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イトコノコ  作者: キヨモ
17/33

無神経の代償 4

 夏休みの余韻が残った校内は、少し気だるい。

 午前の授業の終了を告げるチャイムが鳴ると同時に、圭介は大きく伸びをした。今日から通常通りの授業に戻ったが、時計の針が進むのにいつもの倍以上かかっているように感じられる。

「圭介、早く行かないと日替わりランチなくなるぞ」

 教科書とノートを机の中に押し込んでいると、背後から急かすように声をかけられた。


「俺、今日はこっちで食うわ」

 今にも廊下に飛び出そうとしているクラスメイトに、圭介はパンとジュースが入ったビニール袋を見せる。

「え、マジで? 今日の日替わりランチは唐揚げだぞ」

「ああ。でも俺、日直だから」

 圭介がそう答えると友人たちは納得したような表情を浮かべ、それから慌てて教室を出て行った。五限目は化学なのだが、今日は実験があるので化学室で授業が行われる。日直である圭介は、早めに行って化学室の鍵を開けておかなければならないのだ。

 空腹の圭介にとってボリューム満点の唐揚げ定食は大いなる魅力ではあるが、職員室に鍵を取りに行ってから特別棟の化学室まで行く時間を考えると、食堂でのんびり昼食をとっている余裕はない。早々に諦めた彼は三限終了後の休み時間に購買へ行き、今日の昼食をゲットしていた。


 ビニール袋を片手に賑やかな教室を出ると、圭介は階段へと向かった。一階にある食堂や購買へ向かう生徒たちの流れに逆らい、ゆっくりと階段を上がって行く。四階建ての校舎の四階より更に上へ進むと、やがて目の前に立ちふさがる鉄製の扉が見えてくる。その先は屋上だが、危険だという理由で生徒が立ち入ることはできない。圭介はそこで腰を下ろすと、その厚い扉に背を預けた。

「あれ、今日はこっちか?」

 取り出した焼きそばパンの袋を開けようとした瞬間、下の方から聞き慣れた声がした。

「ああ。次、移動教室だから」

 ふうんと言いながら紺色の巾着袋を提げた太一が階段を上って来て、圭介の隣に腰かける。そしていそいそと大きなアルミの弁当箱のふたを開けた。

「ひとりか?」

「いや、あとでほっしーとテルが来る。あいつらアホだから、岡田の授業で爆睡こいて呼び出されてやんの」

 ランダムに指名していくという緊張感溢れる授業で恐れられている数学の授業で、堂々と居眠りしたという太一のクラスメイトの話に苦笑いを浮かべると、圭介は焼きそばパンにかぶりついた


 小学校からの腐れ縁の太一は、ほぼ毎日弁当を持参している。母親が栄養士なので手料理にこだわりがあるらしい。圭介の母親も週に何度かは弁当を作ってくれるのだが、朝練がある日は早弁してしまうので、弁当が昼まで残っている日のみここにやって来て太一らと一緒に昼食をとっている。

 施錠された扉があるだけのこの場所を、訪れる生徒は殆どいない。入学直後にたまたまこの場所を見つけて以来、弁当派のメンバーたちの憩いの場となっていた。食堂に行く時はクラスメイトと一緒だが、同じ陸上部の仲間と昼食をとることもあるし、中学時代の友人たちとここで弁当を食べることもある。食堂派のクラスメイトたちが気分転換にここにやってくることもあり、昼食を共にとる顔ぶれは日替わりだ。

 圭介はあまり社交的な方ではないが、この場所のお陰で他のクラスの知り合いも随分と増えていた。


「そういや、D組は文化祭何やるんだ?」

 弁当をかき込みながら、思い出したように太一が問いかけてきた。昨日の午後のロングホームルームで、全学年がそれぞれ実行委員とクラスの出し物を決めることになっていた。

「占いだってさ」

 全く興味なさそうな口調で圭介が答える。

「へえ、誰か占いできるの?」

「いや。本見ながらやるって」

 きゃっきゃと盛り上がっていたクラスの女子の様子を思い浮かべながら、圭介は小さく溜息をついた。そもそも彼は占いに興味がないのだが、素人がやる占いに意味があるのだろうかとどこか冷めた気持ちで女子たちを眺めていた。

