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この世は優しくて甘い   作者: ニケ
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優しいミカンを食べ終わるとこたつの中で思いっきり足を伸ばしてみた。リュウガはスマホを見ながら、げ、と嫌そうな顔をしたが、ルカがとても気持ち良さそうに寛いでいるので、釣られて優しい表情になる。のんびりとこたつの温かさを楽しんでいたルカの隣でまたリュウガは、はぁとため息をついて顔を伏せた。伏したリュウガをルカは不思議そうに見つめている。



「お待たせ~~。隊長のカフェオレと、ルカのホットミルク。んで、僕のココア~~」



「ありがとう」



お盆から3つのカップをこたつの上に置いて、一緒に持ってきた大きなお皿も乗せている。ガラスの透明な皿の上に綺麗に切り分けられたイチゴやリンゴが添えられていた。



「生チョコ&フレッシュなフルーツの盛り合わせ。。。って隊長、何してるの?」



「。。。おー。。。」



明るい声に勢いよく頭を動かしたが、顔の向きを変えただけでまだ伏している。くぐもったか弱い声だけにルカも心配になって様子を見てみた。リュウガは腕の中で、あー、だの、うー、だの言っている。



「もしかして、隊長、今度の飲み会のことで悩んでるの?問答無用の強制参加だってね。あれねー、新しい社長さんの試みみたいだよ」



「強制?」



珍しい提案にルカはコウの方を見る。会社の中で存在感がまるでないに等しい書籍部でも、飲み会や新年会の誘いは来る。時には文書で、時にはメールで。開催のお知らせにはいつも、いつでも気軽に参加してくださいと優しく添えられていた。今回のように強制に参加を集うのは初めてだ。リュウガのスマホには、同期から絶対来い、とからかい半分のメールが届いているらしい。またメールが届いたようで軽い音楽がなり、スマホがぼんやりと光っている。コウはお構い無しにルカの問いに答えた。



「そう。びっくりでしょ?新しい社長さん、体育会系でさー、社内でもすんごく混乱してるって」



「やっぱりなぁ。。」



小さな声で、うーうー唸っていたリュウガがまた顔の向きを変えて、嫌だ嫌だと呟いている。機嫌が悪いリュウガはごねた子供のようになる。ダラダラと無駄に悪態をつき、しばらく動かない。コウは肩をすかせてゆっくりとこたつに自分の足を入れて、もう覚悟決めなよ、とリュウガの方見た。冷たいコウの足がルカの足と当たってなんだかくすぐったい。



「嫌だー、俺、気分が乗らない。嫌だー」



「もう」



「前の社長は黙認してくれてたのに。。気分の乗らない飲み会やイベントなんて無理に来なくていい。社員が心から楽しめなくちゃ、イベントする意味がないからってさぁ」



「いい人だったよねぇ」



コウは拗ねた子供をあやすようにリュウガの頭を撫でながら目を細めた。コウは高校を卒業してすぐこの小宮シティに就職したので前の社長にも会ったことがあるらしい。とても人を喜ばせるのが好きな人で、その精神は自然と社員の中にも広がっていった。小宮シティは他の会社よりも飲み会の行事が多いし、節目節目には社員の門出をみんなで祝う、という意識が根強く残っている。コウが就職した3年後に長年の持病を悪化させ、残念ながら会長職に退いてしまった。



「ルカは会ったことないんだっけ?ほんと、お地蔵さまをもっと優しくした感じの人だったよー。もう、あったか~いおじいちゃんって感じだった」



「わぁ!会いたかったなぁ」



ルカは大学卒業後、小宮シティに就職した。それぞれの部署へ配属される前の合同説明会や入社式では、新しい現社長が挨拶スピーチをしたので、前社長には会ったことがない。コウから現社長について聞かれたので、自分の思ったことをそのまま伝える。



