どこからどう見れば、この状況を『奇遇』と言えるのか
◇◇
翌日――。
そう言えば、今日きた客から聞いたんだが、エルミリーがこの町を出立するのは明日らしいな。
全然知らなかったぜ。
あんだけ毎日、こっちをじーっと見てるんだったら言ってくれればよかったのに。
と言っても、俺とあいつでは接点がなさすぎるから、「明日町をでるわ」と言われても、「あ、そうですか」としか返せないか……。
しかし、けっきょくは今日も店にはやってこなかったなぁ。
……って、なんで俺はあいつのことが気になっているのだ?
でもまあ、気持ちよく送りだしてやりたいな。
――カラン、カラン。
「いらっしゃい!」
「ああ、おかみさん。いつものね」
「ふふ、それならもう用意できてるわぁ」
「またか……」
「しかもすでにお代もいただいてるの。ささ、あそこに用意してあるから。早く行ってあげてちょうだい」
「あそこ? ……って、おいおい! なんでエルミリーの隣に肉野菜炒めが置いてあるんだよ!? それにニコニコしながら手招きしてるじゃねえか!」
「まあ、いいから、いいから」
(ふふふ。まさに背水の陣よ! 隣に美女が座ってるのに、話しかけない男なんていないはずだわ! さすが私! ナイス機転! でもマルコは『シャイ』で『プライドが高い』のは分かってるから、私から話しかけてあげるわ。がんばれ! 私!)
――ドスン。
「あ、あ、あら? マルコじゃない? 奇遇ね!」
「はぁ、奇遇だとぉ? おまえさん、どこからどう見れば、この状況を『奇遇』と言えるのさ」
「細かいことはいいじゃない!」
「……ったく、訳分からん。……とりあえず、ありがとさん。じゃあ、遠慮なくいただくぜ」
「ど、ど、どうぞ!」
「……」
「……」
(まずいわ! 会話が続かない! それになんていうスピードで食べてるのよ!! もっと味わいなさいよね! 作ってくれているおかみさんに悪いと思わないの!? これだから最近のおっさんは困るわ。人生をもっと豊かにすごすには、なんでもゆっくりと噛みしめながら進まなきゃ。確かに、私は彗星のごとく現れて、エリート街道を一段飛ばしで駆けのぼっているのは否めない。だからこんなことを言う資格なんてないのは分かってるつもり。でもね。そんな私でも恋は奥手なのよ。じっくりと味わうことで、二人の愛は豊かになるって信じてるの。……ふっ、がらにもないことを言っちゃったかしら)
「ごちそうさん」
「ほえ?」
(しまったぁぁぁぁ!! 私の隙をついて、食べ終わっちゃうなんて!! うかつだったわ! どうしよう!? もう席をたとうとしてるじゃない! 考えろ! 考えるんだ! 私! ……あー! なにも浮かばなーい!)
「そういえば、明日町をたつんだってな?」
「へ? あ、うん」
「あ、その……。達者でな」
(ふえええっ!? なにこの展開!? まさか向こうから切り出してくれるなんて! ああ、胸がドキドキしてきた。もしかして、このまま『友達になってくれないか?』って言うつもり!? それとも、す、す、す、す、好きです、って告白するつもり!? ちょっと待って! 心の準備が!!)
「じゃあな。今日はありがとさん」
(ちょっと! ここまできて思わせぶりで終わりかいっ! まずい! まずいわ! このままだと、これでお別れになっちゃう! いやよ! そんなのダメ!! どうにかしなきゃ! とにかく声を出すのよ!!)
「いえ、あ、あの!!」
「そうだ。こいつを渡すのを忘れてた」
「ほえ? これってナイフ?」
(ほわぁ。すごく素敵……。丁寧に心を込めて作ってあるのが、すぐに分かるわ)
「あんまり気の利いた言葉とか苦手でな。餞別だ。持っていきな」
「あ、ありがとうございます」
「礼なんていらねえよ」
――カラン、カラン
「ああ……」
(行っちゃった……)
「あらぁ、綺麗なナイフだこと! 彼ああ見えて、仕事の腕前だけは良いのよねぇ!」
「マルコの良いところは、仕事だけじゃないもん!」
「はい?」
「いただきますっ! おいひい! おいひいよぉ。ふえぇぇん……」
「まあエルミリーちゃんったら、よほど肉野菜炒めのことが好きなのね。またいつでも食べにきてね。お別れなんて寂しいわ。ぐすっ」
(違うもん! 私が好きなのは……)
「おかみさん! おかわりっ!!」