マルコも早く良いお嫁さん見つけて欲しいものだわぁ
◇◇
完全無欠の女戦士エルミリーは、しがない武器屋のマルコに惹かれていた。
いや、正確には彼のすべてに惹かれていたわけではない。
――これいくら?
――50ゴルだよ。
――じゃあ、いただくわ。100ゴルでいい?
――まいどあり。お釣りを取ってくるから、ここで待っていてくれ。
あの一連のやり取りで、彼が店の奥へ消えた時に見せた『背中』に一目ぼれしてしまったのだ。
武器職人として毎日、槌を振っていた彼の背中は芸術とも言える筋肉がついていた。
まるで山脈の岩肌のようにごつごつとした見事な隆起。
直線と曲線の美しい調和。
そう、それはまさに『生きる彫刻』。
彼女はその背中を毎晩のように、この食堂で愛でた。
それはもう、舐めまわすように。
もちろん彼に気付かれないように、ちょっと距離をおいて熱い視線を送り続けていたのである。
――あの背中を見続けているだけで何杯もご飯が食べられるわ。じゅるっ。
だからこの食堂ではライスしか注文したことがない。
ところがそうも言ってられない事情ができた。
というのも、彼女は王都に移らねばならなくなったのだ。
このままでは愛しの背中ともおさらばしなくてはならない……。
そこで彼女はこれからも違和感なく彼の背中を見つめることができるように、『お友達』になろうと考えた。
しかし、いきなり『お友達になってください』と言っても、『はぁ?』と怪訝な顔で返されるだけだ。
だから正面に座って彼から話しかけてもらえるように視線を送り続けていたというわけだ。
「あ、あのー。俺になんか用か?」
「ふえっ!? あ、いや、そのー……。なんでもありませんっ!」
「もしかして……。肉野菜炒めを食べたいのか?」
「違います!! 付き合って欲しいだけです!!」
(あ! やばいっ! 言っちゃった!)
かくして作戦は成功したわけだが、彼女は勢いあまって『付き合ってください』と『愛の告白』をしてしまうとは思わなかったのだ。
(いや、でもいいわよね。この完全無欠の美女である私からコクられれば、『No』なんて言える男はいないはずだもん。もっとも、男を口説いたことなんて、これまでの人生で一度もないから本当のことは分からないわ。もっと言えば男の人からも告白なんてされたことないし。そもそも誰ともお付き合いしたことがないから……。いや、何を弱気になっているのよ、エルミリー! たとえブラック・ドラゴンを目の前にしたって果敢に立ち向かう私が、しがない武器屋のおっさん相手に弱気になるなんてあり得ないわ! さあ、答えなさい! 『Yes』と!)
「え、あのー、えーっと。どこまでお付き合いすればよろしいのでしょうか?」
「ほえっ!? ど、ど、どこまで、ですって!?」
(こ、こ、この男! なんて卑猥な! 『どこまで』って、そりゃあまともに答えれば『あなたの背中をすべすべして、ぺろぺろさせてもらうまで』に決まってるじゃない! しかし、そんなことを公衆の面前で言おうものなら、お嫁にいけなくなっちゃう! そうなったら責任とってもらうんだから! ……むむっ。待てよ。彼に責任をとってもらったら、それこそ背中を舐め放題ではないか。そうなればまさにWIN-WINの関係。……まあ、仕方ない。そ、そ、それなら許してあげてもいいわ! よし、じゃ、じゃあ、言うわよ! 言ってしまうわよ! もう謝ったって遅いんだから!)
「あ、あ、あ、あなたの……」
「あ、おかみさん、もう下げていいよ。ごちそうさま」
「はいよ。あら、そこにいるのはエルミリーちゃんじゃない。どうしたの?」
「いや、なんか俺に付き合って欲しいところがあるって言うんですけどね」
「まあ、いったいどこかしら?」
(げげっ!! ここにきて食堂のおかみさんが目の前に! しかも彼と一緒にこっち見てる! 恥ずかしい! 恥ずかしすぎる!! この男……。なかなか手ごわいわね! まさか援軍を呼ぶとは、この百戦錬磨のエルミリーでも考えもつかなかったわ!)
「あのー……。エルミリーさんでしたっけ。あなたの、何でしょうか?」
「ふえ!? え、あ、あの……あ、あなたの……」
「俺の?」
(ええい! こうなりゃやぶれかぶれだわ!)
「あなたの武器屋まで付き合って欲しいの!」
「俺の武器屋? はあ……」
(さすが私! ナイス機転! 人のいい彼は私の誘いを断れないに違いないわ。そして二人きりにさえなってしまえば……。ふふふ、こっちのものだわ。じっくりと背中を眺めて……違う! ちゃんと話をして、お友達になってもらうわよ)
「すまん。今夜は徹夜で武器を作らなきゃなんねえから。また明日にしてくれや」
「ほえ?」
「今日の夕方になって町の門番のトミーに頼まれちまってな。客が頼りにしてるんだ。引くわけにはいかねえ。だから今夜は夜通しで最高の武器を作ってやりたいのさ。じゃあ、おかみさん、お代はここにおいておくから」
「毎度あり」
――カラン、カラン……。
「ああ……」
(行っちゃった……)
「ごめんねぇ、エルミリーちゃん。彼ああ見えて、仕事バカなのよぉ。もう少し自分の体をいたわってほしいんだけどねぇ」
(な、なによ! 仕事一筋の男って、今どきそんなの流行らないんだから! でも、ちょっとかっこいいじゃない……。し、仕方ないわね。その仕事でまた背中の筋肉が立派になるんだったら、許してあげてもいいわ! うん、そうよ、私! なんでも前向きに考えなきゃダメよ!)
「マルコも早く良いお嫁さん見つけて欲しいものだわぁ。そうすればちょっとは抑えがきくんだろうけどねぇ」
(お、お、お、お嫁さんだってぇぇ!? おかみさん! それはまだ早いわ! だってわたしたちまだ付き合ってもいないんだから! ダメよ! ダメ、ダメ!)
「ねえ、エルミリーちゃん。誰か知り合いを紹介してくれないかしら?」
「はっ?」
「ん? だからマルコのお嫁さんにふさわしい女の子がいたら紹介してあげてくれないかしら? 私の娘のアリエッタはまだ18だから、ちょっと早すぎるしねぇ」
「そんなことできるはずもありません!! ごちそうさまっ!!」
――カラン、カラン!
「あらあら、行っちゃったわね。何も注文しないまま……。いったいどうしちゃったのかしら?」