「あー、女子が好きそうだな。でもまあ、勝手に仕切ってやってくれたら楽で良いじゃん」

 太一の言葉にまあなと頷きながら、圭介はオレンジジュースのパックにストローを刺した。


「そっちは何やるんだ?」

「うーん……」

 会話の流れでそう尋ねたのだが、予想に反して太一は答えにくそうに口ごもる。

「何もったいぶってるんだよ。そんな大そうなことするのか?」

「そんなんじゃないよ」

 圭介がからかうように尋ねると、太一は短く否定したあとにぼそりと言った。

「お好み焼き屋」


「へえ」

 家がお好み焼き屋なので何となく特別な思いを感じながらも、太一が言い淀む理由がわからずに圭介はとりあえず相槌を打った。

「文化祭実行委員は、藤原さんになった」

 圭介が新たにメロンパンを袋から取り出していると、太一が早口で言った。

「委員に立候補する奴がいなくて、くじ引きになったんだ。そしたら藤原さんがあたりを引いた」

 くじ引きになったのは圭介のクラスも同じだ。志穂子がくじを引いて委員になってしまったことはさして驚くことではないが、何となくクラスの出し物が引っかかる。

「いとこの家がお好み焼き屋だったら協力してもらえるだろうって誰かが言い出して、あっと言う間に決まってしまったんだ」


「……俺の家は関係ないだろ」

 長い溜息を吐き出すと、圭介は低く呟いた。太一が悪いわけではないが、少し彼を責めるような口調になってしまった。

「言い出しっぺの奴は、別に嫌がらせでそんなことを言ったわけじゃないぞ。おまえたちがいとこ同士だと知って、思いつきで提案しただけだ」

 志穂子といとこだということは、太一にも伝えていなかった。血の繋がった親戚なら隠す必要もないが、春にできたばかりの即席いとこの存在を告げるのはタイミングが難しい。結局誰にも言わないまま夏休みを迎えたのだが、ふたりで一緒にいるところを偶然見られて邪推されてしまい、変な噂になるのが面倒で咄嗟にいとこであることを暴露したのだ。

「あの子とは、春にいとこになったばかりなんだ」

 今、志穂子がどんな気持ちを抱えているのかはわからない。けれども春からずっと消化できない思いを抱えていたことを知ってしまった圭介は、彼女の母親の再婚の話を勝手に太一にすることは躊躇われた。

「そっか」

 そんな圭介の思いを読みとったように太一は小さく頷くと、それ以上は何も聞いてはこなかった。


「ただ彼女、今少しクラスで浮いてるぞ」

 昼休みの喧騒から離れたこの場所は、ふたりが黙り込むと驚くほど静かになる。僅かな沈黙のあと、弁当に視線を落したまま太一がぽつりと呟いた。圭介は思わず彼の横顔を凝視する。

「……何で?」

「藤原さんも、おまえといとこであることを誰にも言ってなかったからだろ。美奈にも、恵にも」

 その言葉に、圭介は急に自己嫌悪の気持ちがのしかかってくるのを感じた。いとこだとわかれば皆納得するものだと思っていたのに、そんな単純な話ではないらしい。 もしかして自分は、余計なことをして話をこじれさせてしまったのだろうか。

「美奈と恵を擁護するわけじゃないけど、別にいじめとかじゃないぞ。挨拶とかはしてるし。ただ、美奈がああいう性格だろ?  おまえのことを好きだとずっと公言していて、なのにいとこであることを隠されていたことがどうしてもわだかまってるんだろう」

 美奈のことに話題が及ぶと、圭介は思わず眉間に皺を寄せた。中学の頃から、どういうわけか彼女は圭介に思いを寄せているらしい。好きだと言われて悪い気はしないが、正直美奈をそんな風に見たことがないし、これからも見方が変わる気はしない。 そのことは本人にも伝えているのだが、彼女はまるで聞いていないように変わらず接してくるのだ。圭介が気に病まないようにあっけらかんとふるまってくれるのはありがたいのだが、志穂子のことはまた別の話だ。


