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また完全無欠な英雄が俺を見てモジモジしているんだが……

◇◇


 まったく変な奴だな、エルミリーって女は。

 俺の武器屋まで付き合って欲しいって言ってきたから、てっきり次の日に顔を出すかと思えば、一日待ってもまったく顔を出してこない。

 ったく、俺に英雄様の考えていることは、理解できないね。

 さてと。

 今夜も食堂に行こうかね。


――カラン、カラン。


「おかみさん、キラーボアの肉野菜炒め。ライス大盛りね」

「はいよ!」


 ここの肉野菜炒めは王都にある『本店』に負けず劣らず味がいい。

 そう言えば『本店』の方はおかみさんの娘さんが切り盛りしているって聞いたが、元気にやってるだろうか。

 今度、王都に行ったさいには立ち寄ってみるか。


――ドン!


「はい、お待ち!」

「おお、ありがとう! できたてが旨いんだよなぁ。ふー、ふー、お、ほう。うまっ」


――カラン、カラン。


 ん? 誰か店に入ってきたようだな。


――ツカツカツカ。ドスン!


 俺の目の前の席に座りやがった。

 ガラガラなんだから、違うところに座ればいいのに。

 しかも、


(じーっ……)


 また視線を感じる。

 またあの女か!?。

 さっと顔を上げてみるか。


――サッ!


(あっ!)


 やっぱりエルミリーだ。

 一瞬だけ目があったがすぐにそらして、またモジモジしはじめた。

 なんだってんだ!?

 いや、まてよ。

 こういう時こそ、今までの彼女の行動を振り返るんだ。


 ………。

 ………。


 うーん……。

 分からん! 

 あっちは町の英雄、こっちはどこにでもいるおっさん。

 接点がゼロなんだから、彼女の行動を知っているはずがないからだ。

 ん? まてよ……。

 たしか彼女はこの食堂で……。


「おかみさん、ちょっといい?」

「どうしたんだい」

「ちょっと耳を貸してくれ」

「いやだよぉ。こんなおばちゃんを口説こうってのかい?」

「ちげえよ。まあ、いいから」


(ちょっとなによ!? ひそひそ話してるんじゃないわよ! 感じ悪い! でも今日という今日は、ビシッと言ってやるんだから! 友達になってくださいって! 友達ならいくら背中を見たって文句は言わせないわよ!)


「ううん、ごっほん!」


(そうだ! いつも彼は肉野菜炒めしか頼んでないから、ここは私が高級なワインでもおごってあげよう! そしたら自然と彼に近づけるわ! さすが私! ナイス機転!)


「おかみさん!」

「あ、エルミリーちゃん、ちょっと待っててね」

「ほえ? なにをですか?」


――ドンっ!


「はい、これ。キラーボアの肉野菜炒めだよ」

「へっ? 私、頼んでません」

「あら、いいのよ! マルコからだから」

「え? なんで??」

「だってエルミリーちゃん、いつもライスしか頼んでないでしょ」


(それは『おかず』が目の前にあったからで……)


「きっとエルミリーちゃんは家族が背負った借金を返すために、自分の稼いだお金を全部使っているんじゃないかってね。だからマルコが『俺のおごりで彼女に肉野菜炒めを』って、あんた泣かせるじゃないの」


(な、な、な、なんですってぇ! ちょっと待ってよ! そんなの全然違うから! 借金なんてないんだから! しかも、友達もなし、彼氏もなし、休日は引きこもりで使いみちすらなし! ないないづくしの私の人生、お金なんて貯まっていく一方だから、銀行の支店長クラスがお年賀もって挨拶にくるのよ……ぐすっ。……って、何を言わせてんのよ! それに右手を軽く上げて『礼はいらねえぜ』ってポーズ。あんたそれ二十年前のトレンドだから! パパがママを口説くときに使ってたって聞いたんだから! そんな暇あるんだったら、背中見せなさいよ! 背中! こっちは二日もあんたの背中見れなくて、いろいろ溜まってるんだっつーの!)


「まあ、いいから、食べて御覧なさいよ」

「はあ……。ならいただきます……」


――パクっ!


「こ、これはっ! 口いっぱいに広がるごま油のこうばしい香りとさっぱりとしたキラーボアの肉が情熱的に燃え上がり、その周辺をモヤシとキャベツ、それにきくらげにニンジンが手をつないで仲良く踊ってる! まさにキラーボアのキャンプファイアーじゃぁぁ!」

「でしょー! よかったわぁ。エルミリーちゃん、何があっても強く生きるのよ」

「は、はあ……。ありがとうございます」

「おかみさん、お代はここに置いておくから。二人分」

「はいよ! ほら、エルミリーちゃん! マルコに一言だけでもお礼をいいな!」


(へっ? あれ? 彼が立ち止まって、こっちを見てる……。これってもしかして、千載一遇のチャンスなのでは……? よ、よし、じゃあ言うぞ!)


「あ、あ、あ……」

「礼なんていらねえよ。んじゃ」


――カラン、カラン。


「ああ……」


(行っちゃった……)


「ごめんねぇ、エルミリーちゃん。彼ああ見えて、けっこうシャイなのよぉ。じゃあ、最後まで食べていってね」


(なによ。ちょっとくらい会話してくれたっていいじゃない。ぐすっ……。涙の塩気が足されて、より味が引き立ってるわ。まさにキラーボアの……)


「おかみさん! おかわり!!」


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