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大人一人乗れるくらいの大きな板になったビニールを抱えながらリュウガとレイは温水プールがあるという奥へと歩みを進めた。温泉施設と言っても利用客は水着を着ており、さながら巨大なリゾート施設のようだ。これで入場料がお手頃価格なので、人気があるのも頷ける。
「ルカさんが言っていたプラネタリウムの部屋も行ってみたいです」
「ほうほう。んじゃ、温水プールを楽しんでから行こうかー」
奥へ行くほどに利用客が減っていく。リュウガおすすめの温水プールはあまり人気がないのかなと思いながら軽い足取りに着いていくと、トンネルのような暗いドームが見えてきた。近づくにつれてどんどん暗くなっていく。大浴場の昭明と比べて、数が少ない照明が小さな光を放つ星のようにぽつぽつと輝いていた。
「ここからこのビニール板に乗って行くよー。ささ、準備して」
「へ?」
ぼんやり光る看板に、ここから温水プールですと光る文字が浮き上がっている。強く光るわけでもなく注意を促すわけでもない、ただぼんやりとした淡い光になんだかやる気のなさを感じて、レイは思わず口元が緩んだ。このくらいのゆるい感じが心地よい。賑やかで明るかった大浴場もそれはそれで元気が出たけれど、この薄暗いのんびりとした温水プールも良い。
「準備ってなんですか?わ!それに乗って?」
リュウガは温水プールの入り口と書かれた看板のすぐそばにある、ほどよい温度の水面に大きなビニール板を浮かべてその上に自分の体をゆっくりと乗せた。仰向けに寝転がって気持ち良さそうににんまりと笑っている。
「レイもおいで~~」
のんびりとした声が温水プールの流れに沿って遠くに離れていった。想像とは違って川のように伸びている不思議なプールだ。慌てて持っていたビニール板を温かい水面に乗せて体を思いっきり乗せてみると、バランスを崩して足がプールに勢いよく入ってしまった。緩やかな流れに身を任せたリュウガは、先へ進んでしまってもう見えない。
「なんなんだ、このプールは。それにこの天井。ジャングルの中にいるみたいだ」
案外底が浅いプールに足を着けて立ち上がるともう一度ビニール板に自分の体を慎重に乗せた。ひっくり返るかと思いきや、見た目以上に浮く力が強いらしい。レイが何とかビニール板に乗って足が離れると、水の緩やかな流れに従ってゆっくりと押し流されていく。少し体を大きく動かして体制を整えてもビニール板はビクともしなかった。
「何だろう。。。この流されてる感じ。。。」
リュウガのように寝転がる気分になれず慣れない状態のまま何もすることがないので、目の前の視界に展開されていく風景をぼんやりと見つめてみた。一面を覆う木々の映像が両側からゆっくりと通り過ぎていき、よく見ると所々ふんわりと揺れている。重なった緑の隙間から美しい青と輝く光がチラチラと目の中に飛び込んできた。
力を入れてもビニール板は崩れない。川のように流れる温水プールのスピードもそんなに速くない。よく見るとプールを囲むドームはすべてスクリーンになっていて、木々や飛んでいる鳥たちは映し出されている映像のようだった。今は森の中らしい。
「面白いなぁ。こんなお風呂あるんだ。。。」
鳥たちの軽やかな鳴き声や風がなびいて木々を揺らす音もどこからともなく聞こえてくる。どんな仕組みになっているのかわからないけれど、だんだんこの温水プールがこういった映像と共に流れていくものだとわかってきて、座っていた体をゆっくりとビニール板に横たわらせてみた。
水の上にプカプカと浮いている独特の感触。何もしなくても心地よいペースで進んでいく水の流れ。寝転んだ視線の先には綺麗な緑と光が穏やかに広がっている。
やがて緑の木々が少なくなっていき、はっきりとした青空の色が次第に淡くなっていった。薄い水色になったかと思ったら藍色の深い濃い色に変わっていく。視界の大半を占めていた木々や飛び回っていた鳥たちも姿を消して藍色の色彩を背景に不思議な星たちがゆっくりと輝きだした。
