盗賊と賢者
陽の光が洞窟に差し込む。
それがシアの顔を照らし出す。
「ふぅ~……んっ!!」
光に照らされたシアが伸びをする。
熟睡できたようで、すっきりとした顔をしている。
「おはよう……シア……」
「おはようございます! 賢者様……って、どうしたんですか!?」
一方のリィドは目の下にクマをつくっており、疲れきった顔をしていた。
リィドは昨夜魔物の襲撃があってから、ずっと見張り役をしていたのである。
しかし、見張るだけなら"生物感知"の魔法を使えばリィドも眠ることができたはずだ。
だが問題は、足を負傷し痛みにうなされ続けている謎の男がそこに居たことである。
「その兄ちゃんは一晩中俺を看病してくれてたんだ」
リィドとシアの座っている場所から、焚き火の跡を挟んだ向こう側にいる男がシアに説明する。
男はまだ怪我こそ治りきっていないが、明らかに顔色がよくなっていることが伺えた。
「そ、そうだったんですね賢者様! すみません……シアも起きていれば……」
「いや、いいんだよ。シアは疲れたたんだし、魔物も倒してくれたしね」
二人はは昨夜の事を思い出す。
魔物が現れ、それに対して無駄のない動きで圧倒したシア。
シアの動きに合わせて、動きを止める魔法をつかったリィド。
お互いがお互いの姿を思い出し、リィドは悩んだ顔をしていて、シアは嬉しそうな顔をしていた。
「ところで……昨日はなんで魔物に追われていたのか、聞かせてくれませんか」
リィドは男に言葉をかける。
看病している最中に聞くこともできたが、苦痛と戦っている人間に対して質問攻めにするのもどうかと思い聞かなかったのだ。
男は目を細め、シアとリィドを交互に見た。
「わかった。話そう。あんたらは命の恩人だしな」
「はい!! 何かの助けになれるかもしれません!」
リィドは話を聞いた後、王都の騎士団あたりにでも預けて問題の解決を図ってもらおうと考えていた。
だが一方のシアは、自身が解決する気まんまんであった。
(盗賊退治のこと忘れてないだろうなシア……)
シアをじとりとした目で見る。
だがそれに少女は気づくこと無く、きらきらとした目で男を見つめていた。
(しかし、昨日魔物を倒した少女と同一人物だとは思えないな……)
リィドは改めてシアの輝いた目を見て、疑問に思う。
昨夜のあの時。シアの目は虚ろな目だった。
今のように感情にあふれていない。無機質なものだったのだ。
「ん? どうしたんですか? 賢者様!」
「あ! いやなんでもない!!」
じっと顔を見ていることをシアに気づかれ、慌てるリィド。
その二人のやり取りを終わるまで待っていた律儀な男は「終わったか?」と一声かけると話始めた。
「この洞窟を出て少し東に行ったところに、小高い丘がある。その丘の上には、イルフ城っていう廃城があるんだ」
「ああ……確か7、8年前くらいに盗賊の根城になっているからっていう理由で騎士団が派遣されてたっけ……」
リィドは騎士団にいる間に見た、活動記録の羊皮紙を思い出す。
廃城に派遣されたのは騎士団とゾルフ卿という有名な貴族だったはずだ。
理由は確か盗賊討伐。
当時"魔物が出る"という噂が立ち込めたせいで、誰も近寄らなくなっていた廃城に、盗賊が住み着いてしまった為と書かれていたのをリィドは覚えていた。
「そうだ。実際騎士団はよくやってくれたらしい。その盗賊達はしっかりと討伐され、定期的に見回りにも来てくれるようになっていた」
だが、と男は続ける。
「ここ数年、騎士団の見回りがなくなったんだ。そのせいでまた厄介な奴らがよりついちまった」
「ああ……五年か六年前にあったドワーフ族との戦争からは、そういった巡回が無くなったって聞いたなあ……」
しかも今は獣族とも一触即発の状態であるため、見回りに騎士団を割ける余裕がないという面もあるだろう。
オロンがシアやリィドに依頼を持ちかけ、騎士団を頼らなかったのもそういう情勢があったからかもしれないとリィドは考察する。
「あのぉ……賢者様……一ついいですか?」
横で目を?マークにして聞いていたシアが手を上げる。
「ドワーフ族……? って?」
「え、ああ。え、そこからなのか!?」
リィドは一旦シアを見て、もう一度正面を向いてからシアを向く華麗な二度見を決めた。
この世界は様々な種族が共生している。
耳長族、小人族、雪人族、獣人族、人族の五種族が確認されている。
さらに伝説では、巨人族、竜族といったものもいるらしいが、確認はとれていない。
これらの情報は、どんな田舎に住んでいようが流石に知っている情報なのである。
「うん……えっとね、こう背が小さいけど力が強くて、あと物を作るのが上手い人達のことだよ」
とりあえずリィドは簡単に概要を説明する。
それを聞いたシアは嬉しそうに「いつかあってみたいです!」と声を上げていた。
「……まるで赤子だな、その子」
男がリィドにだけ聞こえるように言葉を発する。
赤子。
確かに、リィドが今まで見てきた限りではシアは無知にもほどがある。
そもそも大聖堂でもある程度の教育はされているはずだ。なのにもかかわらずである。
