みずあそび 前編
ホラー企画への投稿作品なのですが、内容でいうとヒューマンドラマです(苦笑)
これはフィクションです。
起きた出来事は実体験に基づいて書いてはいますけれど…。
「なあ、夏休みに遊びに来ないか?泊まりがけで一週間くらい」
それは高校のときのこと。初めての夏休みの前のことでした。
僕は高校に入ってできた親友の自転車の後ろ、荷台に載っていた下校途中にそんな風に誘われたのでした。
あの実業高校には越境入学で通っていたので、あそこへ進学した中学からの同級生は数人くらいしか居ませんでしたし、親しい相手はほぼ皆無でした。
友人をつくるのが苦手な僕は、クラスの中では浮いた存在でしたし、
そのクラスで初めてできた友人である相手の彼と、邪推されかねないべったりの関係でだったことを覚えています。
一週間か、…長いな。
そんな風にも思いましたけれど、断る理由はありませんでしたし、楽しみでもありました。
「おれの中学の時の親友を紹介するから、一緒にプールに行こう!」
彼には水着を持参するように言われたいましたから、どうやら、その夏のイベントとして、プールと花火を計画していたようでした。
彼の中学時代の親友がどんな人かということを、僕は少し不安には思いましたが、幾つかの不安と楽しみな気持ちを持ちながら、親に相談したりして当日の小旅行の日を待ったのです。
両親たちは友人ができた僕のことに安心したり、
僕がひとりで出かけること、送り出すことに不安を覚えたりしていたのでしょうが、そのことが感じられる素振りは見せてはいなかったように思います。
親から春先に告げられた言葉の影響は、僕自身にも両親にも、内面で渦巻く感情があったことは間違いないのですが、表面的には穏やかな日常としての時間が過ぎていたのです。
少し親との距離を見極めたい。
僕のなかに生まれた、そんな気持ちを整理する意味でも、親友と過ごす一週間という時間は都合が良かったんだと思います。
―― ◇ ――
その日は早めに家を出てローカル線の私鉄に乗り、ついでに駅近くの本屋で涼みながらマンガ等のあさり、親友と連絡を取り合って、彼の家へと向かうバスに乗ることに決めました。
「迎えに行こうか?」
親友はそんな風にも言っていましたが、このじっとりとした暑さの中を自転車の二人乗りというのも、あまり楽しい感じがしなかったし、
体格のよい重い彼を載せて自転車をこぐのは僕には難しく、暑い最中に迎えに来させて乗せてもらうのは、流石に気が引けました。
暑い日差しと蝉の声の中、バス停で待ちながら、普段は乗らないバスの乗車手順を反芻しながら、しばらくして到着したバスに乗り、降車停留所まで待っていたのです。
彼の家へのバスに乗り込む停留所は、いつもの学校から駅までの20〜30分の徒歩での通学路の途中にあり、見慣れた景色の銀杏並木が道沿いに見えたりするのですが、
ちょっと浮ついた気持ちがそう見せるのか、僕の目には何となく違った景色に見えたりもしていました。
当時のバスは冷房車などではもちろんありませんし、
親友との連絡も公衆電話という、不便といえば不便なやり方で出かけていく小旅行でした。
でも僕には、不安とわくわくする期待が混じりあう冒険にも思える体験だったのは確かです。
ひとりで出かけて泊まるということは、今までやったことがありませんでしたから。
彼の家の最寄りのバス停を聞き、乗り込んだバスの座席で時折点灯するバス停の表示と降車ランプを眺めつつ、見慣れた並木が見知らぬ風景へと変わってゆく様子を見ていました。
時折感じる不安が強くなり、指定されたバス停で降車してから、
近くの雑貨屋の店先で掛けた緑の公衆電話の受話器から、いつもの彼の声か聞こえてきた時は、少しほっとした感じでした。
―― ◇◇ ――
楽しみに出かけた親友の家は1階がスナックで彼の部屋は2階でした。
1階のスナックは彼の母が経営しているもので、昼間は冷房の効く店内を使っても良いと言う、ありがたい申し出があり、涼しい思いを満喫できました。
彼が中学のころ、グレていたと言うことは聞いていましたが、その理由は聞いていなかったのです。
でも、家庭が理由なのは、なんとなくわかるものです。
