みずあそび 中編
遅くなりましたm(_ _)m
風邪や体力低下の最中は、やはり創作ははかどりませんね(;´д`)
僕はこうして、親友の家で過ごしていました。
―― ◇◇◇ ――
あの夏休みの一週間。
僕は彼と遊んだこと、あの一週間にやったことは、ほぼ二つのことに終始していた気がします。
ひとつは親友の蔵書の漫画などの読破と、
あとは彼との取り留めのないおしゃべりをしながらの落書きでした。
彼の家にはマンガがたくさん溢れていて、僕の知っているマンガの、俗にいう児童向けのものや、少年、少女マンガ以外のものがたくさんありました。
青年向けや劇画、未成年が見るには少し過激すぎたものも多くあったりしたのですね。
見ていない漫画などがたくさんあって、一週間程度居たくらいではとても読みきれず、全然飽きませんでした。
昼間は開店前の店内に陣取って、テーブルの上に彼の本棚から出した本を積み上げて、ただひたすら読み、楽しむ。
親友もマンガを読んだり、絵を描いたり、それに音楽をかけたりしていました。
彼の好きな音楽は主に洋楽で、アニソンなども聴いていましたが、ドラムやベース、ギターなどの演奏やテクニックについて話すことが多かったのですね。
ギターやドラムスティックを持ち出して音楽に合わせた動きを披露してくれたり、僕が洋楽を初めて教わり聴いたのはやはり彼からでした。ギターピックや爪割れ防止のマニキュアのことを聞いたのもでしたね。
彼はロックが趣味でしたので、耳慣れない音楽に辟易もしましたけれど。
暑い夏ということもありましたが、昼間は冷房をかけた閉まった店内からほとんど出ることはせず、僕たちは一日を過ごしていました。
夕食と朝食は、彼の母親が作ってくれましたが、昼食は自分たちで調達していました。朝、あまり暑くならないうちに近所でパンなど簡単なものを買ってくることもありましたが、だいたい親友が簡単なものを作ってくれていたのですね。
パスタを茹でた簡単なものや、肉と野菜の炒めもののような手軽だけれど、なかなか美味い食事で、彼がいつも作っているというパスタ、ボンゴレビアンコはとても美味かったです。
『ソルジャーボーイ』川原由美子。
『軽井沢シンドローム』や『我が名は狼』たがみよしひさ。
『裂けた旅券』、御厨さと美。
『それでも地球は回ってる』、秋里和国。
『有閑倶楽部』、一条ゆかり。
『バナナフィッシュ』が連載されるより前の、吉田秋生の作品である、
『カリフォルニア物語』、『吉祥天女』、『河よりも長くゆるやかに』。
『ぼくの地球を守って』の作者、日渡早紀の、それ以前のお話、
『悪魔君シリーズ』や初期作品集の『星はすばる』や『記憶鮮明』など。
僕はまだ読んだことのなかった、あることすら知らなかった彼の本たちを、それこそむさぼるように腰を据えて読み漁りました。
行ったことのなかった図書室や、初めての本屋に出会ったときのように、目をかがやかせて本を見ていたのではないかと思います。
そして『紅い牙シリーズ』、『グリーン・ブラッド』、『フェザータッチオペレーション』などの柴田昌弘。
中でも『ブルー・ソネット』赤い牙シリーズのあの物語は、
その後、気になって自分でも続きを探したり、別の友人のところで見かけると、しばらく友人宅に通いつめて読破をしたりしたものでした。
少年マンガの『ラブ・シンクロイド』という作品を知っていた僕は、
彼が少女マンガで人気のある作家であることを知らず、新しく見つけた世界へ驚き、喜び、ただひたすら楽しく読み耽っていたことを覚えています。
現実に背を向けるように、
僕自身の知らない、そういったタイトルのマンガを読みあさっていたのですね。
親友は僕の知らないタイトルだったり、知っていても読んだことのないタイトルの漫画をたくさん持っていたので、
あの夏、僕はほんとうに何も考えず、考えないようにして、知らない世界を追い求めていた。そんなふうにも思います。
僕の妹もマンガをよく読み、よく絵を描いたりしていました。
妹の読む漫画はSF、ファンタジー寄りで、
『スター・レッド』、『百億の昼と千億の夜』、『11人いる!』、『銀の三角』の萩尾望都、
『地球へ…』、『アンドロメダ・ストーリーズ』、『私を月まで連れてって!』の竹宮恵子、
『夢みる惑星』の佐藤史生、
『エイリアン通り』、『サイファ』の成田美名子、
『シルクロード・シリーズ』の神坂智子、
そしてなんといっても『超人ロック』の聖悠紀でした。
彼女からはそんな本を教わって、すすめられて、親友の本を読む前にみていたのでした。
親友も聖悠紀は好きで、『黄金の戦士』なども含めて、いくつかの作品を持っていましたが、
