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3、総当たりする死に戻り姫探偵と推理する助手オーク

「犯人はあなたよ!」

「違う! 俺はなにもしていない!」



 犯罪者ならみんなそう言うが、犯罪者でなくともみんなそう言う発言を残し、男性が兵士に引っ立てられていく。


 幾度となく見た光景だけれど、胸が痛む。

 いくら罪を犯したとはいえ、ああして無実を叫びながら、鎧姿で帯剣した兵士たちに連れ去られていく大人の姿には、もの悲しさを覚えずにはいられない。

 それがいかにも真面目に生きてきたという様子の人物ならば、『いかにまっとうに生きてきても、一歩間違えば自分もああなるのだ』という恐怖すら感じた。



 中央都市(セントラル)が『犯罪都市(クリミナル)』と陰で揶揄されるようになったのは、いつからだろう?


 少なくとも、『民族習合』がすんでからだと思う。



 人類――人間、エルフ、ドワーフなど。

 そして魔族、あるいは蛮族――コボルト、ラミア、そして、僕のような、オークなど。


 これらのあいだで長く続いていた戦争は、数々の不満を残しつつも終結した。

 互いに互いの領土を自由に(パスポートは必要で、その取得までには厳しい審査がいくつもあるのだけれど、公文書での表現上は『自由に』)行き来できるようになった。

『人類』『魔族・蛮族』という垣根は撤廃され、みな等しく『民』となり、それまで敵対していた相手のことは『隣人』と呼ぶべき、という風潮が醸成されつつあった。


 種族のトップ同士が取り決めた『世界平和』。

 ……けれどそれで、民間の不満、不和までが完全になくなるわけではない。

 特に様々な種族が入り交じる、この中央都市のような場所では、『ぎすぎす』を強く感じることが多い。


 そういったよどんだ空気のせいか、はたまた魔導ランプの街灯でも照らしきれない深い霧のせいか、中央都市では複雑怪奇な事件がよく起こる。

 治安騎士団ももちろん事件の予防、解決を怠っているわけではないのだけれど、手が足りない。



 そこで、中央都市では『探偵』が増殖した。



 僕を雇ってくださっている先生もまた『探偵』という職業であり、そして、多くの難事件を解決してきている――名探偵だ。



「……さて、どうなるかしら」



 先生は古びた木製の『テーブルに』腰かけ、犯人が連れ去られていった方向を見ていた。

 しかし、思うのだけれど……

 こうまで『場末の酒場』が似合わない探偵も、先生をおいて他にはいないだろう。


 先生は『探偵』という職業のイメージが持つ、『食い詰めていそう』『一山当てるのを狙っていそう』『ほかに名乗れる職業がないからとりあえず探偵と名乗っているだけっぽい』というような様子が、まったくない。


 まず、種族は人間。


 綺麗な髪をしている。

 長くツヤのある金髪は背中をすっかり隠していた。

 あれだけ美しい髪を維持するのには、手間とお金が必要なはずだ。


 先生は名探偵だからそれなりに仕事があるけれど、通常の探偵は食うや食わずの状況にいる者が少なくないので、やはり、綺麗で長くボリュームのある髪一つとったって、『探偵っぽくはない』だろう。


 そして、顔立ち。

 高貴なのだ。


 少しつり上がった碧い瞳。すっと通った鼻筋。

 肌は真っ白で、赤く薄い唇の端には、いつだって不敵な笑みが浮かんでいる。


 なにより、服装。

 探偵と言われれば多くの者が『粗末な服装の怪しい人物』を思い浮かべる。

 だけれど先生は常に美しいドレスを身にまとっていた。

『ドレスを着た名探偵』と言えば、それは先生のことを指すというほど、他に類を見ない服装なのである。


 今日だって足に深くスリットの入った、ボディラインにぴったり沿うような赤いドレスを着ている。

 体つきは細くしなやかで、もし僕の父や祖父が彼女の姿を見たならば、『あんないい女は襲わなければ失礼にあたる』と、いかにも古いオーク的な褒め言葉を告げるだろう。



「ゴズくん」



 場末の酒場。

 テーブルの上でなまめかしく足を組み替える先生に見とれていると、声をかけられる。


 周囲を見回せば、先ほどまでいた兵士たちも、ずらりと並べられていた『容疑者』たちも、この場からすっかり消え失せていた。

 僕の立場――探偵助手兼護衛役としてはまことに情けないことなのだけれど、先生の美しさに見惚れているうちに事件が起こり、先生の鮮やかさに心奪われているあいだに事件が進み、先生の推理に膝を打っているうちに事件が終わるということが、まことに多い。



「ゴズくん、君は、さっき連れて行かれた男が、本当に犯人だと思うかい?」

「先生の推理ですからね。間違いはないでしょう」

「……君は本当に、いつもいつも、それしか言わないなあ」



 先生は仕方なさそうに肩をすくめた。

 そして、コツコツと尻に敷いているテーブルを人差し指で叩き、



「今回の――『新装開店酒場を襲った毒入り酒事件』では、被害者が三十人、死者がうち一人、そして容疑者が二十九人いただろう?」

「はい。それを先生は見事に――」

「それはともかく、今回、私が披露した推理について、君なりに意見を述べてくれれば助かるのだけれど」



 先生は謙虚なので、見事犯人逮捕をした際には、いつでもこのように感想を求めてくる。

 美しく、賢く、謙虚な名探偵なのだ。



「そうですね……では、私見で僭越ですが……」

「頼む」

「今回逮捕された酒場店主が、事件を起こすメリットがハッキリ提示されていないのが気になりました」

「うむ。……新装開店した酒場の、主だ。毒入り酒が自分含む三十人に振る舞われ、うち一人が死亡する事件など、わざわざ新たに開いた自分の店で起こすメリットが思いつかなくてね」

