休息と賢者
街道をあるき続けて丸半日。
そろそろ日が落ちてきて辺りが暗くなり始めていた。
「シア、宵闇の時間が来る前に急いで野宿の場所を探そう」
「はい! ……って、宵闇ってなんですか……?」
「太陽が落ちきって、月もまだ登りきってない時間のことだよ。その時間だけは魔物が活発になるんだ」
「へぇ~そうなんですね! じゃあ急いで探しましょう!!」
といっても、シアはどういう場所を探せばいいのかわからない様子だったので、リィドは焚き木を集めてくるようにお願いしておいた。
その間リィドは野宿の場所を探す。
街道から少し脇にそれた場所に、奥行きがそこまで深くない小さな洞窟を発見した。
木々に囲まれており遠くからでは視認できない。さらに動物のフンや骨等がないことから、魔物や動物たちの巣ということでもなさそうだ。
「シア、こっちに野宿できるところがあったよ」
リィドは洞窟を見つけると、近くで焚き木を拾っていたシアに声をかけた。
シアはすでに両腕一杯に焚き木を拾っており、リィドを見つめていた。
その目は、褒めてほしいという願望がにじみ出ていた。
「あ、ありがとうシア。たくさん集めてくれたね」
だがその言葉だけではシアは満足しないようすだった。
何も言わず頭をすっとリィドの方に向けてきた。
撫でろという意味だろうとリィドは察した。
「よ、よしよし……?」
「う、うぅぅ~!! うれしいです!! シア頑張りました!!」
シアの柔らかな頭を軽く撫でると、両腕の焚き木が下におちるほど勢い良く飛び跳ねて喜んだ。
跳ねる度に髪がふわりと上下に揺れる。それが可愛らしさを増幅させていた。
「うん、じゃあこっちに洞窟があったから今日はそこで休もう」
「はい!! 賢者様!!」
二人はそんなやり取りをしながら、リィドの見つけた洞窟へと到着した。
洞窟の地面にシアが集めてきた焚き木を置く。
リィドは杖を取り出し、その焚き木に向かって"チャル"と呪文をつぶやいた。
すると焚き木の中から炎が燃えだし、集められた木はたちまち焚き火となった。
二人はその焚き火にあたりながら、何を話さないでいた。
(……よく考えたら、こんな可愛い少女と今二人っきりなんだよな……)
リィドはシアを見る。
紅の髪はいつ見てもさらさらで、肌は大聖堂から出たことがなかったからなのか妖精のように白い。
服はシルクで出来ているのだろうか、妙にさらさらとしたシンプルな服だった。
そんなシアは何をするでもなく、ぼぉっと焚き火の炎を見つめていた。
「そういえばシア。オロンさんの依頼を二つ返事で引き受けてたけど……どうして?」
シアはオロンが困っているからお願いを聞いてあげたいと言った。
だが"盗賊退治"なのだから、人と戦う事になるのは流石のシアでも理解しているはずであるとリィドは思っている。
シアは一瞬上を見上げて考えを纏めると、リィドに向けて口を開いた。
「盗賊って、人から物を盗る悪い人なんですよね。オロンさんが言ってました」
リィドは頷く。
そもそも盗賊を知らなかったのかというところはあえて置いておいて。
「シア、子供の頃大事にしてたお人形さんがあったんです。でも、ある日それがなくなってて、どこにいったのかな~って探してたら、隣の家の子が持っていっちゃってたんですよ」
シアは膝に顔をうずくめる。
子供の頃……伝説の勇者の末裔として大聖堂につれてこられる前の話なのかとリィドは理解した。
「その時、すごく嫌でした。オロンさんも大事な荷物を持って行かれて、きっとすごい悲しいと思います。だから、ほっとけなかったんです」
シアは、リィドが真剣に話を聞いていることに気づくと、目をそらした。
その後「勝手に解決してみせますなんて言ってごめんなさい」と付け足した。
商い通りで勝手に歩き回り、勝手に他人のお願い事を聞く選択をした自分を責めているのだと思ったのだ。
だが一方のリィドはそんなつもり全くなかった。
ただ単純に、シアがどういう気持で依頼を受けたのかが気になっていたのだ。
正義心からなのか、下心があるのか、冒険に出るからと舞い上がっていて勢いで受けたのか……。
だがシアはリィドの思うそれらとは違う思いで依頼を受けていた。
(なんていうか、シアは純粋なんだ)
リィドは自分の今までの人生を振り返る。
両親から引き継いでしまった汚名を返上するとはいえ、とにかく手柄を立てることばかり考えていた。
周りの思惑や陰謀に翻弄されながらも、必死に努力を重ねてきた。
だがその人生は、真っ暗だった。
「シア。僕はシアはそれでいいと思う。勝手に僕の側を離れたのはちょっと怒ってるけど……オロンさんの依頼を受けた理由は、素敵だと思う」
シアにはその純粋さを失ってほしくない、リィドの勝手な願望が入った言葉だった。
「ほ、ほんとうですか賢者様!」
褒められたのがうれしくてか、シアは顔を上げて満面の笑みをリィドに向けた。
「でもシア、物を盗るのがだめってわかってるのに、なんで商い通りでは勝手にお鍋を持ってきたんだ?」
「あのお店の人が『嬢ちゃん可愛いからおじさんサービスするよ! どれでも持ってきな!』って言ったからですよ。だから、じゃあこれ持っていきますね~って」
「ああなるほど。そういう事か」
リィドは店主から「サービスするよ! どれでも持ってきな! 安くしとくから!」と言ったら、突然鍋を持っていかれたと聞いている。
つまり最後の"安くしとくから"まで聞かずに早とちりで持ってきてしまったのだろう。
「シア。これからは、人の話は最後まで聞こうね。僕との約束」
「? は、はい! 頑張ります!」
シアはよくわからないといった顔をしていたが、頷いたのでよしとするリィド。
「さ、じゃあ早く寝よう。明日は朝からまた歩くからね」
「はい! 実はシア結構くたくたなので、すぐ眠れそうです!」
(そりゃああれだけスキップやら鼻歌やらあちこち走り回っていたら疲れるだろうな……)
まぁそれも彼女らしいか、と少しシアのことを理解できたリィドだった。
◆
シアが眠りについた後でも、リィドは見張りのために目を開けていた。
寝込みを襲われるということは、死亡確率がぐんと上がるということである。
「生物感知の魔法を張って僕も少し寝るか……マナも節約したいから一時間が限度かな……」
リィドは鞄から瓶を取り出してマナの残量を確認する。
瓶は鞄の中に残り十本程入っており、全てがマナで満たされていた。
「よし、じゃあ生物感知……」
リィドが呪文を唱えようとしたその時だった。
洞窟のすぐ近くから、木の葉を踏みしめる音が聞こえる。
さらに枝がパキっと割れる音も聞こえてきた。
(……間違いない。何かが近づいてきてる)
リィドはとっさに杖を構える。同時に、シアの肩を揺すった。
「シア…起きてくれ」
肩を揺すられたシアは、ゆらりと身体を起こす。
目を擦りながら、何が起こったのかわからないといった様子だ。
「賢者様……?」
未だに寝起きでリラックス状態の少女を見て、リィドは小声で現状を伝える。
静かに、だが危機感を持って。
「敵襲かもしれない」