なんか視線を感じると思ったら、超有名人の英雄(美女)が俺(おっさん)を見てモジモジしている
今、俺はギルドに併設された食堂にいる。
キラーボアという猪の魔物の肉を使った肉野菜炒めを食べるのが、毎晩の日課だからだ。
しかし……。
(じーっ……)
目の前に座った女戦士が俺を凝視してくるのだ。
顔見知りかって?
いや、知っているのは一方的に俺だけだろう。
なぜなら彼女はギルドでも超有名人。
名前はエルミリー。
傷一つ負わずに完膚無きまで魔物を叩きのめす姿から『完全無欠』とか『鉄の女』とか『冷徹の女神』とか様々なあだ名がつけられた。ただ彼女が完璧なのは戦歴だけではない。
ブロンドの長い髪に、透き通るような白い肌。そしてばっちりした大きな瞳と見た目も完璧なら、弱冠24歳にして、冒険者ランク『SSS』という経歴も完璧なのである。
近々町を出て、王都に引っ越すらしい。なんでも王国軍の将官に抜擢されるそうだ。
つまりこの町の英雄であり、彼女のことを知らないといえば、もぐりだ。
一方の俺は、マルコという名前のしがない武器屋。
いわば一般人さ。
今年で35になるが、師匠と呼べるドワーフのじいちゃんが亡くなってからは、彼の『シルヴォックの槌』を受け継いでコツコツと武器を作り続けている。
……と、言っても鉄や銅、時には木を素材とした武器しか作ったことはない。
この町には一つしか武器屋がないから、それでもどうにか暮らせるくらいは稼げているんだ。
さて、俺が肉野菜炒めをかきこんでいる間、彼女は視線を俺の頭に向けてくる。
ちらりと彼女に目をやると、慌てて視線をそらす。
そんなことを何度も繰り返していた。
たまにフェイントをかけて目を合わせれば、
(あっ……)
顔を真っ赤にしてモジモジしている。
明らかに何かを話したそうだ。
なぜだ……。
彼女の武器は王都から特注で届く。
俺が彼女に武器を売ったのは、彼女が駆け出しの頃だけだ。
つまりここ数年はまったく接点がない。
会話を交わしたことすらない。
もとい。数年前に一度だけある。
――これいくら?
――50ゴルだよ。
――じゃあ、いただくわ。100ゴルでいい?
――まいどあり。お釣りを取ってくるから、ここで待っていてくれ。
この四行だけなのだ……。
俺は気のせいと思いこみ、再び肉野菜炒めをかきこみはじめた。
しかし、
(じーっ……)
やっぱり俺を見ている。
なぜだ?
気になってしょうがない。
そこで思いきって話しかけることにしてみた。
「あ、あのー。俺になんか用か?」
「ふえっ!? あ、いや、そのー……。なんでもありませんっ!」
「もしかして……。肉野菜炒めを食べたいのか?」
「違います!! 付き合って欲しいだけです!!」
今回の会話もたった四行であったが、以前と比べれば、かなり濃いものであった。