5、『最強の美しさ』を持つ私は、今日も婚約を破棄し続けます
気付くまでにはずいぶんと長い時間を必要としたけれど、どうやら私は『世界一美しい』らしい。
連日とどけられる大量のプレゼント。
添えられた手紙には美しい文字で『結婚してほしい』『息子の嫁になってほしい』という内容が最大限希釈されて記されていた。
花も宝石も手紙の内容もゴテゴテと装飾だらけで、それは一瞬だけ楽しむにはよかったのだけれど、なんだか重くて、ずっと抱き続けたいものは一つもなかった。
『第四位』という位を持つ貴族の家に生まれた私は、いずれ誰かの花嫁になる。
貴族の家に生まれた長男や女にとって、結婚は義務だった。
知識ではそうわかっていても、鏡を見て、自分の姿をたしかめて、その自分の横に男性が立つ姿を、全然まったく、想像もできなかった。
自分で言うとイヤな感じなのだけれど、たしかに私は、美しい。
ハニーブロンドの髪がつややかだとか、顔立ちが整っているとか、背が高いとか、腰の位置が高くて引き締まっているとか、なにを着ても似合うだとか――
そういうのも、まあ、あるのは、あるけど。
人が私を美しいと評するのは希少価値によるところが大きい。
私の瞳は虹を宿した紫色で、『宝石眼』と呼ばれる希少品だった。
この強大な力を秘めた瞳は、力以外にも、どうやら『魔法学的価値』や『市場価値』まであるらしい。
たしかに自分で見ても綺麗で、角度によって瞳孔の色が七色に変化するところとか、紫の瞳をジッと見ていると自分でも変な気分になりそうなところとか、これまでいただいたどんな宝石よりも美しいし、どんな花束よりも鮮やかだと思う。
最高の瞳。
だから、私は、だんだんと、理解していってしまった。
私を褒め称える手紙は、どれも装飾過多で、なにが論旨なのか全然わからないようなものばかりだったけれど――
彼らの手紙をきゅっと一言にまとめるとこうなる。
『お前の目が欲しい』。
観賞用として。
あるいは、学術の資料として。
もしくは――おぞましくも、装飾品に加工する目的で。
私は私が『最強の美しさ』を持っていることに気付いてしまった。
そこから世界が私に求める役割は『人』でなく『女』でさえなく『貴族の娘』でもなく、『価値ある瞳を容れた宝石箱』であることにも、気付いてしまった。
だから私は、決めた。
貴族の女にとって、結婚は義務だ。
お父様とお母様には感謝しているし、愛しているし、彼らの持ってくる縁談を受けて恩返しをしたい気持ちもあるのだけれど……
「お父様、お母様、今回の縁談も、破棄させていただきます」
自室。
鏡の前で、一人きりで、つぶやく。
実際にお父様やお母様に、こんなにハッキリと告げることは、そうそうない。
こんな一言だけで縁談破棄ができたら、苦労はない。
だから今日も私は、あの手この手でどうにか縁談破棄をやっていく。
自立し、独り立ちし、結婚ではない方法で家に恩を返す準備ができるまで、そうして時間を稼ぐのだ。
私は世界一綺麗な宝石を宿した宝石箱だ。
多くの人が私の中の宝石を求めて婚約を申し出てくる。
でも、この鍵は簡単には渡さない。
さて、今回の『婚約者候補』は――