく彼らに習い、僕もよくわからないながらも手を出して手伝おうとしました。
わずかな光のなか、水音と虫の音が遠く聞こえ、僕たちの夜の水遊びが始まります。
――◆◆◆――
水は以外に温かく感じられました。昼のあいだに真夏の太陽から、たっぷりと熱を受けていたからでしょうね。
僕は少し泳いだり、身体を動かしたあとは、特に何もせずに水にたわむれるようにしていました。
引き込まれそうな黒い水。
欠けた月と星明かりに照らされた水、暗い水面は、
一種、日常からかけ離された場所のような気持ちになる雰囲気を秘めていました。
カルキくさい水の香りや、
月や星の光で照らされて浮かび上がる校舎や、プールの角張った外観といったものが、ここがどこかということを、僕に教えてくれていました。
親友たちはプールでキャッチボールをしています。
彼の親友が持ってきた、お椀のようなくぼみのついたプラスチックのラケットでボールを放ったり受けたりする遊び、スカイキャッチボールと言うそうですが、
それを使ってキャッチボールをしています。
その前は、僕も一緒に三人してフリスビーをしたり、ビーチバレーをしたりしていたのですが、運動が苦手で、特にものを捕ったり投げたりが苦手な僕は、早々に疲れて厭きてしまい、
大半の時間を浮き輪を借りて浮かんだり、泳ぐともなく水面を漂うような歩くことをして過ごしていました。
片手で扱うラクロスのようなあのラケットには興味がありましたが、自分にはどうも手に余るように感じられて、手を出しあぐねていたのですね。
ラケット自体も2つだけだったので、自然と僕は外れて見ている側へとまわりました。
自然な感じでかご型のラケットを使いプラスチックボールを投げて受け止める。
上手いものです。プラスチックの器具でキャッチボールをする、親友と彼の中学の友。
僕は子供の頃から、ああいうキャッチボールの輪には交ざらずに眺める側でした。
楽しげにボールを投げ合う同い年の幼なじみや同級生たちの中に入っても、上手くできない、迷惑がかかるという気持ちばかりが先走って、参加しないで避けてばかりだったのでした。
楽しくないからしない。授業の球技では慣れていなくて足を引っ張るから、より苦手な意識が強くなり避ける。子供の頃からそんなことの繰り返しだったのです。
はじめに楽しいと感じられたら、変われたんだろうか。
楽しげにボールで遊ぶ彼らを見るともなく見つめながら、
僕は少し前のことを思い出していました。
真実を告げられたあの夜、泣く親の気持ちを思い、僕は大丈夫だと強がりはしたけれど、
忍び寄るような孤独感と、混乱した気持ちと、
淡い気持ちまでもあきらめなければいけないという理不尽さへの怒りと、
ぶつけるところのない憎しみの記憶はまだ激しく血を流していました。
親友は、父親にあたる人から、父方の名字を名乗らないかと持ちかけられた時のことを話してくれていました。
父親にあたる人の名字を名乗ることは少し悩んだけど、
あの名字と同じ同級生にお馬鹿なヤツが居て、そいつと同じ名字を名乗るのはイヤだから断った。
彼は苦笑いを浮かべながら、そんなふうに話してくれました。
僕もあんなふうに笑って言えるときがくるのかなと、あの時はそう思っていたのです。
…まだ判らない
僕はそれぞれを憎んだり、憤りを感じることはなかったけれど、
あきらめなければならない感情のことは、血を流しながらどうしても許容できずにいて、
世界が滅ぶことを願ったり、滅ぼす力を欲した時もありました。
もちろんそんなものが訪れることはなかったのですけれど。
月や星に照らされた暗い水に、漂うように浮かびながら、
このまま、暗い水に沈んでしまおうか…。そんな思いがよぎったりもしましたが、
親に泣かれるのは嫌なので、生きて歩くしかない。
僕は水に漂うように、迷う気持ちで生きるだけ。
混乱したままの気持ちでは、良い答えなど出はしないのでした。
ふと、黒い水面に何かが浮かんでいることに気づきました。
