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この世は優しくて甘い   作者: ニケ
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心の奥に沈められた想いが温かい優しさに触れてするりと口から出ていく。恥ずかしいとも悲しいとも思わず、ただふわりと外へ零れ落ちて深い夜の闇へと飛び立っていくようだ。言葉は目には見えないけれど、もしこの言葉たちに形があるとすれば、丸く淡いぼんやりとしたものに小さな翼が生えて、広い広い夜空へと羽ばたいて行っただろう。



「忘れられない姿があるんです。父の。あの頃はまだ母が家にいて」



「おう」



レイの両親はレイが中学校を卒業して、ほどなく高校生活が始まった時期に別々の道を歩み出した。母親はいつの間にか去っていて、父親はあまり家に帰らなくなった。家族三人で暮らした一軒家は、にこやかな顔をした男たちが何度も訪れ、やがて売家となった。小さな頃ピクニックと称して弁当を広げたささやかな庭も、探検すると言って潜り込んだ屋根裏も今では他の人のものとなっている。



時が経つのは早い。家族で住んでいた一軒家は小宮シティから電車で行ける距離なのに、まるで何万光年も離れた地球と小惑星のように果てしなく遠く、昔よく利用した駅を通り過ぎただけで胸がジリジリと痛む。それでも星空の下で繋がっていると思えば、少しは寂しさも紛れる。絶妙なタイミングでリュウガが相づちを打つもんだから、悲しい思い出もなんとなく美しい思い出として話せているような気がした。



「両親の離婚の原因って、ぶっちゃけ母の浮気だったんですよ。俺が小学生くらいかな。父の仕事が忙しくなって」



「うん」



「いつも休みは家族と過ごしていたのに、会社からの呼び出しが多くなって。約束していたキャンプや映画や、買い物とか。行けないことが続いて」



レイは夜空に向かって大きく息を吐いた。勢いのあった白い息はあっという間に外の空気へ溶け込んでいく。何度強く息を吐いても同じように跡形もなく消えていった。



「ただ広いだけの家がどんどん豪華になっていったんです。見たこともないソファーや絵画、大きなテレビ。母の服装も綺麗で洗練されたものに変わっていって。家の中でもイヤリングやネックレスを身に付けていたな」



毎週のように母親と買い物に行った。きらびやかで上品なお店やキラキラ光る不思議な石がたくさん並んでいるお店。母親は商品を見ながら店員と話し、たくさんの紙袋をレイに渡してきた。



「母が笑うのは買い物をしている時だけでした。俺といても楽しくなさそうで。本当は父と一緒にいたかったんだと思います」



「うーん」



「寂しかったんでしょうね、母も。一人の女性ですし。俺、父がいないから母を守らなきゃって、そればっか考えてました」



父親のいない時間が長くなればなるほど母親は外へと買い物へ出掛けていく。やがて一人でも外へ遊びに行き、夜遅くまで帰ってこない日がだんだんと増えていった。



「お手伝いさんが帰りを待っていて、俺と入れ違いに帰っていく。母はどこに行ったかわからなくて。父に言った方がいいのか迷いましたが、なぜか、言えませんでした」



「んー」



「言ったら、きっと、傷つくだろうなって。父はたまに帰って来て、嬉しそうに仕事の話をしていましたから」



子供のように顔を綻ばせて幸せそうに話す父親に母親の現状を話そうとは思わなかった。母親もそんな父親を傷つけたくないのか、父親が帰ってくる日はいつも家にいて、よく家族で過ごした幼い日々の母親になってコロコロと笑っていた。幸せで穏やかな時間があっという間に戻ってきた。



「だからこれでいいかって思っていたんです。母も苦しいだろうから、黙っておこうと思って。でも、不思議ですね。本当の姿っていつかわかる時がくるんですね」



「ん。。。」



「母が他の男の人と付き合っているのがわかって。どういう経緯で知ったのか話してくれなかったけど。それから喧嘩が増えて」



「うん」



「毎日が嵐のようでした。学校から帰ってくると外まで声が響いてましたもん。近所の人たちが気を使って家にしばらく置いてくれたり」



当時のことを思い出そうとしてもうまく頭に浮かんでこない。とにかく知らない人の家を転々として、馴染みのない部屋にあったテレビの映像をぼんやりと長い間見ていた気がする。目の前の机に置かれるものがお茶だったり紅茶だったりして、飲んだのかすらも記憶がおぼつかなかった。



「母がいなくなって父は変わりました。表情や動作は相変わらずだったけど、なんか中身が。うまく言葉では言えませんが、こう、固くなったっていうか。緩みがなくなったって言うんでしょうか」



「ほうほう」



レイは下を向いて急に押し黙った。ふっと暗くなった後ろをリュウガは背中で感じつつ静かに歩みを止める。前を行くリュウガが止まったので、レイも釣られて歩くのをやめた。



「忘れられない姿があります、隊長。学校から帰ってきて、前のように喧嘩の声が聞こえないからすごく嬉しくて玄関を開けたんです。いつも通り大きな鏡があって、綺麗な花が飾っていて」



「うん」



「リビングからはテレビの声が聞こえてきて、やっと嵐は終わったんだって思った。また昔のように家族みんなで笑って過ごせるんだと思っていた」



「うん」



レイは勢いよく顔を上げた。息を大きく吸って力の限り空に向かって吐いた。視界にはスーパー銭湯でぼんやり見つめた夜空がどこまでも続いている。空は広い。どこでもどこまでも続いている。



「うなだれた父の背中なんて初めて見ました。明るい夕方なのに、父の周りだけすごく寒い。冷たい。暗いんです。周りが」



「。。。。」



「寂しかったんです。家族のために仕事に夢中になって。仕事が好きで楽しそうに話していたんじゃない。家族と一緒に過ごせることが嬉しくて、幸せそうに笑っていたんです」



「。。。うん」



「俺、その時、初めてわかって。遅かった。ちゃんと母のこと話せばよかった。父の感じていた幸せを母に伝えればよかった。寂しさを抱えていた母を父に話せばよかった」



寂しそうにうなだれた父の背中を今でもはっきりと覚えている。他の記憶は曖昧でよく覚えていないのに、明るい光が差し込む窓辺で父親は何も言わずに一人椅子に座っていた。家族三人で楽しく笑い合ったテーブルだ。父親はいつもその椅子に座っていた。



「俺は、父を幸せにしたい。寂しそうに座る父に、一人じゃないって伝えたい。俺は居なくならないって、いつでもそばにいるって。だから、俺は」



「うん」



今でも父親は一人で戦っているような気がする。大切なもののために一生懸命になる父親だから。不器用でがむしゃらで大切なものをほったらかしにするような父親だから、今も一人で無理をして、寂しそうにうなだれているんじゃないだろうか。



「強くなりたいって、どんな環境でもしっかり生きていける存在になりたかった。寂しそうにうなだれたあの背中を、守れるような強い人間になりたかったんだ」



立ち止まった背中が父親の背中と重なる。リュウガはレイの言葉に、うんと小さく頷いて振り向きもせず前を見つめていた。

書きましたー!泣いたー!泣いたー!ふう。。。いつもありがとうございます(*^^*)!愛だー!!どうぞお読みください♪

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