覚醒
詰めろをかけられた将棋棋士の心境というのは、このようなものであるのかもしれない……。
アルタイル内部に形成された操縦空間で本機の駆動キーと操縦桿を兼ねる機械杖を握りしめながら、ハヤトはそのような事を考えていた。
賢者の石がもたらす圧倒的な防御能力に物を言わせ襲いかかるメアリローズの猛撃を、どうにか回避しあるいはいなす。
特にスマートロッドを変形させての剣戟戦はなけなしの神経を削る作業であり、正面から打ち合えば構えたスマートロッドごとアルタイルが真っ二つにされてしまう未来を様々な方法で回避し続ける。
「菊池に感謝しなければならないな……」
今は警察官僚として辣腕を振るう友人から剣道特訓を施されていなければ、この刺突も斬撃も捌き切れはしなかっただろう。
だが、いかに技量で補おうと限界はいつか訪れる。
何十回目かの刺突を受け流した際、とうとうアルタイルのスマートロッドが耐え切れずへし折れてしまったのだ。
「ちいっ……!」
舌打ちしながらスマートロッドを手放すと、付与していた炎魔法が行き場をなくして誘爆を起こした。
それは無視し、徒手空拳となったアルタイルを油断なく構えさせ次なる攻撃に備える。
『あらあら、唯一の武器も壊れちゃったわね』
しかし、怪盗の操る白法機はすぐに攻め立てるような真似はせず、余裕綽々といった様子で顎に手を当てて見せた。
『発動体を破壊したくらいで、オレに勝てるとは思わない事だな』
武装を失くした影響を鑑み、この先の攻め受けをいくつか修正しながらへらず口を叩いてみせる。
正攻法で倒すことができない以上、この油断につけこむしかないが果たしてどうしたものか……。
すり足でじりじりと間合いを詰めつつ、おそらく最後になるだろう攻防へ踏み切ろうとしたその瞬間である。
『止ま……止まらない……っ!』
「へ?」
遥か上空――というより待機させていたウィリ・ウィリーから、猛烈な勢いで射出される物体があった。
そしてその物体は、カタパルトから射出された勢いそのままに地上へ――アルタイルの立っている場所へ突っ込んできたのである。
『きゃあああああっ!』
「ちょ――」
通信から聞き覚えのある悲鳴が響き渡るが、それに構っていられる状況ではない。
何しろこちらは、全神経を集中させてメアリローズの動きをうかがっていたのだ。
そんな所にいきなり落ちてこられても、受け止める余裕なんぞ存在しないのである。
『ぬわあああああっ!?』
うっかりスピーカーのスイッチをオンにしたまま、情けない悲鳴を上げて吹き飛ばされた。
金属と金属が……あるいはアスファルトと金属が触れ合い摩擦し合う耳障りな音が響き渡る。
それと振動がどうにか収まったかと思えば、
――上半身フレームに歪み発生。
――右足首、動作不能。
――左腕部、装甲の三〇パーセント破損。
――左デュアルアイ、動作不能。
……など、大小様々なアラートが操縦空間内に表示されたのであった。
明らかに、本日最大のダメージである。
『……っ! 一体何なんだ!?』
毒づきながらも倒れ伏したアルタイルの上体をどうにか起こし、このダメージを生じさせた原因に残されたカメラを向けた。
『す、すいません!』
やはり聞き覚えのある声――というか御剣コウの声で謝りつつ、同じく路面にぶっ倒れていたそれが立ち上がる。
アルタイルがクッションとなったお陰かこの激突でも損傷軽微なそれを一言で言い表すならば、見た事もない法機という事になるだろう。
全身の装甲はコバルトブルーに染め上げられており、直面と鋭角を組み合わせたような全身のシルエットといい、デュアルアイではなくシングルカメラを採用された頭部といい、完全な人型ではあるもののどこか未成熟な……工業製品然としたデザインをしている。
だが、それも当然の事だろう……。
今この瞬間、初めて世に姿を現した青い法機であるが、そもそも機体が組み上がったの自体つい先程の事なはずなのだ。
何故、見た事もない法機に関してハヤトがそこまで知っているか、その答えは単純である。
『今朝設計した試作機じゃないか!? 何故お前が乗っている!?』
そうなのだ。
名称すら定めていないこの法機こそは、今朝がたに設計を終えてピエールへ組み上げを命じておいた試作機だったのである。
『それは……』
『ワタシが説明いたします』
ピエールの機械音声が通信に割って入った。
『彼女は、コウさんは今この場で魔法使いとして覚醒したのです』
『それも、極めて強大な魔力を持つ、ですよー?
