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この世は優しくて甘い   作者: ニケ
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地下に続くエレベーターの中で今日はいろんなことがあったなと振り返った。何も話さなくなったレイにルカは静かに優しく寄り添っている。ルカの存在がレイにとって大きな安心感に繋がっていた。心が穏やかになる存在がそばにいる。コバヤシも学生の頃からそばにいてくれていたのに、今まで全く気づけなかった。そのままでいいんだ、ぶつかっていいんだという安心感、受け入れてもらえる優しさに包まれていたのに、全くわからなかった。



古びた寂しい通路を歩く。配属された当初はひどく悲しく苦しい場所だった。毎日ここを通るのが苦痛だった。暗くてやたらジメジメして、電気も少なくいろんなものが痛んでいる。でも、この通路を抜けた先の書籍部が豊かで優しく、面白い場所だとわかった今、自然と心が弾んでいく。書籍部までの道のりがとてもワクワクしたものに変わった。



「勿体ないな。こんなに楽しくて豊かなものが先に待っているのに。俺、自分のことばっかで全然わかってなかった」



答えを求めるわけでもなく、ただなんとなく自分の気持ちを口に出してみた。電灯も少ない静かな地下で、レイの声は遠くまでよく響いた。ルカは今度も何も言わなかったが、優しく笑った気配がした。



厳しいセキュリティを解除し重厚な扉を開ける。ゆったりとしたシューズボックスに靴を収めるとルカとレイはパソコンの前で作業をしているリュウガに会いに行った。ふわふわの絨毯が足に当たりとても気持ちがいい。コウは奥のキッチンにいるようだ。



「戻りました」



「おう」



短い報告から始まる。リュウガはパソコンから二人に視線を上げてにやにやと顔を崩した。手のひらをルカに見せて、何かをちょうだいと言っている。ルカは真面目そうな男から預かった小さな袋をリュウガの手のひらに乗せた。



「ありがとう、二人とも。お姉さまからお褒めの言葉を頂いたぞ。これ、果報物だぞ」



「大袈裟な。あの方はいつも優しく褒めてくれるでしょ。まあ、やっぱり、コウさんのお姉さんなんだなって感じた部分もありましたが」



「俺は、あんまり褒められない。。。恨み言しか言われない。。。」



声が急に小さくなってレイはよく聞こえるように耳をリュウガに近づけた。一応上司なのだし、自分のためにルカを呼んでくれた。書籍部としての初めての仕事を影でサポートしてくれた。信頼できる上司なのだが、いつも突拍子のないことをする。暗い目をしてぶつぶつと独り言を言い出したリュウガを見て、大丈夫ですかね?とルカに聞いてみた。



「あはは!お姉さま、隊長には厳しいんだよね。上司たるもの、男たるものっていつも怒られてる。隊長もお姉さまの言うことは大人しく聞いてるんだ。実行するかどうかは別にしてもね」



「へぇ、珍しいですね」



「きっと、お姉さまは隊長に期待してるんだよ。厳しさは愛の裏返しっていうか。お姉さまが怒る時はいつも相手のことを心から想っている時だもん。隊長にできるって信じてるから厳しいんだ」



もらった小さな袋をいそいそと開けて中身を確認している。真面目そうな男からもらった袋にはクーポン券のような番号が書かれた券が出てきた。リュウガの死んだような目がイキイキと輝きだし、何やらパソコンで検索している。インターネット上で申し込み、郵送されてくる高級スルメらしい。



「。。。そうなんですか。。。信じてるから厳しい。厳しいのは、愛なんですかね」



元気にパソコンを打つリュウガをぼんやり見つめてレイは自分の父親のことを思い出した。父親はいつも自分に厳しかった。成果を上げてもなかなか褒めてくれなかった。さらに上の要求をされて、認められない悲しい気持ちに苛立ちが激しくなった気がする。やってもやっても父親は褒めてくれない。まだ強くならなければならないのか。もっと結果を出さないといけないのか。厳しくされるのが怖くて、イライラして父親に会うのが苦痛になっていった。



「うん、お姉さまは、隊長のことを愛してるんだと思うよ。愛してるから、さらに上の、ちょっと高めの要求を言うんだと思う。褒めないのは、照れ臭いからなんじゃない?」



「照れ。。。」



「だって、この間もすごく怒ってたもの。レイのことで」



自分のことでリュウガはリンから怒られたのか。驚いてルカを見ると、ルカは優しく笑いながら話してくれた。レイが配属されて2ヶ月ほど経った頃だ。リュウガの指示を全く聞かないレイのことを少し愚痴っぽくリンに話したらしい。いつも反発して苦しそうだと相談したら、激しく反論されてしまった。



「リュウガ、あなたねぇ、レイくんは今までとても苦しい思いをしてきたのよ。いろんな人に助けを求めて、人を信頼して、求めて求めて求めたのに、裏切られたの。その悔しさや不信感が、あなたにわかる?」