(……赤子……か)
リィドは思考にふけようとするが、それを男が邪魔をした。
まだ男は話の途中だったからである。
「で、続けるが……その厄介な奴らはこのあたりに元々いた盗賊達を取り込み始めたんだ。今じゃ一大勢力さ」
「なるほど……シア。その廃城に住み着いた奴らがオロンさんの荷物を盗んだ張本人かもしれない」
「あっ、な、なるほど!!」
ぽんと手を叩くシア。
だが、その言葉に反応したのはシアだけではなかった。
男がびくりと肩を震わせる。
「オロン……って言ったか?」
「え? はい。僕とシアは、オロンさんの荷物を奪った盗賊達を退治しにきたんです」
男はそれを聞くと、そろりと足を動かした。
そのまま洞窟の入り口まで行くと、振り返り二人に向かって一言。
「お騒がせしました」
「いやいやいやいやちょっとまって? ちょっと待って?」
リィドが立ち上がる。
男はそれを見ると急いで足を動かそうとしたが、その場にころんでしまった。
「痛ってェ!! だめだ走れん!!」
「そりゃあれだけの傷一日じゃ完治しませんよ!! なんで逃げるんだ!!」
男を立ち上がらせようとリィドが男の近くに立つ。
その時、男が腰につけていた革袋に目が行く。
「ちょっと失礼」
男の行動に不信感を覚えたリィドは、男の手荷物を改めることにした。
革袋の中を開く。
中には金貨、銀貨、それと小さな羊皮紙が入っていた。
「……シア、僕の荷物からオロンさんにもらった地図取ってくれる?」
「あ、はい!! どうぞ!」
そう言うとシアは急いでリィドの革鞄から地図を取り出し、リィドに渡す。
なでてほしそうな顔をしていたが、今はそれどころではないとリィドはスルーした。
「……なるほど。シア、これ見て」
「? は、はい」
地図と、男の持っていた羊皮紙を広げて見せる。
羊皮紙には、地図のオロンが印をつけてくれていた付近が詳細に書かれていた。
"抜け道"も"商人たちの移動経路"もである。
「えっと……えっと?」
まだ分からないといった顔をシているシア。
「オロンさんが襲われた周辺の詳細な地図を持っていて、僕とシアの目的を聞いたら逃げようとした……ってことは……」
「えーっと……あっ!! この人もオロンさんから盗賊退治を頼まれたってことですか?」
「うん。……いやそうじゃない。違うね? この男は、僕達が退治するべき盗賊なんだよ!」
「す、すごい……! どうしてわかったんですか!?」
シアがすっとぼけた言動を繰り返す中、男の額に汗が滲む。
「"バインド"」
男がこっそりと腰の短剣に手を伸ばそうとしていたのを、リィドは見逃さなかった。
即座にバインドを発動し、男を拘束する。
「よしシア。こいつを引き渡して、オロンさんの荷物の在り処を教えてもらったら今回の依頼は達成だ! 帰ったら美味しいものでも食べような!」
爽やかな笑顔でリィドが口早に言う。
シアはあまり理解できていない様子だったが、どうも盗賊を捕まえたということは理解したようで、飛び跳ねて喜んでいた。
「これでオロンさんも喜びますね!!」
「うん。良いことをするって気持ちがいいね。さぁ帰ろう」
二人がそれで納得仕掛けた時だった。
男が必死に声をあげる。
「ちょ、ちょっとまってくれ!! 頼む!! 話をきいてくれ!!」
「シア。盗賊の話は大抵誘惑の言葉だ、そういうのは聞かなければ誘惑されることもないんだ」
「な、なるほど!」
そう言ってシアは耳を両手で塞ぐ。
だが男はまだまだ必死にもがく。
「わかった! わかった言うよ! オロンとかいう商人の荷物を盗んだのは俺たちだ! でも理由があるんだよ!!」
「理由? 悪人の理由なんて大抵相場が決まってるんだよ」
「違う! その廃城にいるヤベー奴と関係があるんだよ!」
そういえば、廃城に厄介な奴がいるとは聞いているが、結局この男が魔物に追われていた理由にはなっていなかった。
リィドはそれを思い出すと、少し話を聞くことにした。
「その廃城にいる奴は……このあたりの盗賊をみんなまとめ上げたその張本人は……」
男は一瞬溜める。
リィドは適当に聞き流すつもりで、それを見ていた。
男がついに口を開いた。
「その盗賊達と……"魔物"を使って、周辺の村を襲ってるんだ」
「……そんな馬鹿な」
リィドが聞き捨てならない言葉がそこにはあった。
"魔物"は生態がわからず、かといって人間が使役できるような類の生物じゃないはずなのだ。
今まであらゆる研究者や国家が"魔物"を使役できればと考えてきた。だがそのどれもが失敗だったのだ。
そんな偉業を成し遂げた人間がいるとすれば、それは間違いなく調査対象である。
そしてリィドは思い出す。
"確かに魔物は生態がよくわかっていない。だからといって、その上に魔王がいると論じるのは早計ではなかろうか。"
リィドは国王の前でこう思った。
つまり魔物を使役する存在がいるとすれば、それを魔王に仕立て上げることもできるのではないだろうか?と。
「その話。詳しく話してもらおうか」
一方シアは、未だに耳を塞ぎ続けていた。