「あの三人が、互いにどう接して良いか分からずぎくしゃくしているのは確かだ。で、結果的に藤原さんがぽつんとひとり浮いているんだ」

「他のクラスメイトは?」

 圭介は救いを求めるように尋ねた。けれども太一は、小さく首を横に振った。

「彼女、最初に恵と美奈と同じグループになって、あまり他のクラスメイトと交流しなかったんだ。挨拶くらいはするけど、話の輪に入って友達を増やそうという意志が見えなかった。結構可愛いと言って意識してる男連中もいたけど、会話が弾まずに次第にフェードアウトしていった。彼女がクラスに無関心だったから、今、クラスは彼女に無関心だ。彼女がどこで弁当を食べているのか、誰も知らないんじゃないか」

 申し訳なさそうに、けれどもきっぱりと太一は言った。

「これは別に悪口とかじゃないから、誤解しないでくれよ」

「ああ」

 そう前置きをして、一旦そこで言葉を切った。太一は人当たりが良いけれど、割とストレートにものを言う。裏表のないその性格が友人として魅力なのだが、いとこがどう評価されるのか圭介は思わず身構えた。

「こうなったのはある意味、自業自得なところはあると思うよ」


 違う。圭介は心の中で否定した。けれども、圭介が違うと訴えることもまた違う。

 一週間前までの圭介なら、太一と同じことを言っていたかもしれない。けれども、今はもう知ってしまったのだ。志穂子がどれだけ亡き父を想い、母を想い、新しい家族となった和彦を想っていたのかを、痛い程に知ってしまった今はそんなことは言えない。

 入学以来ずっと志穂子の気持ちは家族に向けられていて、学校の方に向ける余裕がなかった。ただそれだけの話なのだ。


 黙り込んでしまった圭介をとりなすように、やがて太一が穏やかに口を開いた。

「ちなみに、もうひとりの委員は志乃だから」

「志乃?」

 予想もしなかった太一の発言に、強張っていた圭介の表情が幾分和らぐ。しかし、文化祭実行委員は男女各一名ではなかっただろうか。圭介は訝しそうに太一を見ながら、話の続きを促した。