妹のコミックの選び方は何というか、SFや空想的な内容のものも多く、僕の好むものであったのですが、
それ以上に世界や人物の、少し深いところを見つめるような作品を好むところが僕の気持ちに響いていたりしたのです。
それに対し、親友の漫画は、SFなどもあるし、やはり人間関係の深いところを見る作品を選んでいるけれど、
現実を風刺するというか、コミカルに笑い飛ばすようなものも多くあり、僕の見たことのない魅力を持つ物語に出会うことができたのでした。
それは今まで見えていた世界が、ちょっと見方を変えると別の色でできていて、新しい世界を見せてくれるかのような新鮮な驚きを、僕に与えてくれたのでした。
たぶん僕は、親友との見方の同じところと、ぜんぜん違うところが面白かったのですね。
普段、僕の読まないジャンルを読むのは、そんなふうにとても楽しかったのでした。
彼の蔵書は僕がそれまで見ていたものと違う方向と書きましたが、正しくは範囲が広く、量が多かったのです。
僕が興味を持っていることの外まで、親友が興味を持ち、知ろうとしている範囲が広がっていたということですね。
あの時見た、3つほどの本棚に、ぎっしりと詰められているマンガは500冊はあったでしょうか。
妹もやはり、彼女自身の持ち物の2つ、3つの本棚にみっちりと少女マンガなどを詰めていましたが、
親友の本はそれを上回る量で、彼は収まりきらない分は、ミカン箱くらいのダンボール箱で保管してあり、総数は1000冊はくだらないだろうと言っていました。
親友の叔父が、将来マンガ喫茶を開く時に、彼の蔵書に目を付けていると、笑って教えてくれたことを覚えています。
僕は高校に入って、電車通学を行うようになってから読む小説を購入するようになったため、蔵書は増やしてゆく途中でありましたから、
それ以前は学校の図書室で読んだり、マンガなどはもうなくなってしまった街の本屋で何時間もぶっ続けの立ち読みで済ませたりを繰り返していました。
ホーガンの『星を継ぐもの』やE.C.タブの『デュマレスト・サーガ』、ジェフリー・ロードの『リチャード・ブレイドシリーズ』などのSF小説に出会ったのもその頃だったように思います。
長谷川裕一の『マップス』や、高屋良樹の『ガイバー』の連載マンガを読み初めたのもあの頃だったのではないでしょうか。
中学の頃からが小説などをひたすら読みあさるようになった頃で、
SF小説などを読み出したきっかけは、アニメーションで放映されていた番組や映画などであり、
その延長である原作小説やマンガ作品へと興味をもって、アニメ制作に影響を与えたSF小説、あの『機動戦士』のロボットアニメに影響を与えたハインラインの『宇宙の戦士』などを読み、作者の他の本や、アニメの原作小説を探したりしていました。
現実への不満と、あれこれとした日常の不安と、そういうものから背を向けて逃げるようにか、見知らぬ物語の世界に出会える期待か、
たぶん僕は、それらの混じりあった気持ちで本を読み続けながらいたのかと思います。
春の出来事の前の僕は、わがままに行動しながらも周りの注目が怖かったのです。
今思うと、承認欲求不足というか、
あなたが今とった行動はNOであるが、あなたという存在はYESであるというための受ける感情が足りておらず、
YESという行動を取らないと、存在価値がないという意識に囚われたまま大きくなっていく途中だった気がします。
周りからの正しい信頼と愛情を得られない成長というものは、砂上の楼閣のように、いつ倒れても仕方のない状態だったのでしょう。
いつか、ある女子が僕を可哀想と言っていたと聞いたことがありましたが、当時の僕にはその言葉の意味が解りませんでした。でも、今ならわかります。
当時のあの子には、僕の不安定な様子が見えていたのでしょうね。
僕はそういった境目の時期を本と共に過ごし、
本屋の棚に並ぶ背表紙などや、小説巻末に書かれた、本のタイトルから興味を引くものを探したりしながら本屋を転々としており、
SF小説やそういったマンガを読むのはやはり、現実とは違う世界へと惹かれる気持ちを持ちながら、そういう世界を見てみたい。そんなことが僕の心のどこかにあったのかもしれません。
ハミルトンの『キャプテンフューチャー』、スミスの『レンズマン』、『宇宙のスカイラーク』。
『クラッシャージョウ』や『運び屋サム』などを書いていた高千穂作品に出会ったのもたぶんあの頃だったのでしょう。
中学一年の頃の僕は、学校の図書室で本を借りるか本屋へ立ち寄りマンガを立ち読みして、気になった小説をたまに買ったりするのが日常で、