「。。。。だって。。」



「だって、じゃない!今まで人と接してきてとても傷ついてしまったの。あなたが最後の砦よ。最後のあなたがそんな弱気でどうするの」



怒られたリュウガはしゅんとしている。リンの怒りの声はリュウガのスマホから書籍部全体に響き渡っていた。一緒にいたコウも怒られている気分になって神妙な顔をしている。ルカも自分の席で静かに聞いていた。



「誰も信用できなくなってしまったの。泣くことも助けを求めることもできない。人の優しさや温かさを受け入れられない。それくらい傷ついているの」



「。。。。」



「深く傷ついた心には、尽きることのない優しさが必要よ。どこまでも深く、溢れる優しさで包み込んであげるの。優しさだけの、何もない安心できる場所で」



文句を言おうとしたリュウガを目で制し、リンは強く訴えた。怒りが満ちた声と願いを込めた深い眼差しにリュウガは口を閉ざす。渋い顔で唇をきゅっと引き締め、先を促すように手で合図する。リンは溢れる感情を吐き出すように大きな深呼吸をすると、ゆっくり口を開いた。



「リュウガ、あなたの戸惑いや納得できない気持ちはわかるわ。部下は上司の指示を聞く。社会人として、守るべきルールやマナーがあるもの。でも、お願い。レイくんのために、深く傷ついた心のために、あなた自身が安心できる場所になってあげて。レイくんの心に寄り添ってあげて」



「。。。。」



「あなたが経験してきたことに比べれば、レイくんの状況はとても恵まれていると思う。親がいること、失敗しても庇ってもらえること、責任を負わなくていいこと、周りに人として扱ってもらえること」



「。。。。」



「でもね、リュウガ。それを承知でお願いするわ。レイくんの気持ちに寄り添ってあげて。最後の、頑丈な砦になってあげて。居場所のない心の、帰る場所になってあげて。私も全力でサポートするから」



渋い顔で聞いていたリュウガが拗ねたように口を尖らせた。手のひらをスマホの前に上げて、何かちょうだいと言っている。リュウガなりの承知した、という返事だ。リンはホッとした顔をすると、画面からパンフレットを見せた。



「このスルメ、北海道で水揚げされた立派な生イカを特別な機械にセットして、日干し、熟成させたものなの。シェフたちの間でとても評判がいいわ。一度食べたら病みつきに。。。」



「やる!!!」



「って感じで、怒られてたよ。すごく愛されてるでしょ」



ルカの話から、そうだったのかと新しい発見があったものの、最後のくだりが納得いかない。結局、リュウガは高級スルメのために自分を受け入れたような気がする。ニコニコと笑うルカに素直な疑問をぶつけようとしたら、目の前のリュウガが絶望した声を上げて顔を伏した。



「え、どうしたんですか?隊長。高級スルメは?」



「えーと、申し込めなかったとか?パソコンの画面は。。。シャンパン?15本セット?」



「は?」



高級スルメだと思っていた券の番号は、どうやら高級シャンパン15本だったらしい。死んだように動かないリュウガの両側からパソコンを見ると、リンからのメールが開かれている。



「リュウガ、あなたに必要なのは男としての器だと思うの。男の器を大きくするには、まず胃袋からよ。毎日、3本、味わってお飲みなさい。飲み会までには間に合うわ」



「。。。。間に合うって、何が?何が間に合うんですか?」



「うーん、きっとお姉さま、また隊長と飲み比べするつもりだよ。そのための練習、とか」



「愛されてない!!!!」



伏していたリュウガがいきなり復活し両側の二人に猛烈にアピールし出した。右と左を激しく交互に向きながら、愛されてない!!!と繰り返す。高級スルメは高級シャンパンに変わってしまった。レイは憐れむような目でリュウガを見た。



「愛されてない!!!!愛されてないよ!!!ルカ、レイ、俺、愛されてない!!!」



「もう、しょうがないですよ。隊長。自分の希望していたものじゃなかったとしても、愛は愛なんだから、拗ねないでください。ありがたく受け取ってみんなで飲みましょう。レイの歓迎会ってことで」



「なんか、いろいろと、すみません」



レイとしては、もう謝るしかない。心を尽くしてくれたのに、可哀想すぎる。ルカは言葉でリュウガをなだめながら高級シャンパンをみんなでゆっくり味わういい機会だとワクワクした。



「俺の高級スルメがー。北海道の厳しい荒波を乗り越え、蓄えた生イカの熟成した脂肪がー。お洒落で綺麗なシャンパンの海に消えた。。。」



リンから心を撃沈され、深く海に沈むようにへばりついている。どう復活させようか二人が悩んでいるところにスルメのいい匂いがしてきた。キッチンの方からだ。その手があった!顔を合わせて匂いの元である奥を見た。