「あたりくじを引いた男の方が部活で忙しいとごねて、結局志乃が立候補したんだ」

「でも、それなら女子がふたりになるじゃないか?」

「別に男女一名ずつという規定はないらしい。だから志乃が担任を上手く言いくるめて、最終的にクラスを納得させた」

 太一と同じく小学校からの腐れ縁である志乃の性格を思い浮かべ、圭介は苦笑いを浮かべた。

「だからまあ、そんな深刻になるなよ。俺も、志乃と藤原さんにちゃんと協力するし」

「それは、おまえがただの祭り好きだからだろ?」

「そうとも言う。だって、中学の文化祭なんてしょぼかったから、色々できる高校は楽しそうじゃないか?」

 圭介の軽口に、太一が軽口で返す。漂う空気が軽くなったのを契機に、圭介は立ち上がった。


「あれ、もう行くのか?」

「次、化学室に移動なんだ。今日、日直だから鍵を取りに行かないと駄目なんだよ」

 圭介がそう答えると、ついてないなと言ってにやりと笑う。そして、ふと思い出したように尋ねてきた。

「そうだ、あのこと志乃に伝えたのか?」

「いや、まだだ」

「おまえも気苦労が多いな……」

 大袈裟に眉をひそめながら、からかうような労わるような声色で太一が言った。

「うるせー」

 同情しつつもどこか面白がっている友人にわざと憮然とした表情を作ると、圭介はゴミの入ったビニール袋を持ってゆっくりと階段を下りて行った。


「おっ、今日は圭介こっちだったのか?」

 踊り場まで下りると、下から上がってきた男子生徒ふたりに声をかけられた。

「ああ。次が移動教室だからもう行くけど。てゆか、おまえら岡田の授業で居眠りなんて度胸あるな」

「何で圭介が知ってるんだよ。くそー、おしゃべり太一め!」

「だって仕方ないじゃん。三限目が体育だったから、疲れていたんだよ」

 圭介がからかうと、お調子者ふたりは悪びれることなく言い訳を繰り広げる。

「そうだうちのクラス、文化祭でお好み焼き屋をすることになったから協力よろしくな」

「藤原さんにも頼んでいるんだけど、圭介にも直接言っとくわ。もちろん無料でとは言わないぞ。ちゃんと俺らの店の割引券やるからさ」


「いらん。てゆか、おまえらが言い出しっぺか……」

 能天気な友人ふたりに盛大な溜息を吐きだすと、圭介はぐったり肩を落としながら階段を下りて行く。

「何だよ、その態度は。失敬な奴だな」

「そうか、恐れてるんだな。俺たちが、おまえんちより旨いお好み焼きをつくることを!」

 振り返って心底呆れたようにアホかと呟くと、階段の上で太一が腹を抱えて笑っているのが見えた。憤慨しているふたりを残して、圭介は教科書を取りに教室へと向かった。




 職員室で鍵を取ると、圭介は渡り廊下を抜けて化学室のある特別棟へと向かった。校舎内へ入ろうとしたその瞬間、ふとある予感にかられて足を止めた。そしてそのまま、圭介は特別棟の裏手へと回り込む。

 そこには僅かなスペースがあり、ベンチがひとつ置かれていた。緑が溢れたその場所は憩いの場としては最適なのだが、いかんせん教室からは遠い。だからいつも、この場所には殆ど人影がなかった。

 けれども角を曲がって校舎裏にやって来た圭介の視界には、案の定とも言うべきか、ベンチに座るひとりの女子生徒の姿が飛び込んできた。昼食は既に終えたのだろう。ぼんやりと夏の終わりの空を眺めている。その姿は、灰色の景色が広がっていたあの梅雨の朝を彷彿とさせた。


 予感にかられてやって来たものの、圭介はあとのことは何も考えていなかった。かける言葉も見つからず、未だ威力が衰えぬ日差しにじりじりと肌を焦がされながら、ただぼんやりと突っ立っていた。

「あ……」

 視線を感じたのだろうか。不意に青い空からこちらへと視線を動かした志穂子の瞳が、圭介の姿を捕える。そして心底びっくりしたように、悲鳴にも似た声を小さく発した。

「そんなところで、暑くないのか?」

 ようやく圭介の口から出た言葉は、自分でも失望するくらいどうでも良い質問だった。

「ちょっと暑い。でも、この場所が好きだから」

「そう」

 志穂子が微かに笑ったので、少しだけ安堵した。


 晴れた午後の裏庭で、風が葉を揺らす音だけが聞こえる。やがて居心地の悪い沈黙を破ったのは、志穂子の方だった。

「あの、ごめんなさい」

 予想外の謝罪の言葉に、圭介は黙って志穂子を見つめた。

「あの夜のこと、いっぱい迷惑かけたのにちゃんと謝っていなかったから」

「いいよ」

「それに、一昨日のことも」

「何が?」

「わたしが美奈と恵にちゃんと伝えていなかったから、変なことになって迷惑かけてしまって」

 そう言うと志穂子は立ち上がり、ごめんなさいと頭を下げた。


「やめろよ。一昨日のことは、俺が悪い」

「どうして?」

 圭介の謝罪に、今度は志穂子が不思議そうに圭介を見つめた。

「状況もわからず、俺が余計な口を出した」

「でも、わたしがあの夜に迎えに来てもらったのが発端だし、そもそも美奈と恵にきちんと話していたらあんな言い争いにはならなかったもの」

「わかった。じゃあ、俺はもう謝らない」

 圭介がそう宣言すると、ほっとしたように志穂子は息を吐いた。

「だから、あんたも謝るなよ」

 そう続けた圭介の言葉に、志穂子は大きく目を開く。やがてそっと俯くと、彼女は小さくありがとうと呟いた。


「次、こっちで授業なの?」

「ああ、化学の実験」

「そっか」

 細切れの会話がぎこちなく続く。

「じゃあ、わたしそろそろ行くね」

「ああ」

 そう告げると、志穂子はベンチの上に置かれていたピンク色の巾着袋を手に取り、渡り廊下に向かってゆっくりと歩き出した。


「志穂子」

 不意に思い出して、圭介はその小さな背中を呼びとめた。

「この間の、旨かった」

 一瞬、何のことを言っているのかわからなかったのだろう。驚いたように何度か目を瞬かせると、やがて志穂子は口角を上げて柔らかく微笑んだ。

 ゆるやかな風が、ふたりの間を吹き抜ける。それはこの間までの熱がこもった夏の風ではなく、爽やかな秋のそれだった。

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