振り返って思うと、図書室では小説だけではなく、児童文学や科学知識などの自分では買わない類のものにも手を出していたように思います。
残念ながらもうほとんどは忘れてしまっていますが、
高千穂遥の『異世界の勇士』、福島正実の『異次元失踪』、畑正憲の『ムツゴロウの博物誌』とその続編、ジョン・クリストファーの『三本足シリーズ』、
そういったタイトルと印象に残っている内容などが記憶に残っています。
あの頃、気がつくと、学年で一番図書室の本を借りた人物として朝礼で紹介されてしまうという不名誉な注目を集めることを壇上で告げられたり。
そのために図書委員にされたり、三年には図書委員長にさせられて朝礼の壇上で何かの図書の報告書を読まされるという、他人への恐怖心を抱えた僕にとっては、最悪の経験をしたりしたものでした。
あの頃は本当に良く本を読んでいました。
けれども、なにかを書こうとは思いませんでした。
僕が書こうと思ったきっかけは、やはりTRPGというものに触れてからだと思います。
親友はマンガが主な蔵書、コレクションであったようですが、小説もいくらかは読んでいました。
彼とはマンガや小説の貸し借りはしませんでしたが、
栗本薫の『グインサーガ』や、平井一正の『ウルフガイ』などの話は、よく話題に上りましたね。僕は平井一正は『幻魔大戦』しか見ていなかったので、聞いているだけでしたけれど。
高千穂遥の『ダーティーペア』は彼から聞いた気がしますがはっきりしません。
彼はウルフガイやグインといった、孤高の戦士というスタイルのお話が好きだったようで、そういった実物について饒舌に語ってくれました。
彼の人となりをみていると、ああ、やはりかと思ったりもしたことを覚えています。
たがみよしひさの『軽井沢シンドローム』の世界の空気は、親友の周りの空気と似た印象でした。
僕にとって彼は面白いやつで、興味深く、時に眩しく映り、惹き付けてやまない。そんな特徴をあわせ持つ人物として映っていたのでしょう。
―― ◇◇◇◇ ――
落書きは、なぜ
親友とそういうことを始めたか、もうわかりません。
僕はあの頃も同じようにロボットものが好きで、有名なロボットもののキャラクターを模型にしたプラモデルを作ったり、そのアニメ題材としたゲームを遊んだりしていました。
模型会社の作ったウォーゲーム(シミュレーションゲーム)からゲームへと入り、ゲーム会社制作のロボットアニメを再現したいろんなゲームや、現実の兵器をゲームとして再現したウォーゲームを楽しんでいたのもその頃です。
もっとも、地方の町にある店で手に入るものは限られていたので、いくらかを体験した程度なのですけれど。
シミュレーションゲーム(ウォーゲーム)というよりは、TRPG(当時はロールプレイングゲーム)のはしりだった、スペースオペラ小説を舞台としたゲーム『クラッシャージョウ』のTRPG(当時はRPG)を初体験したのもその頃でした。
先に話しましたが、親友は多趣味でバイクや洋楽、マンガや小説。スポーツはしていませんでしたが、運動神経は僕などよりもはるかに良く、彼の部屋にはバスケットボールや握力を鍛えるハンドグリップにスリングピストル。それにエレキギターやピック、ドラムスティックなどもありました。
宇宙やSFなどに興味もあり、天体望遠鏡を買いたいと話していたりして、のちに僕が山田かまちの事を知ったとき、
親友自身に恋の話はありませんでしたが、多趣味でかまちと似た趣味を持っていた彼をすこし思い出すことがありました。
親友はやはり宇宙やSF、そういったジャンルのロボットやアニメなどにも興味があり、親しくなったのは、そんなたわいもない会話だったのだと思います。いつだったか、彼の買ったロボットのプラモデルを作る手伝いをしたこともありました。
親友は僕がよく見ていた、日の出屋のリアルロボットアニメも見てはおりましたが、彼の口からは、スタジオあやかしの変形ロボットアニメや、イーストムービーの合体ロボットアニメの話題が出ることが、けっこうあり、
また、BGM、サウンドトラックなどの音楽的な話が出てくることもよくあって、
漫画やアニメにしても映像に興味がかたよっていた僕より幅広く、多方面に渡った興味があり、
そういった意味で、自分の知らないことを多く知る、けれども、幼い頃のような、無用なライバル心をあまり持たなかった初めての友人であったように思います。
人懐っこい彼の人柄がそうさせていたのでしょうね。押しは強く、自己主張ははっきりとするのに、不思議と反感を持ちづらい。親友はそんな印象の人物でした。