「うーん、確かにすごくハツラツとしてたよ。爽やかで、ハキハキした感じの」



「そーゆー奴が、いろいろとめんどいんだよ!!」



さっきまで伏してダラダラしていたリュウガが勢いよく顔をあげて鬼の形相をしながらルカを見た。手を強く握りしめてこたつを軽く叩いている。コウはため息をつきながら、さりげなくカフェオレを薦めた。目の前に大好きなカフェオレが来たので鬼の口元がゆっくりと緩んでいく。まずはカフェオレを飲んでから自分の意見を言うつもりらしい。今のうちに自分も飲んでいようと温かいホットミルクに手を伸ばす。コウも静かにココアを飲んでいた。



「ああ、上手いなぁ。。。脳に染み渡るよ。。。でだな、そういう爽やかで、なんでも真っ直ぐ育ってきました的な奴ほどめんどくさいんだよ」



「めんどくさい?」



「まあ、自分の意見を押し付けがちだよねぇ。。。」



コウも思い当たることがあるようで、リュウガの力説に、うんうんと何やら納得している。育ってきた環境から体育会系のような人たちとは縁がなかったルカは、そういうものかと二人の意見に耳を傾けた。



「だいたい、飲み会って気心知れた人たちと飲むから楽しいんだよね。僕、接待としての飲み会、嫌だなぁ」



「だな。今回の飲み会は、その予感がものすごくするんだよ」



「接待ですか?」



営業でもないのに接待するのか。同じ会社の人たちに接待するのか。ルカの頭にはいろんな疑問が溢れてきて、二人に聞いてみると、それが付き合いだと答えが返ってくる。同じ働く仲間に気を使って、それで何か良いことがあるのだろうか。



「そもそも、気を使わないとうまくいかないって、仲間としてどうなんですか?それなのに、一緒に飲み会するんですか?」



「そこそこ、違和感はそこなのよ」



「ねー」



二人とも気分が乗らない理由はそれらしい。美味しそうなイチゴに手を伸ばしながらコウは不満そうに口をとがらせる。新鮮なイチゴを一口頬張ると気分も明るくなったようで軽く息を吐きながらルカを見た。



「繋がりってさ、無理に作ることないと思わない?強制されて集まっても、心から行きたいって思わなきゃ楽しくないよ。それに、自分もそう思うなら、相手もそう思って集まってくるんでしょ」



「うん」



「僕、嫌だよ。心から行きたいって思わないのに来られるの。嫌々集まって、一緒に同じ時間を過ごしましょうって。楽しめるわけないもの」



相手も嫌な想いをしてやってくる。想像してみるとルカも気が重くなってきた。嫌々ながら来た者同士で酒を飲む。考えただけでつまらない飲み会になりそうだ。リュウガのスマホがルカの予感に答えるかのように、また軽やかな音を立てた。



「それにしても、隊長のスマホ、すごく鳴ってますよ。みんな隊長に会いたいんじゃないですか?」



「会いたいんじゃない。全力でからかってるんだ」



「全力?」



それは愛されているってことなんじゃないか。ルカは心が軽くなり、リュウガにスマホを見るよう薦めた。強制参加なら自分の同期たちにも会えるかもしれない。最も同じ同期として小宮シティに入社した人数は120人だが、顔見知りや同じ大学だった社員もいる。みんな入社して8年目で、中には役職に就いたり部下を持ったりと忙しく、なんだかんだ会う機会を逃していた。



「そうそう、隊長の同期ってどんな人たちなの?」



嫌そうにスマホをいじっているリュウガにコウは興味津々で聞いている。渋い顔をしてゆっくりと口を開いた。



「地上の人種」



「?なにそれ?」



「地上だ。地上の人種だ。あいつらは、いろいろとぶっ飛んでるんだ。あいつらと飲むと、俺の胃が持たん。可哀想すぎて穴が開く」



「。。。え?。。。」



同期からのメールに短い返事を送って、リュウガはこたつの上に伏してしまった。コウとルカの頭のなかにたくさんのハテナが襲ってきたが、リュウガはもう答える気がないようで、また子供のようにくぐもった声で悪態をついた。


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