真っ黒で、しわの寄った何かが、暗い水面に浮かんでいるのです。
あの時は、風にでも飛ばされたビニール袋がプールに落ちて、暗い水面を漂っているのだな。
そんなふうに思って、何も考えずにプール脇に捨てるつもりで、何気なくビニール袋だと思ったものへと手をのばしました。
僕はビニール袋だと思っていました。
摘まもうとしたそれが、僕の手に掴みかかるまでは。
一瞬、何が起こったのかわからなくなりました。思考が止まるということは、ああいったことをいうのですね。
ビニールだと思ったものが僕の手を握りしめ、暗い水底へ引きずり込んでいこうとしている。
そんなふうに思えたのです
のけぞって、叫び声を上げ、引き込まれる手を振り払うように引くと、それはあっけなく引き抜けて、
勢いあまった僕は、プールの中でバランスを崩して後ろへと倒れました。
僕の手に掴まっていたなにかは、僕の手を離れてそのまま夜空へと放り投げられ、そして飛び去ります。コウモリでした…。
何故か水面に落ち、僕にしがみついたコウモリは、手を振り払った勢いで、空へと舞い上がることに成功して、無事助かったのでした。
茫然とした僕は力が抜け、
心配して声をかけてきた親友たちに生返事で応えたあと、しばらく暗いプールの水面に漂っていました。
そうやって星空を眺めていると、黒い水に漂う僕という存在が、独りで水に漂っていた、先ほどの飛び立てずにいたコウモリと変わらぬように思え、
コウモリの死を前にした孤独というものに、
なにか、共感するような不思議な気持ちが、心の底から泡のように浮かび上がってくる。
そんな感覚を得たのです。
本当に不思議な気持ちでした。
―― ◇◇◇ ――
次の日の昼頃、僕は親友と二人乗りの自転車で街へと出かけました。
明るい、そして暑い夏の日差しに炙られて、滲む汗と眩しい夏の光に目を細めながら町へと、目的地へと向かいます。
親友と二人で、学校帰りに寄ったゲーセンや本屋などをめざして。
あれから僕は暗い水に浮かびながら、少しの間プールを漂っていました。
あのあと自分たちは、早々と夜中のプールから退散しました。
僕がびっくりして叫び声を上げてしまった為ですね。
親友とA君には少しからかわれましたが、不思議と不快な思いはしなかったのです。
あの夜の出来事はまるで、
夏の夜の夢にも似たものである様にも感じられます。
あの夏、自分は一匹のコウモリを助けました。
コウモリは恩返しには来なかったけれど、
あの時びっくりして怖かった思い出は、
生き物を助けたことで、なんとなく驚いて親友たちに笑われた気恥ずかしい気持ちと怖さとともに、
少しすっきりとした想いと入り混じり合い、
懐かしい思い出となって僕の中にいます。
水の上のコウモリが、必死になって僕の手にしがみついてきた強い力は、まだ右手が覚えています。
あれは、あの力強さは、まだ生きたいという力に満ちあふれていたんです。
助けたという気持ちと一緒に、あの春に僕の知ってしまったことへのやり場のない、救われない気持ちも、ちょっとだけ救われたのかもしれません。
あの夏、新しくできた親友に手を差し出され、彼の手を掴んだ僕の、ちょっとした冒険と、少し怖かった思い出です。
『みずあそび』 -コウモリの恩返し-
読んでいただいてありがとうございました("⌒∇⌒")
これは現実にあった事を脚色しつつ、ふくらましたり削ったりした創作物です。
感情表現はまあ、お話にするための後付けの部分もあります。
コウモリのくだりは実際の出来事ですが、「うわっ」っと言ったくらいで、大きな叫びはあげませんでした(笑)
そのあともしばらく遊んでいましたしね。
でも、しっかとつかまれたコウモリの力は、いま思い出しても、あの小さな生き物の力としては破格だった気がします。本当に死に物狂いでつかんだのでしょう。
あのあと、よくよく見れば、夜空に餌の羽虫を求めたコウモリが何匹も飛んでいたことに気づいたことを思い出します。
ともかく、あの夏は面白かったですね。それは確かです。