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小宮シティの薄暗い照明が所々にエントランスを照らし、嬉しそうにやってきたルカを優しく出迎えた。出掛けた時よりもスッキリした顔で二人に笑いかけ、穏やかな目で見つめている。
「これからお風呂?隊長、一段落ですか?」
「おうおう。真面目なレイくんに楽しい遊びを教えるだよ。分かち合いさ~」
「あはは!」
レイに話しかけた後リュウガに調査の進み具合を聞いたルカはリュウガの答えに思わず明るく顔を綻ばせた。隣にいたレイに、いってらっしゃいと明るく言うとまだ閉じていないエレベーターへ行こうと歩き出す。じわじわと溢れてくる感じたくない痛みに気を取られて、レイはぼんやりとしている。そんなレイを気にすることなくルカは明るく話しかけた。
「あ、そうだ。レイ、俺のおすすめはプラネタリウムだよ。温かいお風呂に入って、クールダウンに寝っころがるの。やってみてね」
「え?プラネタリウム?スーパー銭湯にあるんですか?」
応えるようにルカは楽しそうに笑いじっとレイを見つめた。その笑顔がだんだん消えていき不思議そうに首を傾げている。どうしたのかなと思って思わず目を反らすと、すぐそばで小さな息のような微かな音が聞こえた。
「隊長。。。レイ、元気ないです。やっぱり無理しちゃったのかも。。。」
「でしょ?でしょ?俺もそう思ったんだー。だから、とっておきのお風呂に連れていこうと思って」
ルカの心配そうな声にリュウガは大きく頷くと持っていたバックからビニールのようなものをちらりとルカに見せた。ルカは安心したように、大丈夫ですねと嬉しそうに笑った。
「明日は忙しくなるから、ゆっくり休んでね。コウも今頃布団のなかでぬくぬくしてるから」
「はい」
優しい顔のまま嬉しそうに頷くとルカはエレベーターへ歩いていく。何も言えずボーッとしていたレイは慌てて声をかけようとしたが、ルカには届かずタイミングを逃した手がブラブラと目の前で揺れた。リュウガは取り出したビニールをバックに閉まってのんびりと見守っている。
「俺、そんなに落ち込んだ顔してます?」
「ほほほ」
あまり心配させたくないし、できれば自分の感情は自分で決着をつけたい。誰の手も借りずに誰にも気づかれることもなく。心の中に湧き起こった苦しいほどの不思議な痛みを感じていると、隣にいたリュウガは楽しそうな足取りで小宮シティの玄関を出ていく。自分の気持ちとは正反対のリズミカルな動きに何とも言えない脱力感を抱えレイは後を追った。
真夜中の肌寒い空気が玄関から一気に吹き付けてくる。顔や指先で冬の冷たい痛みを感じると急に頭がクリアになっていって妙に冷静になった。そういえばこんなに感情的になる自分は珍しい。成果を上げたり役に立つ存在だと知らしめることばかり考えていたのに。いつも通り楽しく前を歩く背中をレイはぼんやりと見つめた。
家族連れや仕事帰りのサラリーマンに人気のスーパー銭湯は小宮シティからほどよい場所にある。今までの銭湯とはイメージが異なり、大きなプールのような大浴場から一人の時間を楽しめる個室まで様々なお風呂が用意されていた。初めて来たレイは豊富なお風呂の種類と数に圧されてポカンとしていたが、リュウガは迷うことなく突き進む。夜中だと言うのに利用客は多く、色っぽい女や体格のいい男が横を通り抜けていく。想像以上の利用客に気を取られ思わず興味を引かれて見ていると、不意に筋肉ムキムキの背の高い男と目が合い上からじっと睨まれた。
「。。え?。。え!?」
目を反らすタイミングを逃してしまいどうすればいいかわからない。口から戸惑いの声が情けないほどはっきり聞こえてくる。どうしようもなくてただ見つめ返していると、急に男はレイに片目を閉じて、うふ♪と嬉しそうに笑い、何事もなく去っていった。
「。。!?。。!!??」
「あーもー、レイ。何ボーッとしてるの。ここ広いから、はぐれちゃうよー」
いつの間にかリュウガがそばにいる。強い力で背中を押され体がバランスを崩し転びそうになった。咄嗟に足を踏みしめ、こういう時は手を引いてくれるものだろう!と突っ込みたくなったが、27にもなって上司に手を引いてもらう自分を想像してげんなりした気持ちになる。出そうになった文句を何とか飲み込んで背中を押すリュウガを振り返ると、当の本人は気にすることもなく知らない人たちに向かって楽しそうに手を振っていた。
「おや、リュウガちゃん。今日は一人じゃないんだね」