その後、彼とは国産ファンタジーTRPGや海外SF、国産SFのTRPGをするゲーム仲間のひとりとして、僕が東京へと出るまで、何年も遊ぶことになるのですが、
それは別の話です。
ひとつだけTRPGのことで書くと、親友が自分に付けたあだ名、マスターという名はTRPGのゲームマスターから取られたものですが、気恥ずかしく感じながらも、TRPGをしている仲間から与えてもらった称号のように、僕の心のなかで、少し誇らしく思っていたことを覚えているのです。
彼とTRPGで遊ぶようになる前、
あの夏、彼としていたのは、TRPGにも、ウォーゲームにも至らないゴッコ遊びの延長のようなものでした。
まあ、僕の書いたスゴいロボット(笑)的なものです。
いうなれば地球人側と異星人側の勢力の戦争ごっこです。
彼が地球側のロボット。
有名ロボットアニメのような、主役ロボットや量産ロボット、艦隊としての艦船など、そういったものを創造して、
当時、学校の授業で勉強し始めていた三面図による立体作図を使い、いろいろなものを書き、そういったデザインと技術的な設定を作り上げておき、互いに相手に語るということをしていました。
僕は異星人側の種族設定やメカ。その担当でした。
その頃の僕はいろいろなSF小説にハマっていましたから、嬉々として異世界の生命体を作り出し、
彼等が乗る異星の機械を書き、楽しんでいました。
なぜ彼と高校生にもなってそんな遊びをしていたのか、よくわからないのですね。
子供の頃からああいう遊びは好きでしたけれど、
今思うと、感情を立て直すために、そういった子どもじみた遊びをしていたのか、逃避していたのか…。
でも、楽しかった。
全てをつぎ込むほどのめり込み、そして他のことを考えないで遊ぶというのは、本当に楽しい。遊びは真剣なほど楽しいのですね。
あの頃の遊びの経験は、その後、
上京したのちに出来た新たな親友と僕の彼女との創作活動でも活かされました。
彼女の書く物語に登場する。人類側のメカを東京の親友が、異星側のメカを僕がデザインするという、
そう、高校の頃の親友と遊んだことの繰り返しのようなものでした。
気の合う仲間と何かを作り出す。何かそういう引き合った相手と楽しみながら、いろいろなものを共有しながらひとつのものを作り上げて行くという楽しさを、僕たちは繰り返していた。そんなふうに感じます。
あの高校の夏休みや、学校の放課後などにやっていたことを、僕は大人になってもやっていた。
ああいうことは繰り返し起こることなんでしょうか。
思い返すと、懐かしさと共に、なにか不思議なものに出会ったかのような、うまく言葉にできない気持ちになります。
あの夏を含めた高校の親友とのあの遊びは、たぶん僕の創作者の原点なのかもしれません。
人と共に何かを作り上げるという喜びの。そういった楽しさの記憶です。
―― ◇◇◇◇◇ ――
親友の家で過ごす日々も半ばが過ぎ、終わりが近づいてきた頃、
やっと彼から、ここ、彼の家へ誘われた理由であったプールの話が出てきました。
「明日、プールに行こう。
出発は夜だ。
その日の夜に、中学時の親友が来るから」
「夜?」僕は聞きました。
この近くのような田舎には、夜に入れるプールがあるのでしょうか?
それとも夜に出て遠方のプールにでも行くとか。
怪訝そうな顔をした僕に、彼は面白そうな、いたずらを成功させた時のような、すこし得意げな表情をみせて言いました。
「学校のプールで泳ぐんだ。
毎年行ってる恒例行事だよ。
夜中にこっそり、塀を登って学校に侵入してプールに入るんだよ」
続く
―なかがき注釈とお詫び―
念のため、
これはフィクションです。夜中に学校に侵入するなどという危ない行為は、決して真似をなさらないで下さい。
当時の、学校施設などの警備状況が緩かった時期ならともかく、
今の警備会社などとセキュリティ契約がなされている昨今は、侵入すれば間違いなく通報されて捕まることでしょう。
あとは、
本文章中で出させていだいた作品名と作者名は、実際のものを記述させて頂いております。
その際に、文章中の作者名に敬称を付けたかったのですが、主人公の人物像が敬称を付けて考える人物ではないため、敢えて敬称を外し表記させていただきました。
作者様および、ご不快に思われた方には、この場を借りてお詫びさせていただきます。
また、
マンガ等の作品名、作者名と異なり、アニメーションの制作会社名、作品名については実際のものを上げずに、ぼかしたり、もじった名称を使っております。
表記としていささか矛盾しておりますが、
個人としての創作の作品と、組織、団体として創作のものとを切り分けてみる実験的な試みとしてご笑納いただければ幸いです。