1. おおしごと
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◇法外決闘場にて
一握の砂を手に、血に滲む視界を拭う。
『もう君に勝ち目は無い!早く降参するんだ!!』
こちらを見下ろしながら剣先を向ける彼は、わかりやすく薄っぺらな言葉を吐いた。
(確かに、贔屓目に見ても俺の勝ちは限りなく薄い)
『これ以上君を傷つけたくないッ!』
そんな見せかけの情けの言葉が、彼自身の威圧感を増させ、辺りの空気を重く、更に張り詰めさせた。
彼もこの世界に祝福されているらしい。“天性”が与えられているようだ。
(……天性はおおよそわかった。“誠実”だとか“温情”みたいなシケた天性だろう……。)
俺だって天性さえあれば、シケていたって良い、無いよりもはるかにマシな生活が出ていただろう。
裂傷に痛む右頬を抑えつつ、よろめきながら俺は立ち上がった。
「そう油断させて、ここまで勝ってきたのか?」
俺の挑発に、青年は声を荒げる。
「違う!!僕は“誠実”だからそんな事は絶対にしない!!」
あぁ、こいつのは“誠実”か。それも随分と気に入ってそうだ。
声をあげて笑いながら更に挑発を重ねる、ようやく見えてきた勝機だ。
「“誠実”だって?こんな町外れの違法決闘場で小遣い稼ぎに使って、“誠実”?」
みるみると青年の顔が赤く染まっていく。
天性は言わば、天に認められた生き方や信念となるもの、コケにされちゃこうもなるだろう。
が、勝負において冷静さを欠くのはタブーだ。
『小遣い稼ぎだと……!?病気の妹の薬の為だ!!お前なんかと一緒にするな!!』
最もらしい理由をかざしながら、無闇に振られた彼の剣は俺の皮膚に達する事なく空を切った。
明らかに太刀筋が乱れている。
“誠実”な彼が崩れてきている。
「生憎だね、俺も似たような理由だ。……俺達って案外似た者同士かもな」
彼の神経を逆撫でするようにわざとらしく呟いた。
これが効果覿面、その言葉を最後に彼の圧倒的だった威圧感は、砂城の如く崩壊した。
今では燃えるような殺意だけが彼を包んでいる。
「……今すぐその口を叩き潰してやる。天性などどうでもいい、お前だけは許さない……っ!!」
彼の目が殺意で揺らぐ。誠実は殺意に飲み込まれる。
天性を捨ててくれるなら、今の俺とイーブンだ。
「もっと“誠実”になりなよ青年」
俺のその一言に、青年はこちらへと大きく足を踏み込ませた。俺の声などもう届いていないだろう、目が怒りに迸っている。
「……黙れ」
ここまで自分の事を見失うとは、かくも天性とは恐ろしい。
俺は“一握の砂”の剣先を青年に向け、魔力を込める。すると、足元の砂がたちまち巻き上がり、彼の顔を勢いよく吹き抜けた。
天性も持たない俺の、シケた技だ。
「っぐぁ!!?卑怯だぞお前……ッ!!」
青年は思わぬ反撃に悲痛な声をあげる。
俺は彼の言葉に耳を貸さず、よろめいて体制を崩した彼の首元を、“一握の砂”の柄で思い切り叩きつけた。
「よく言われるよ』
顔にかかった砂を払い、気絶し伏す彼の背中に吐き捨てる。
天性持ちに大逆転、今日の賞金は期待できそうだ。
◇
決闘場を後にした俺は、金貨のたんまり入った袋を片手にさまよい歩いていた。
「痛……!」
右頬に鈍痛。俺はよろめいて壁に身を寄せる。この傷は長引きそうだ。
外はもう薄暗い。元より陽の当たらないこの場所、雰囲気はさらに鬱蒼としている。
うかうかしてたら野盗の餌食になってしまう。俺は痛みを我慢し歩き続けた。
見慣れた小道を進む。
しかし、すぐに俺の足はぴたりと止まる。何者かが俺の後ろに居る気配がする。
「何の用だ」
警戒しながらゆっくりと振り返ると、ボロ布に身を包んだ頬の痩けた少女が俺の服の裾を引っ張っていた。
「御慈悲を。どうか一枚、一枚お恵み下さい」
白い肌、さらにその肌よりも白いショートカットの髪。全体的に色素が薄く、雪を想像させる儚げな彼女の名前は、マーシィ。名字は無いらしい。
真っ当に食事を食べ、真っ当な生活をしていればこれ以上の美少女になるだろう。
こんな場所にはどうも似つかわしくないほどの若さと顔立ちである。しかし、端麗な容姿などここでは全くの意味を成さない。
とにかく、今日は会えて良かった。
「これで足りるか?」
無造作に袋に手を突っ込み、適当に数枚掴んで渡した。マーシィは手のひらに広げて枚数を数える。