月がレイの右上にある。月の光に照らされて星の大群が辺りをぐるりと囲みだす。青々とした美しい緑の木々が影のように寄り添って視界に広がる星の大群は群れを成すように静かに動き出した。
どこまでも広がる星たちの世界。優しい光を放つ月。地面のそばで静かに揺れてそっと見守っている影の木々。暗闇の静かな時間。レイは何も考えず、ただ目の前にある星たちの世界を見つめた。
辺りがぼんやりと明るくなる。先ほどの暗闇から少しずつ光が強さを増していき、藍色と光が混ざりあって仄かな紫色の柔らかい世界が広がった。そのまま見上げていると映像が消えていき、機械的な天井が視界の中に入ってくる。流れていたビニール板の速度ものろのろと遅くなり、やがて静かに止まった。
ビニール板から体を起こして周りを見渡してみると、ほどよい距離にリュウガがいて体をほぐすようにストレッチをしていた。
「レイ、どうだった?気持ちよかったら、あの通路を歩いていくと良いよ。また乗れるから」
「温水プールってこれですか?」
「うーん、プールはプールであっちに大きいのがあるんだけどね。みんなは川の温水プールって呼んでるよ」
不思議なプールだった。プールと言っていいのかわからないが、とても心地よかった。正直に気持ちを打ち明けると、珍しくリュウガは静かに優しく笑った。
「あー、もうすぐ3時かー。そろそろ戻らないと。レイも休んでおかないと明日が辛いねー」
「え?そんなに時間が経っていたんですか!?早いなぁ。それにお客さんがたくさんいて、とても夜中の3時には見えませんよ」
温水プールの終着点はビーチのように明るくゆったり寛げるオープンカフェになっていた。コーヒーや牛乳を片手にそれぞれの場所で思い思いに時間を自由に過ごしている。幻想的な世界からいつの間にか見慣れた風景に戻ってきたかのようだ。
「もらった金ぴかカードで牛乳をもらえるよ。せっかくだからもらって帰ろう」
リュウガがビニール板から空気を抜いていきクルクルに丸めて小さくしている。レイも同じように空気栓の穴を開けビニール板を丁寧に折り曲げていった。膨らますのは結構大変だったのに、片付ける時はあっという間に小さくなる。リュウガはレイからビニールを受け取ると二人分をバックに入れて、出店のような受付に歩いていく。リュウガも金ぴかのカードを持っているようで少し離れたレイにもカードを見せるよう促した。
「牛乳お二人ですね。温かいものと冷たいものとありますが」
「俺は温かい方がいいなぁ。レイは?」
「温かい方!?俺も温かいものをお願いします」
リュウガのことだからきっと冷たいものを選ぶだろうと思っていたレイは訝しげにリュウガを見た。繊細なんだよねーと胡散臭い笑みを浮かべるリュウガに何も言うまいと気を取り直して受付に注文する。わざとらしい。レイの視線を気にせずリュウガは受け取った牛乳をレイにも手渡してのんびりと出口の方へ歩いていく。道を知らないレイはその後に続いていった。
「プラネタリウム見せたかったなぁ。今日の川の温水プール、流れがゆったりだったから今度ね」
「え?いつも同じじゃないんですか?」
毎回あんな風じゃないのか。てっきり同じ映像が繰り返し映し出されると思っていたレイは驚いたように後ろを振り返って流れてきた川の映像を思い浮かべた。
「温水プールの担当者が毎日好きなように変えてるんだよー。流れの速さも好きなように。だから、どんな映像が見れるかはお楽しみなのさー」
「へー!凄いですね!じゃあ、また来ようかな。。。」
かなり凝っている。オーナーに限らず従業員もよほどお風呂が好きなようだ。ほとんどの利用客が大きなサイズのビニール板を持っている。きっとあの映像を見てここにたどり着き、明るい場所でゆったりと寛いでいるのだろう。柔らかい笑みを浮かべていたレイの隣でリュウガは美味しそうに牛乳を飲んでいる。出口に向かって歩いていると、リュウガのポケットから聞き慣れた着信音が流れてきた。
書きましたー!ダヴィンチコードにハマっております!すごく面白くてこの端的でわかりやすい文章なのに読んでいると風景が浮かんでくるすごい文章だなぁ!ってワクワクしています。謎解き謎解き♪いつも読んでくださってありがとうございます(*^^*)!