その機体に搭載したジェネレーターを動かせるなんて、アドラびっくりしちゃいましたー』
『しかも、ただ強大な魔力を持つだけではありません。
コウさん、お願いできますか?』
『はい!』
ピエールの呼びかけに乗り手が応じ、名も無い法機がアルタイルと同型のスマートロッドを構える。
するとその先から何とも言えぬ暖かな光が生まれ出し……周囲の全てを包み込んだのだ。
『これは……』
思わず驚きの声を漏らす。
それもそのはずだろう。
先程まで操縦空間内に表示されていた多種多様なアラートが、揃って問題解決と判断し消え失せていたのである。
アルタイルの負った損傷が光に触れると同時、たちまちの内に元の状態へと復元されたのだ。
しかも修復されたのはアルタイルだけではなく、衝突の影響でズタボロにめくれていたアスファルトや名も無き法機自身が負っていた損傷も元通りの状態へと戻されていた。
『回復魔法……お前にそんな素養があったとはな』
それも尋常なものではない。
これだけの修復力……おそらく単純な魔力だけで言うならば、ハヤトすらも凌駕しているはずだ。
そもそもが、あれだけの衝突で大した傷を負っていなかったのは装甲材に使われた人工ミスリル合金が彼女自身の魔力で強化された結果に違いないのである。
万全の状態へ戻ったアルタイルが立ち上がり、赤と青――色もデザインも対照的な両機がこの場へ並び立つ事となった。
『あらあら、まさか魔法使いとして覚醒するなんておめでとう』
その様子をじっと見ていたフライデーが、乗機に拍手をさせながらこちらへと歩み寄る。
『良かったじゃない? それだけの回復魔法ならお母さんだってきっと治せるわよ。
それで? どうするの? 言っておくけど、初心者が一人増えたくらいで私の優位は動かないわ』
レイピアに変じたスマートロッドを構えるメアリローズの姿は余裕に溢れており、己の勝ちを確信して揺るぎない。
だがそれは、ハヤトにとっても同じ事……。
『御剣、いいんだな?』
『……はい! 私も一緒に戦います!』
『そうか……。
ならばお前を、この場で魔王機動隊臨時隊員として雇用する!
ついでにその機体の名前も決めたぞ。
――ウーンズ!
試作機だから、ウーンズ・ゼロだ』
『ウーンズ……』
噛み締めるように、コウが乗機の名前を呟いた。
『聞いているかもしれないが、その機体はアルタイルとの連携を前提に設計している。
――オレに合わせろっ!』
『はいっ!』
コウが返事をし、ウーンズに仕組まれた――変形機構が作動する。
手にしていたスマートロッドを軸とし……。
ウーンズの機体そのものが次々と形状を変えていく。
機体各部に隠し武器として格納されていた人工ミスリル合金製の刃が展開され、変形すると共に組み合わさったその姿は――剣だ。
スマートロッドそのものを柄とする、馬鹿馬鹿しいまでに巨大な大剣へとその姿を変じさせたのである。
『ウーンズ……カリバーモードといったところか』
変形したウーンズを手に取り、アルタイルがこれを構えた。
『傷の無が変形したカリバー……。
つまり、キズナカリバーですね!』
『え?』
『え?』
コウの力強い……いっそはしゃいでいると言ってすらいい声とは裏腹に、重苦しい静寂と沈黙が辺りに立ち込める。
『キ、キズナカリバー……いい名前ね!』
助け舟を出してくれたのは――フライデーであった。
『それで、その無駄にでかい剣でどうしてくれるのかしら?』
メアリローズの全身が、賢者の石によって増幅された溢れんばかりの魔力によって包まれる。
――ひょっとしてこいつイイ人なんじゃないか?
そんな思いを抱きながらも、ハヤトは――キズナカリバーの真価を発揮させた。
『ぬうううううっ!』
『くう……っ!』
自身とコウ、二人の口から苦悶の声が漏れ出す。
スマートロッドと合体変形した結果、アルタイルの全長を優に超える長さとなった超巨大剣が二人の魔力を野放図に吸い上げ始めたのである。
『これは……』
メアリローズから、驚きの声が漏れ出した。
キズナカリバーがまとう強大な魔力は、賢者の石によって増幅されているはずのメアリローズがまとったそれを遥かに凌駕していたのである。
しかもそれは、ハヤトの魔法によって性質を変え先まで使っていたそれを上回る超獄炎となって刀身を包み込んだのだ。
『キズナカリバーは、ただのでかい剣じゃない。
オレと御剣、二人の魔力を一つにして練り上げる!』
みしり、みしりと音を立ててアルタイルの全身がきしみ始める。
所詮は組み上げたばかりの、ぶっつけ本番だ。
余りに強大な魔力へ、これを振るうべきアルタイルが耐え切れなくなりつつあるのである。
だが、
『――私の力で!』
コウの叫びと共に、アルタイルのきしみが消えた。
彼女の放つ回復魔法が、自壊しつつある機体を随時修復しているのだ。
とはいえ、いつまでもは持つまい……。
勝負は一合!
