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成長を続ける大企業、小宮シティは玄関から入ると真っ正面に豪華なエレベーターがある。その両脇には美しい受付嬢が対応する受付と、様々な要望を叶える役員または株主専用のコンセルジュが控えていた。レイがめざすクレーム部は30階にあり、階段だと時間がかかる上に体力をかなり使う。非常階段を使えば人に会う機会は減るが、自分の弱さから逃げている気がしてレイは社員用のエレベーターを使うことにした。
正面玄関から左側を通り先へ進むと、社員用のエレベーターが4つ稼働している。木製の美しい内装に合わせてエレベーターの扉も木目調のデザインになっていた。地下から古びたエレベーターに乗って1階に着いたレイはコンセルジュと受付を通過し、社員用のエレベーターへと急ぐ。父親御用達のコンセルジュがちらりとこちらを見たようだが、目線を合わせず前を見た。
「レイくん」
自分を呼ぶ声が聞こえる。聞こえないふりをしてレイは歩く速度を上げる。何か言いたそうな声は、追いかけるのを止めたのか、再び聞こえてくることはなかった。
会社で会う人達が自分に優しいのは父親の存在があるからだ。穏やかで礼儀正しいコンセルジュも自分に甘い役員たちも、今の自分を見たら手のひらを返すかのように冷たくあしらうだろう。今は相手にしたくない。この資料を早く、確実にクレーム部へ届けたい。書籍部としての仕事を成し遂げたい。レイは吹っ切るように前だけを見た。
社員用のエレベーターに着くと人がまばらに集まっていて静かにエレベーターを待っていた。ここまで勢いで来てみたが、胸の鼓動が激しくバクバクと騒がしい。書籍部のある地下では心が落ち着いていて、安心して自分の感情のままに振る舞っていたことに気づいた。リュウガに反発していたのも、コウに渋い顔をして言い返していたのも自分が心底安心していたからだと。二人を思い出すと心がほぐれる。バラバラに降りてくるエレベーターを少し落ち着いた気持ちで見つめた。
営業部だった頃、こうして毎日エレベーターを待っていたっけ。
周りの社員を横目で見ると、いろんな顔をしている。黒革のバックを大事そうに持っていたり隣の同僚と話をしていたり。昔の自分もそうだったのかなとレイはぼんやりと思った。あの頃はとにかく結果を出したい、圧倒的な利益を上げたい、誰からも一目置かれたいと切望していた気がする。父親のいる会社で、自分の力で結果を出せば、父親にも周りにも認めてもらえる気がした。
一人でもやっていける。やっと力を発揮できる場所を与えられた。これで自由に生きていける。父親も口を出さず、今度こそ自分を信頼してくれる。力を認めてくれるだろう。
「結局、俺は、父親からどう思われているか。それだけを気にしていたんだな」
父親から認めてほしかったのかもしれない。小さな頃、大きな手で頭を優しく撫でられたことを思い出した。
一つのエレベーターが音を立てて開く。待っていた社員たちが次々と中へ吸い込まれていった。レイも遅れないように歩みを進める。限られた空間になんとか体を滑り込ませた。エレベーターの一番奥に押されるように移動して階数を示した数字を見る。クレーム部は30階なので着いたらすぐ出ようと横にある30のボタンを押した。
待っていた社員が全員乗り込み、静かに扉が閉まっていく。その時だ。見知った社員が4人ほど割り込むように扉を開けて強引に入ってきた。
「間に合ったな。さあ、どうぞ。書籍部さん」
「30階に行くんでしょ。俺ら、29階なんで。あーあ、書籍部さんより下の階なんて、信じられないけど」
「。。。。」
営業部にいた時、何かと突っかかってくる3人組の社員と外に出たはずのルカだ。レイは驚きとまた激しく動き出した心臓に体が凍りついたように固まる。動こうとしても動いてくれない。胸で激しく動いているはずの心臓が、まるで耳のそばにあるかのようにドクドクと存在を主張してくる。周りの社員たちも何事かとルカたちに注目した。
「そういえば、書籍部って地下にあるんでしょ。可哀想だなぁ。窓から光も差し込まないし、真っ暗だし。湿気もありそうだからカビが生えてたりして」
「あーあ、健康上ヤバいでしょー。出世からも外されて、さらに環境もって。俺なら無理だなー」
「会社、辞めますよね。だって意味ないでしょ、認めてもらえないのに。あ、ごめんなさい。ルカさん、書籍部でしたね」
ルカはちらりと3人を見ると不思議そうな顔をした。反論する気もないようだ。反応がないルカが気に入らなかったのか、苛立った様子で1人の社員が睨み付けた。エレベーターの数字はどんどん増えていく。周りの社員が壁になってレイの存在は気づかれていない。1人の社員がこれ見よがしに大きなため息をついた。
「そういえば、ルカさんって元はクレーム部でしたよね。それが、書籍部に配属って何か問題でも起こしたんですか?あー、言えないかー。きっと恥ずかしいことなんでしょうね」