僕の両親もそんな風に訳ありでしたので。
そういう相手とはなんとなく近くなり仲良くなるか、
とことんまで反りがあわなくて反発するかです。
通い始めた高校で、性格的に合わない同級生の一人だった、リーゼントに短ラン、タックを入れたボンタンという、あからさまなツッパリの格好のクラスのやつと、いつだったか、僕が殴り合いになったのは、
向こうが絡んできたこともありますが、何といっても、クラスで一番反りが合わない相手だったからでしょう。
その同級生の身の上が、叔父夫婦に育てられたことでグレていると周りから聞いた時、
似た境遇に対する苦笑と、それ以上に相手に対する理不尽な怒りがこみ上げてきたものでした。
反りが合わない相手への同属嫌悪というのは、本当にどうしようもないと僕が感じたのはあのときが最初でした。
幸いにもそいつとは卒業後、一度も会わずに済んでおり、その後も二度と会うことはありませんでした。
僕にとって、非常に幸いなことでした。
僕の親友、急速に親しくなった彼のうちは母子家庭で、
母親はある会社の社長のお妾さんなのだそうだと、あの時、一緒に過ごしたあの一週間の最中、彼が僕に教えてくれたのでした。
そのことからか、彼は中学でグレていたこともあり、
今回一緒にプールに行くという、彼の中学時代の親友という人物も、その頃の仲間の一人だったと言っていました。
自分の親友であった彼は、中学でグレてはいたそうですが、物事に対する立ち回りが巧かったようで、
高校に入っても続けているタバコや酒も、そしてケンカなどの荒事も、中学時代には見つかることなく過ごし、停学や内申に傷が付くこともなく高校へと入学したと語ってくれたことがありました。
そういったことを語る時、得意げになるわけでもなく、また、自らを卑下して語るでもない自然さは、
あの頃、僕自身の身の上とさまざまな感情に振り回されていた未熟さと比べて、親友の大人びた様子への憧憬を少し持ちつつ見ていたのかもしれません。
事情はともかく、親友が以前にグレていたということは、彼と僕とのつながりには関係ない事だと思っていました。
その辺りのことを詮索してくる親に対して、僕は口をつぐんで彼の中学時代のことは、親には話さなかったように記憶しています。
趣味が近く、ウマのあった彼との関係は居心地が良く、酒やタバコはしていても、こちらにそれを薦めることのしない彼は、
他の同級生のように、ツッパっていることを自慢げに語り、タバコやケンカ、ナンパした女といたしたという話ばかりの相手よりは、よほど付き合いやすかったのです。
昔はグレていたのかも知れないけれど、
当時の僕にとっては、腕っぷしのある、マンガやアニメなどが好きな、仲の良い相手でした。
殴りかかられた時のいなし方などの、護身の基礎のようなことを、僕にレクチャーしてくれたこともあったり、ゲーセンのパンチングマシンで200kgを叩き出し、ランキングのトップに躍り出たり。
そのあたりはやはり、そういう荒事の経験者であることを感じさせ、
普段は陽気でも、ときどき起こった出来事に、肝の据わったところを見せることもある、そんな男でした。
そういったことを見て、自分とは違う水を泳いできたという事を思わないでもなかったですが、まあ、こちらも素性という点で真っ当かと言えばそんなこともありませんでしたから、
僕と親友は、その時はいい具合にかみ合っていたのかもしれません。
僕自身の事情は、あの時かその後か、親友に話したような気がしますが、はっきりは覚えていません。
僕は受験前の考え方、漠然と持っていた将来のイメージを、根元から突き崩されたような、春先の入学前にあった出来事の衝撃から、
あの時の夏ごろ、まだ完全に回復はしていなかったのだと思っています。
表面的には普通に過ごしていましたが、足下のあやふやさは如何ともし難く、
新しい学校生活に慣れて行くことと、新しい親友や、別々の学校に進学して、疎遠になりつつある中学の古い友人などとの関係について悩んだり考えたり、いろいろな新たに起こる事柄の中で、夢中で過ごしていたのでしょう。
続く
短編の予定でしたが、長くなりそうでしたので複数話としました。
たぶん、三話になるのではと思っています。