『――行くぞ!』
キズナカリバーだけでなく、これを振るうアルタイル自身も炎に包まれ――その姿を巨大な炎の龍へと変じさせる。
そしてそれは顎を開くと、メアリローズを飲み込むべく突進したのだ。
『ちぃっ!?』
流石にこれはたまらぬと判断したのだろう。
メアリローズが、今日初めて魔法障壁を展開する。
光り輝く魔方陣が幾重にも折り重なったそれはもはや城壁と呼ぶべき巨大さと分厚さであり、地上のいかなる兵器を用いても破壊する事は不可能であると思わされた。
ただ一つ――この一撃を除いては!
『無駄だ!』
炎龍となったアルタイルが、メアリローズの魔法障壁と激突する。
幾何学的に組み合わさった魔方陣の障壁は龍の牙を受け止め、拮抗したかに見えたが……。
『そんなはずは!?』
フライデーの悲鳴が響き渡った。
無敵の城壁に思えた盾はしかし、そのそこかしこに亀裂を生じさせ龍が生み出す炎の奔流を貫通させ始めていたのである。
『貴様は気づいていなかったようだが、賢者の石によって増大しすぎた魔力を操り切れていないのだ!
単純に魔力をまとうだけならばともかく、本格的な障壁として展開するには技量不足だったな!
――オレの目には、綻びだらけに見えるぞ!』
『ちいいいいいっ!?』
それでも、賢者の石の力かはたまた女怪盗の意地か……。
障壁は最後の最後で崩れ切らず、拮抗状態を維持しようとする。
『いっけえええええっ!』
それを破ったのは、他ならぬコウであった。
少女の魔力が――いや気合が、炎龍に鳳凰のごとき翼を生み出しその突進力を更に高める。
その後押しが、決定打となった。
炎の龍はついに障壁を打ち壊し、白亜の法機を飲み込んだのである。
『――大炎断!』
メアリローズを飲み込んだ炎の龍は、恒星のごとき爆発的な光を生じさせその姿を消し去った。
そして後には、微動だにせぬメアリローズとその背後でキズナカリバーを振り抜いたまま残心するアルタイルの姿が残されたのである。
身動きせぬ法機達の沈黙は、そのままこれを見守る人々にも伝播していた。
それまでは事あるごとに好き勝手な事を言い合い、あるいは手にしたスマホをかざしていた市民らが、固唾を飲んだまま戦いの決着を見守っていたのである。
無限に続くかのような静寂はしかし、実時間にすればごくわずかなものであり……。
これを破ったのは、メアリローズであった。
白騎士を思わせる法機を駆る女怪盗がただ一言、
『やるじゃない』
と漏らす。
そして次の瞬間、機体の胸部で露出していたリアクターが輝きを失い、腰部からはマグマのような噴炎が迸ったのである。
メアリローズの上半身がずるりとずれ落ち、下半身と泣き別れになっていく……。
そしてついに胴体が落ちたその時、魔王の剣技によって機体内部へ込められていた魔炎が内部から大爆発を起こしたのであった。
歓声が、残心を解いたアルタイルに降り注ぐ。
しかしハヤトはそれに取り合わず、アルタイルの左手を爆発するメアリローズに向けた。
すると、たちまちの内に炎は鎮火されその中から光り輝く球体が浮かび上がってきたのである。
賢者の石だ。
フライデーの魔力が残留していたためだろう。まだほのかな輝きを宿していたそれはすぐに石くれ同然の状態に戻り、アルタイルの左手に吸い寄せられていく。
『一件落着!』
そしてついに事件の原因となった至宝を取り戻し、ハヤトはそう宣言したのであった。
と、次の瞬間である。
――バシュン!
……という、花火を打ち上げるかのような音が響いたかと思うと、一条の閃光が残骸と化したメアリローズから飛び出した。
『また会いましょう。極東の魔王さん』
同時にフライデーの声が響き渡り、閃光は遥か彼方へと飛び去って行く。
『逃げられたか……見事なものだ』
『追いかけないんですか?』
コウの言葉に、苦笑いを浮かべながら操縦空間内で首を振る。
『無理だな……オレはもう魔力がカラだ。お前とて、覚醒したてであんな大魔法を使ったのなら限界だろう?』
『魔力、という感覚がいまいちよく分からないんですが、とりあえずはまだまだ大丈夫そうです』
『……あ、そう』
その言葉に軽い戦慄を覚えながら、キズナカリバーを放り投げた。
『――ちょ……キャ!』
自動的にカリバーモードから人型へ戻るウーンズだが、いかんせん搭乗しているのは初心者である。
上手く着地する事が出来ず、頭から落っこちてしまった。
『……ひどいです』
『昼間の件はこれでチャラだ。そら、立ち上がれ』
アルタイルで引っ張り上げ、どうにかこれを立ち上がらせる。
『皆が見ている』
その言葉に、ウーンズもカメラアイを前方に向けた。
そこには、歓声を上げながら駆けつける人々の姿があったのである……。