「そうなのよー。寂しい想いを抱えたウサギさんを一緒に連れてきちゃった!ほら、寂しそうでしょー」
「誰がウサギですか!!」
知らない人たちから、穏やかなまなざしを受けてなんだか生温い空気が漂う。ここに来られて良かったねぇと爽やかに微笑まれレイはどう反応していいのかわからなくなった。
「寂しさはどうしようもないよねぇ。ほら、これあげるから元気出して。美味しい牛乳が飲めるよ」
レイの目の前にキラキラ光る名刺くらいのカードが差し出された。わけもわからずカードを見ていると何か期待を込めた目で見られ、周りにいる穏やかな目が一層細められた。受け取らなければならない気がする!リュウガを見るとうんうんと大きく頷き、良かったなぁと呟いている。
「え、あ、ありがとうございます」
「そうそう。寂しいウサギちゃんにはあったかい愛だよねぇ。そのカード見せたら特典があるからね。来るたびに見せるといいよ」
レイが金ぴかのカードを受け取る姿を見届けて、周りに集まっていた見知らぬ人たちはそれぞれの好きな場所へゆったりと歩いていく。まるで渡り鳥が次の場所へ飛び立つように優雅に去っていく背中を見つめながら、レイは隣でウキウキとビニールを膨らませるリュウガに、どういうことですか?と聞いてみた。
「ここはさー、真夜中でも開いてるじゃない?24時間営業だから当たり前だけど。でね、悩みを抱えた人たちが気晴らしにやってくるんだわぁ」
「お風呂にですか?」
「そうそう」
持ってきたビニールが膨らんで徐々に形が見えてきた。水の上でも寝転がれるかなり大きいサイズらしい。リュウガはバックからもう一つビニールを取り出しレイに空気を入れるよう促した。なんとなく話の続きが気になって受け取ったレイはリュウガの隣でビニールに空気を入れていく。二人のそばを今度は10代くらいの金髪のグループが通りすぎていった。
「ここのオーナーはとても面白い人でね。若い頃からいっぱい悩んで。悩んで悩んで悩みすぎて気が休まらなかったんだって。んで、唯一心がほっと楽になったのはお風呂だったんだってさ」
リュウガが大きく息を吸ってビニールに空気を入れると弱々だったビニールの表面がピン!と強く弾いた。空気を入れる穴をしっかり閉めるとリュウガは満足そうに笑って片手にビニールを持ち上げる。準備ができたと言わんばかりのリュウガにレイは慌てて勢いよくビニールに空気を入れていった。
「ゆっくりいいよー。それでね、とにかく自分はお風呂を作りたい。悩んでいる人には心が安らぐようなプレゼントを贈りたいって言ってこのスーパー銭湯を作ったんだって。ここに来れば一人で悩むより明るくていいだろうからって」
「。。。。」
「銭湯だけどさー、いろんな人がいるんだよ。一人でお風呂を楽しみたい人、大勢で一緒に入りたい人。美容のために来る人もいるよね」
持ち上げたビニールをポンと軽く天井に向かって投げて弾力を確認してから横に置き、軽くストレッチをするように腕を伸ばした。天井にはほどよく光る照明がたくさん設置されていて大きなスーパー銭湯を明るく照らしている。
「でも真夜中ここに来る人って結構悩んでいる人が多いんだわぁ。この時間帯で明るいところって周りに少ないし。だからかもしれないけど、寂しいとか悲しいとか聞くと、みんな何かを与えたがるんだよ」
リュウガの話を聞きながらレイは何とかビニールに空気を入れ続けた。先ほどそばを通りすぎた若者たちが大浴場でのんびりとお風呂を楽しむ老人たちと話をしている。髪の毛を触ったり背中を流したりなんだか楽しそうだ。
「何かを与えると顔が明るくなるんだよね。んで、明るいところが好きになって悩みが少し軽くなる。今まで思い付かなかった、いろんな考えや世界を感じられる」
空気を入れたビニールがしっかりと形になって、抑えても跳ね返るくらいの弾力を持った。もう少しリュウガの話を聞きたいと思ったレイは真面目な顔をしてリュウガを見つめる。視線を受け止めながらリュウガは穏やかに笑って、この先の温水プールへ行こうと歩き出した。
悩みました~~!書けなくなってすごくこんな苦しいんだー!んで、こんなに苦しいのに楽しいんだなー!と新しい発見です!自分の物語を書けるってこんなに幸せなんだ。。。とすごく感動して幸せ~~な気持ちになりました。ありがとうございます!心の中にある妄想や海のような深いものを物語として存分に書けるようになりたいなぁと改めて思いました。いつもありがとうございます(*^^*)出会えて幸せです。