この世界で生きていく術は限りなく少ない。
周りを見渡すと、同じ様な放浪者が道の隅でうなだれていた。
天性を持たない者達。その何も技術の無い者はすべからくこうなる。こんな末端に十分な食事や施設などもなく、日銭で今を生き延びるのがやっとの人達だ。
統治者の怠慢、暴力、犯罪、狂った世界にため息が出そうになる。
「一……二……三、四……」
マーシィの呟く声が、暗い道をこだまする。
彼女も、天性さえあると証明できれば、すぐに内地へ転移ができる。
天に与えられた祝福、天性。
そんな大層な説明だが、数人に一人は居る程度。それほど珍しいものではない。
珍しいものではないから厄介なのだ。
「こ、こんなに良いんですか?いつもありがとうございます……!!」
マーシィはやっと口を開いた。そして照れた様に顔を伏せる。
「で、ではお手を..……」
おずおずと差し出された少女の手に俺は遠慮なく手を重ねる。
それから慣れたように彼女は、すぐに何かを呟いた。
『君に贈る』
(……やっぱりなんか不思議な感じだ)
間を置かず直ぐに、淡い光が俺を包みこんでゆく。
その光に照らされた傷は次第に塞がっていった。頬の痛みや、口内に広がっていた鉄の味まで、今では思い出すことさえ難しい。
これは、魔法治療である。それもかなり高度の。
慈悲とは言ったが、さっきの金貨はこれの対価だ。
俺も傷だらけのままじゃこれからも本調子で戦えないし賞金も稼げない。マーシィにとってもこの対価が定期的な収入となっている。
こんな関係を、もう数年続けていた。
きっとマーシィには天性がある。このとてつもない魔力が何よりの証拠だ。天性さえあればこんなカビ臭い場所を発てる。しかし、
天性を確かめるにはかなりの大金とそもそもの地位が必要なのだ。
天性真球と呼ばれる天性を見定める魔術道具を使うのだが、それが何と金貨数千もする。
マーシィがこの先数十年を全て労働に捧げば買えるだろうが、それは生活にかかる金を全て無視したらの話。つまるところ不可能なのだ。彼女は永久にここから出られない。
地位を高める為の物を買うには、まず自分の地位が高ければならないと、変化を嫌うこのフリーダ王国のよくできたシステムである。
マーシィは重ねていた手を離した。
「……はい。もう痛まないですか?」
そう微笑んだマーシィに、俺は軽く頷く。
マーシィも内地にさえ行ければ、かなりの有力者になれるだろう。国の中枢、主に戦専医療の場で。
しかし、国がそれを許さない。
フリーダ王国は、天性持ちをセレクテッドと呼び、持たざる者をアンクテッドと呼ぶ事を義務付けた。
お偉いさんはわざわざそんな名前をつけて、わざわざ居住区を分け、わざわざ俺達をここに追いやった。
そこまで差別をして、国王は何を恐れているのか。俺にはわからない。
「完璧だ。……最近、どう。うまくいってる?」
今日び親でも聞かない様な事だったが、心配がそれに勝り俺は思わず声に出していた。
満足に飯を食べられていないのだろう。この前会った時よりも、手の平の厚みが減っていた。
「ふふ、何ですかその質問?」
マーシィは年相応に元気に笑顔を見せたが、痩けた頬がその印象を打ち消す。
「もうとっくに慣れました。それに、今日は、ほら」
贅沢が出来そうですし。と嬉しそうに金貨を鳴らす彼女は変わりなく笑顔だった。
が、彼女に渡した金貨は贅沢に使われる事は無く、全てはここに住む天性持たず達の生活の手助けに使われている事を俺は知っている。
誰かが強制させている訳じゃない、彼女が望んでそうしているのだ。
数年間見続けたその光景に、俺は決心した。
「……こ、この生活を変える気は無い?」
俺の言葉にマーシィは一瞬顔を輝かせるが、すぐにぎこちない笑顔を浮かべた。
「またまたぁ、下手なプロポーズかなんかですか?……養ってくれるなら考えない事も無いですけど」
なんちゃって。と言って舌を出す彼女だったが、俺は至って真剣に答えた。
「あぁ、似た様なもんだ。……養われるのはこっちになるかもしれないけど」
マーシィは小さく、え。と声を上げた。そして期待と不安の入り混じった表情でこちらを見つめ、言葉の続きを待っている。
しかし残念ながらプロポーズの準備など一切していない。
(良し。感触は悪くない。あとはアイツの頑張り次第だが……)
俺は彼女の期待の眼差しから逃げる様に視線を外し、辺りを見渡した。