7、俺が『主人公』だと思っていた親友が『男装女子』だった件について
俺は妹尾トモという男がどれほど素晴らしいのかを語りたかったのに、それはもう叶わぬ夢となってしまった。
あいつがどれほど完璧な男か滔々と語る準備があったのに、それらはすべて無駄になってしまった。
トモと俺との付き合いは約半年になる。
高校一年の冬に転校してきた俺の世話を、トモがやいてくれた。
高校二年の初夏である今まで、その流れでずっと付き合いが続いている。
「僕、男友達があんまりいなくってさ」
トモは言う。
たしかにその通りだ。
ただし、これは人数の問題じゃなくて、比率の問題。
トモの周囲には男がたくさんいるけれど、それ以上に女がたくさんいた。
トモはとにかくモテるうえに、嫌味なところがない。
姉、妹、幼なじみ。
委員長、生徒会長、先生。
先輩、同級生、後輩。
トモの周囲にいる女子はあまりに多くて、俺の目から見て、全員がトモに好意を抱いているように見えた。
もし俺がトモの立場だったら誰か一人ぐらいと絶対付き合ってると思うし、エロい妄想をしない自信もない。
だというのに、トモにはそういうところがない。
誰とでも平等で。
誰にだって均等で。
誰を相手にしたって公正。
もしこの世に『主人公』というものがいるなら、それはトモに違いないと思える。
しかも独りよがりな主人公ではない。
みんなの輪の中心に立ち、人に愛される主人公だ。
実際、『たくさんの、好意的なかわいい女の子に囲まれている』という男なら嫉妬、やっかみを隠せない状況にあるのに、男人気も低くない。
男の中には、
「妹尾ってなんか、妙にかわいいよな」
とかいう怪しい発言をするヤツまでいる。
……悲しいことに、気持ちはちょっとわかる。
妹尾トモは中性的な容姿をしていた。
髪は栗毛で襟足までの長さ。
目は茶色でクリッとしている。
背は低く、体つきは細い。
あと、妙に柔らかい。
筋力はある。
スポーツは万能と言って差し障りないし、腕相撲だっていつも俺が負けるぐらい腕力もある。
でも、手のひらが妙に柔らかい。
正直に告白すれば、ドキッとするぐらい、柔らかい。
転校前の高校と今通う高校とでカリキュラム進度にズレがあった俺は、トモに勉強を教わることも多かった。
利用者のほとんどいない図書館で向き合って勉強する時。対面にいるトモに教科書を差し出して『ここがわからないんだけど』と聞くと、あいつはテーブルに身を乗りだしてなって、長めの髪をかき上げながら、俺の教科書をのぞく。
そんな時に、ふと、色気を感じてしまう。
俺は男が好きだったのだろうか?
自分の性向に悩んだのは一夜や二夜ではなかったし、悩むあまり眠れない夜もあった。
徹夜明けで学校に行けばトモに心配されて、それでまたあいつのことを好きになりかける。
トモの周囲にかわいい子はあまりにも多いが、それら女の子をぶっちぎって、トモがかわいい。
この気持ちは友情だと思いたいけれど、友人を『かわいい』と思った経験が今まで一度もなくって、戸惑うばかりだ。
そんな気持ちを抱えたまま高校一年の冬から初春を終えて、無事に進級した。
高校二年生の春にはまたトモと同じクラスになれたことに歓喜し、決めかねていた部活動も『トモがいるから』という理由で決めて、『まるでストーカーだ』と自己嫌悪に陥って――
ゴールデンウィークが来て。
五月の初頭。少しだけ蒸し暑さを覚える晴れた日。
『なにをするでもなく部室に集まっていたところ、俺がトモの服にコーラをぶちまける』という事件があった。
トモは制服のシャツを着替えるために、体操着の置いてある教室へ向かった。
謝罪と、せめてシャツを洗うぐらいはコーラぶちまけた俺がやろうと思って、トモを追った。
夕暮れ時の校舎に人の気配はなかったが、長い廊下を歩いていれば、校庭で運動部が練習をしている音が聞こえてくる。
それから、吹奏楽部。
まだ合わせて練習をしていない彼らの奏でる楽器の音が、妙な旋律となって学校内を駆け巡っていた。
どこか、喧噪の遠い、異世界のような校舎の中。
夕日が差しこむ、照明も点けられていない教室で、俺は――
「……なんでお前、おっぱいがあるの?」
――思えば、初めて、トモの着替えをまともに見たことに気付いた。