「ルカ、ボウちゃん、おかえり~~。どうせそんなことだろうと思った。さっきねー、外でスルメを買ってきたの。肉まんとヒザまんもほかほかだから一緒に食べよう」



「コウ!!」「コウさん!!」



感激したルカとレイよりも早くリュウガが動いた。何も言わず中央の寛ぎスペースに陣取り、何事もなかったかのようないつもの顔で待っている。高級シャンパンはスルーするつもりらしい。コウはため息をつきながらレイに注文するようお願いした。



「姉上からの大切なプレゼントでしょ。逃げないでよ、隊長。ルカ、こっちへ、ボウちゃんも食べてからでいいよ」



「ありがとうございます。美味しそうな匂いですね」



「俺、高級シャンパンなんて知らない」



こたつの上に置いた皿をさっと取って独り占めにすると、芳ばしく焼かれたスルメを味わうように一口食べた。しばらく何もしないだろう。コウは呆れた顔でため息をついて、肉まんをゆっくり食べている。温かいお茶も添えられていた。



「それで、あの、調べものはどうでしたか?リンさんから依頼された件」



美味しそうな肉まんをもらって食べる前にレイは聞いた。ずっと気になっていたクレーム部の録音テープが偽造されていた件だ。真面目な話にコウはもぐもぐと口を動かしながら軽く頷く。飲み込むとレイをじっと見つめて口を開いた。



「ねぇ、ボウちゃん。ボウちゃんも書籍部の一員だから、これからは情報を共有するけど。約束してほしいんだ。知った情報に責任を持つって」



「責任、ですか?」



軽やかで冗談を言うことが多いコウから真剣な目で見つめられてレイは思わずたじろぐ。ここは、はいと答えるべきだろうが、知った情報に責任を持つことが具体的にどんな心構えでやっていけばいいかわからない。自分はみんなも知っての通り何にでも反発してしまう。カッとなりやすい性格だから、言ってはいけないことも咄嗟に言ってしまうかもしれない。じっと考えていつまでも返事をしないレイにコウは真剣だった目を緩ませる。優しい口調で静かに話しかけた。



「そっか。ボウちゃん、結構慎重なんだ。それでいいよ。責任を持つっていう意味を自分なりに考えてみて。ただ、注意してほしいのは、どんな情報も安易に他の人へ言わないでってことなんだ」



「へ?そんな簡単なことなんですか?」



間の抜けた声を出しレイはコウに返事をした。もう少し難しいことだと思ったのに。書籍部の情報に対してどう向き合うかこれからも考えていくが、念を押された条件があまりにも当たり前で拍子抜けしてしまった。コウは優しく笑って、そこが落とし穴なんだよ、と軽くレイを睨む。



「情報の重要性って人によって違うでしょ?ボウちゃんにとっては興味を引かないものでも、別の人にとったら、とんでもなく重要なものになり得る。ふとした小さな情報が大きな影響を与えることだってある」



「あ」



「わかった?こんなことでって思うけど、どの情報が誰にとって大切で、有利不利になるかわからないんだ。自分で判断できないなら、ここで得た情報はすべて他に言ってはだめ」



「は、はい」



言われてみれば、そうだ。難しいものだなとレイは思った。リンから依頼された録音テープのことも言ってはいけないことだと気づく。書籍部だけの情報。ここで聞いたことは他に洩らしてはいけない。情報を整理する必要がある。



「慣れるまで。がんばって、レイ。自分なりのやりやすい方法があるはずだよ。情報と真剣に向き合ってみて」



「は、はい」



ふざけていても二人は先輩なのだと改めて思う。コウもルカも情報に対してとても真摯な想いを持っていた。情報の重要さがわかるまで、なるべく話さないでいよう。とにかく依頼の内容は話すまいと心に決めた。



「知ってて話せないって結構辛いけど、その代わり、ここではいくらでも話していいからね、ボウちゃん。盗聴機対策とってあるし、電波も常に妨害してるし」



「へ?」



「セキュリティ万全だし、何者かが襲撃に来ても大丈夫だよ。コウは空手の有段者だし、俺は、ほら、スタンガン持ってる」



「。。。は?」



なんだか怖い単語が聞こえた。恐る恐るルカを見ると、黒光りのしっかりしたスタンガンを軽々と持っていた。手つきが妙に慣れている。不意にさっと手が動いて、気づいた時にはレイの腕にスタンガンがピッタリと当たっていた。



「こんな風に使うんだよ。コツは気配を気取られないことかな」



「上手くなったねぇ、ルカ。それなら大抵の人は仕留められるよー。そうだ、今度ボウちゃんにも教えてあげるね。簡単な護身術。まあ、軽く気絶させるくらいかなー」



「。。。はははは」



とんでもない人たちだ。まったりとスルメを食べるリュウガが可愛く見えてきた。何があっても先輩たちを怒らせないようにしよう。引きつった口元を何とか動かしてレイは笑ってみせたが、どうしても乾いた笑いにしかならなかった。

書きました~~。どうぞお読みください♪

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