「噂では、チームリーダーと良い仲になったって話でしたけど。マジすか!あの綺麗な人と!羨ましいー!!」
「色気ありますよね、あの人。すげぇな、ルカさん。大人しそうな顔して」
さすがにカチンときた。自分のことは悪く言われるだろうと予想してある程度は覚悟していたものの、こうもルカを悪く言うのは我慢ならない。前の社員を押し退けて前を向く営業部の社員にガツンと言ってやろう。いくつもの背中の先にある肩を掴もうと手を伸ばした時だった。
「ふふふ、そんなことないよ。だって、俺、そんなにイケメンじゃないもの。君の方がすごくカッコいいし、男らしい」
「え?」
「それに、クレーム部から書籍部に配属されたのは、俺がクレーム部で仕事に耐えられなかったからなんだ。恥ずかしいんだけどね」
ルカは照れくさそう笑いながら穏やかに言った。営業部の社員は意表を突かれたようで、は?と言ったまま動かない。他の2人もポカンとしている。エレベーター内にいる他の社員たちもルカが何を言い出すのか興味を引かれたようだった。レイも手を伸ばしたもののピタリと動きを止めた。
「自分の席に着いて、いざ対応しようとすると息が苦しくなって。。。いつの間にか倒れていたこともあってね。チームリーダーのお姉さまには、すごくお世話になったんだ。お姉さまの勧めで書籍部に移動になったんだよ」
「。。。。」
「お陰で過呼吸も出なくなったし、会社にも来れるようになった。毎日、こうして穏やかに呼吸ができて働けるって幸せだ」
ルカは心から幸せそうに笑っている。穏やかで優しい笑顔を見て、営業部の社員は眉をひそめた。周りの社員たちは静かに聞いている。レイも何も言えなくなって伸ばした手をゆっくりと下ろした。
「俺は弱いから。君たちは凄いよ。たくさんの人に出会って、喜ばせて、商品を買ってもらうんだよね。それから会社に戻って報告書を書いて。いつも感じるけど、報告書から熱意が溢れてる。大切にデータ化してるからね」
軽やかな音がしてエレベーターが25階を示した。壁になっていた社員たちが動き出し、扉が開いたと同時にエレベーターから出ていく。横目で営業部の3人を見ると、何か言いたげな顔をしてそのまま去っていった。3人はバツが悪そうな顔をしている。急に黙ってしまった社員を不思議そうに見上げて、ルカも静かに口を閉じた。
「。。。。」
エレベーターが営業部のある29階を知らせる。3人は何も言わず逃げるようにエレベーターから出ていった。空間内にはルカとレイ、そして何人かの社員が残った。ルカはレイに気づくことなくエレベーターの数字を見つめている。真っ直ぐで穏やかな眼差しに胸が熱くなるような気がした。
30階に着いてエレベーターを出ると、長い通路がある。30階にはクレーム部の他に検証部、開発部があって、通路から先へ進むとそれぞれの部署に別れていた。他の社員たちもエレベーターから出て、自分の部署へと歩いていく。前をゆったりと歩くルカに声をかけると、驚きながらもレイを見て嬉しそうに笑った。
「レイ!エレベーターにいたんだ!良かった」
「ルカさん、クレーム部に行くんですか?」
「うん。あ、もしかして、さっきの会話聞いてた?」
はい、と答えると、恥ずかしいなぁとルカは笑う。ルカと話していると心が穏やかになってくる。それにあんなに嫌みを言われたのに、全然変わらない。普段通りのルカがレイにはとても眩しく見えた。
「ルカさん、どうしてここに?」
「うん、コウと隊長に連絡もらって。心配だからクレーム部に行ってくれって。何かあれば、すぐ連絡して、動画も撮ってくるようにって言われた」
「ど、動画?何のですか?」
「さあ?コウが言うには、イラッときたらすぐ撮って、だって。動画が無理ならその人の髪型とか、顔の特徴とか、正確に覚えておいて。レイにもそう伝えてって言われたよ」
「。。。。」
なんつーことを言うんだ、と口では反抗したものの、口元が自然に緩んでいく。かなり心配しているようで、安心させるためにルカはスマホを取り出しメールを打った。合流したことを伝えるとすぐに返事が返ってくる。スマホに来たリュウガからのメールをレイに見せて楽しげに笑っている。
「隊長もコウも心配性なんだ。親バカみたいでしょ?こういうのって、上司バカ、先輩バカって言うの?」
「ルカさん、ひどいですよ。バカバカ言って。でも、嬉しいです。なんか、すごく楽になりました」
コウから預かった資料をしっかり持って通路を歩いていく。隣にルカがいて、書籍部には自分を待っている上司や先輩がいる。地下とは違う光が当たる場所を、レイは久しぶりに穏やかな気持ちで歩いていった。
掻きました~~。連休中、なかなか時間が取れなかったので、隙間時間に書いてみました。うん、毎日、一文字、一文でもいいから、空いた時間にどんどん書こうと思います。イッシッシ!どうぞお読みください♪




