4、おやすみ前の物語
コンコン。
あなたがベッドに横になっていると――
遠慮がちな、ノックの音が、聞こえました。
あなたは、この場所で、孤児院を営んでいます。
時間は、もう、夜です。
子供たちはとっくに眠っているはずの、時間でした。
けれど、あなたは、知っています。
ときどき、眠れない子が、こうして、あなたの部屋をおとずれることを……
コンコン……。
さきほどよりも、ずっと弱々しいノックの音が、また、聞こえました。
このまま放っておけば、きっと、ノックの主は、いなくなってしまうでしょう。
あなたは一日の疲れでだるくなった体を起こしながら、「入っていいよ」と呼びかけます。
ドアはやっぱり遠慮がちに開かれ、ちょっとだけのスキマから、かわいらしい、黒くって、まんまるの瞳が、あなたをうかがっています。
あなたがもう一度、優しく、「入っていいよ」と呼びかければ、その子は今度こそ、部屋に入ってくるでしょう。
「入っていいよ」
呼びかけたあなたは、ようやく、夜中のノックの主を、その視界におさめることができます。
それは、あなたのお世話している子供の一人でした。
十歳ぐらいの(ただしい年齢は、あなたにもわかりません)女の子です。
種族は獣人で、垂れたモフモフのお耳と、丈の長いワンピース型パジャマの背中にのぞく、ふわふわした毛の生えた尻尾が特徴です。
彼女の名前は、デイジーです。
デイジーは、ずいぶん素早く後ろ手にドアを閉めると、上目づかいで、あなたをうかがっています。
「……あ、あの、一緒に、寝て、いいですか……?」
この申し出に、あなたは、つい、ほほえんでしまいます。
なぜって、デイジーが、ふだんは年下のめんどうをよくみるしっかり者で、人前では、こうやって甘えてくることがないと、知っているからです。
この孤児院には、彼女より年下の子たちもおおぜいいますから、彼女は、しっかりと『お姉さん』をしているのでした。
でも、デイジーが本当は甘えん坊なのを、あなたは知っています。
彼女がもっと小さなころは、それこそ、ずっと、あなたにべったりだったのです。
あなたは、あなたが今横になっているベッドを『ぽんぽん』と叩けば、デイジーが尻尾をちぎれんばかりに大きく振って、嬉しそうにそこに来ることを知っています。
ぽんぽん。
ベッドを叩いたあなたは、デイジーが遠慮がちにうつむいて、けれど尻尾では嬉しさをあらわにしながら、あなたの横にもぐりこむ姿を見ることができました。
真横に来たデイジーの体温は高くって、そのぬくもりをあなたは愛おしく思うでしょう。
柔らかでちっちゃな体を寄せて、すんすんとニオイをかぐように鼻を鳴らすデイジーの頭を、あなたは思わずなでてしまいます。
そうすると、デイジーは嬉しそうに目を細めて、されるがままになります。
しばらく、そうやっていましたが……
デイジーが、おずおずと、口を開きます。
「先生、あの、ごめんなさい。わたし、起こしちゃいましたか?」
あなたは首を横に振ります。
デイジーは、ほっとしたように、息をつきました。
「よかった。あ、あの、あの……えっと……眠れなくって。しばらく、いても、いいですか?」
あなたは、ほほえみます。
それが『いいよ』という意味だと伝わったのでしょう。
デイジーは、嬉しそうに、でも、恥ずかしそうに、あなたの胸に、顔をこすりつけました。
あなたは、デイジーのさらさらの黒い髪をなでます。
触った瞬間、デイジーはちょっとだけびっくりしたようです。
でも、すぐにあなたにされるがまま、身をまかせました。
しばらくそうしていると、あなたは、あなたの胸にかかる、静かで熱い吐息を感じるでしょう。
どうやら、デイジーは眠ってしまったようです。
あなたは少しだけ悩みます。
このまま、デイジーのぬくもりを感じつつ、自分も眠るか?
それとも、デイジーをお部屋に送り届けて、彼女のベッドに寝かせるか?
あなたはどちらを選んでもいいし、選ばず、このまま眠気に身をまかせても、いいのです。