「なので、『そうまでして被害者を殺したかった』という動機が存在せねばなりません。けれど、調査の結果、今回死亡した方と、犯人である酒場店主とのあいだに特に接点は見つかりませんでしたね」

「そうなんだ。膨大な日数、調査をしたが……」

「……三日ほどで解決なさったではないですか」

「まあ、君からは三日間に見えるだろうけれど、私にとっては膨大な時間だったんだ」

「なるほど」



 先生は有能なので、常人が一日かけてこなすことを、一瞬でやってしまう。

 その彼女からすれば三日など、僕にとっての三年にも等しい時間なのだろう。



「ゴズくん、話を戻すが、どうにも、被害者は『酒場店主の友人の友人の友人』ぐらいの関係性の者で、店主に被害者を殺害する動機があるとは考えにくい」

「はい。なので『突発的な衝動にかられての犯行』だという可能性も視野に入りますが、それだと、『毒を用意していた』意味がわからない。『偶然持っていた』場合もありますが、ひと昔前ならばともかく、現在、毒物の入手は困難になりつつあります。不可能とまでは言えませんが、それなりにコストがかかるはずですし、手もとに置いておくだけでも社会秩序への反抗とみなされ、逮捕される要因になりえます。持っていたとしても、まっとうな民ならば手放したくなるものなのではないかなと」

「うむ、そうだ」

「なので先生は、『持っていた毒を手放すために酒に混ぜてみなに飲ませたら、うっかり致死量を入れてしまい、そのせいで店主含む三十名が体調不良を起こし、うち一名が死亡するにいたった』『過失致死』の線で推理していらっしゃいましたよね?」

「……どうにか、そのようにね」

「戦争からまだそう年数が経っていない現代、『戦時中に家にあった毒物』を手放したければ、行政がやってくれますよね」

「そうなのだ」

「さらに言えば、いくら毒を手放したくとも、『新装開店祝いに客に振る舞う酒に入れる』なんていう危ないことをするより、そのへんの地面にでもこっそり流した方がいい。……まあ、別な問題が発生しますが、酒に混ぜるよりはバレにくい、という意味で」

「うむ。その通りなのだ」

「なにより――店主が持っているはずの、毒の容れ物、ないし、毒のあまりが、どこにもなかった」

「……うむ」

「しかしそれについて、先生は『凶器の毒物を持っていた形跡がないのは、店主が余った毒を瓶ごと飲み込んでいるからだ』と推理なさったではありませんか」

「君はそれを聞いてどう思った?」

「『その発想はなかった』と思いました」

「……」

「常人であれば決してしないであろう行動です。ですが、先生の『自分さえ被害者の一人に偽装する者なら、毒瓶の隠し場所を自分の体内にしても不思議はない』という言葉には、店主以外の全員が『なるほど、犯罪者の考えることはわからないしな』と納得していたではありませんか。僕も、その天才的な発想には脱帽しました。さすが先生です!」



 こうして僕が賞賛すると、先生はいつでも苦々しい顔をする。

 謙虚な彼女は、褒められることをあまり喜ばないのだ。

 しかし先生への賛辞は自然と口をついて出てしまうので、僕はいつでも気まずい思いをさせられる。



「……ま、まあ、先生、この事件は解決したことですし、次の現場に行きましょう」

「そ、そうだな……でも、やっぱりこの推理は間違っていた気がするんだ」

「そんなことありません! 先生の推理はいつでも正しかったじゃありませんか! 『オークだ』というだけで冤罪を着せられそうになっていた僕を助けてくださった時から、先生はずっと正しい推理をなさっています!」



 どれほど褒めても、先生は暗い顔をしたままだった。


 後日――

 正式に判決が降り、酒場店主は二十九名の被害者に対し多額の賠償金と、殺人、傷害の重さに準じた年数の懲役が言い渡されたらしいことを、『魔導水晶板』で知った。


 さらに後日。

 酒場店主は『自分はやっていない』という書き置きを残し、自殺をしたらしい。



「うーむ……たぶん、これじゃない、彼ではなかった……」



 先生は悩ましげにつぶやき――さらに、さらに、後日。



「よし、やり直そう」



 そう言うや否や、自殺してしまった。





 奇っ怪な事件が探偵事務所にとどいたのは、とあるうららかな昼下がりのことだ。

 どうにもそれは『新装開店酒場を襲った毒入り酒事件』と題される、被害者三十名、死亡者うち一名、容疑者二十九名の大規模事件らしい。


 様々な人種が入り交じる複雑怪奇なこの事件を先生のところに持ってきた治安騎士団の判断は正しい。


 なにせ、先生は名探偵だ。

 一度だって推理を外したことがない。


 ……でも、なぜだろう。

 普段の僕ならば、難事件を華麗に解決する先生の姿を想像し、胸がわきたつのだけれど……



 なんかこの事件、既視感がある。

 初めて挑む事件のはずなのに、おかしいな?

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