魔法と賢者
リィドとシアはオロンから貰った地図を頼りに街道を歩いていた。
地図にはマークがつけてあり、盗賊の出没した位置を示してくれている。
「ごめんなシア、馬車か馬を用意できればよかったんだけど……」
目的地までは徒歩で一日ほどかかる。
最初はリィドも足を用意しようとしたが、いかんせんお金がなかったのである。
オロンに前金としていくらか貰おうとも考えたが、盗賊のせいでほぼ一文無しになっているような人にせがむような真似はできなかったのだ。
「いえ! シアはこうして賢者様と歩くほうが楽しいので!」
そういうシアはと言うと、鼻歌混じりに飛び跳ねながら移動している。
「うーんっ、空気がおいしいです賢者様!!」
「そ、そうだね。ただすぐにバテないようにね」
リィドがそう言うと、シアは「はい!」と力強く頷いた。
(そうは言うもののこれじゃあバテるのも時間の問題か……)
チョウチョが飛んでいればそっちにいってみたり、大きな岩があったら触ってみたりと、シアは忙しない。
ちょこちょこと周りを走り回るシアを見て、リィドは注意しようとも考えたがやめた。
こんなにも楽しそうにしている少女に横槍を入れるのは流石に無粋だとおもったからだ。
(何回か休憩を入れてあげよう。本当に楽しいみたいだし……)
シスターキルサの言う事が本当だとすると、シアはいままでの五年間大聖堂から出ずに過ごしたのだ。
先の商い通りの件もそうだが、全てが新鮮で新しい発見ばかりなのだろう。
物心がついたばかりの子供のようにはしゃぐシアを、リィドは微笑ましく思った。
そんな可愛らしい少女を横目に、リィドは先のことを考える。
リィドがオロンから得た情報はこうだ。
盗賊の規模は、だいたい六人位。それぞれが剣と弓で武装しており、魔法を使う者はいなかった。
やたら身体の大きい盗賊が一人いたのと、リーダーらしき女の盗賊がいた。
盗賊は山道途中の岩場から突然現れ、一気に傭兵達を蹴散らし、積荷を奪っていった。
かれこれ一ヶ月前から出没しているらしい。
オロンから聞き出せた情報は以上の通りだった。
(通常交易商は5~6人の傭兵を雇いながら移動するものだ。それを一瞬で蹴散らし積荷まで奪っていく手際のよさ。かなりの手練とみて間違いなさそうだな……)
リィドは背中に背負った大きめの革鞄から、青白く光る手のひらサイズの小瓶を取り出した。
それを見てシアがひょこひょこと近づいてきた。
「賢者様! それなんですか? とっても綺麗ですね!」
「ああ、これはヨウロアの水……簡単に言うとマナだね。魔法を使う時に必要になる道具だよ」
「ま、魔法!? 賢者様、魔法を使えるんですか!?」
魔法はこの世界では、一般的……とはいえない代物だ。
魔法核と呼ばれる特別な器官を身体に宿した人間しか使えない、特別な技術なのだ。
魔法を使えるというだけで大きなステータスになりうる。
「僕は大賢者だからね。一通りの現代魔法は使えるし、古代魔法の一部も取得してるよ」
リィドのその言葉を聞いてシアの目が輝く。
「みせてください!! 賢者様!! シア魔法が見てみたいです!!」
その希望の眼差しに勝てずに、リィドは「いいよ。一回だけね?」と頷いた。
だがその顔はにやりと笑っており、まんざらでもない様子が伺える。
「じゃあ今から見せるけど、どんな魔法がいい?」
「え~っと、え~っと……。じゃあ、甘いものをたくさん出す魔法!!」
「うん。ちょっと待ってシア。シアの考える魔法ってどんなものか教えてくれない?」
シアはう~んと唸ったあとにその質問に答えた。
「なんでもできるすごい魔法……!!」
「なるほど」
リィドはこほんと咳払いをする。
魔法は確かに一般的ではないし、その実態を知らない平民も多い。
田舎領地の農民になると"なんでもできるすごい技術"と思っていることもしばしばあるのだ。
シアは大聖堂に五年前引き取られたといったが、それ以前は何をしていたのかリィドは知らない。
だが魔法に対する知識の低さから、元は田舎領地の農民だったのではないかと推測する。
そして元々そうだったのだとしたら、彼女の無知を攻めることはできない。
リィドはシアに魔法について説明することにした。
「魔法はシアが思っているような便利でなんでもできるものじゃないんだよ」
「え、そ、そうなんですか!?」
ガーンと音が聞こえてきそうな程シアは落胆した顔をする。
少しその顔に罪悪感を覚えながらもリィドは続ける。
「例えば簡単なものだと、闇を照らす魔法とかだね」
リィドは腰から二の腕程の長さの小さな木製の杖を取り出した。
その後小声で『ライト』と呪文を唱えた。
同時に、杖の先に光る玉が現れ徐々に大きくなる。
最終的に光る玉は、握りこぶし一つ分位にまでなった。
「すごい!! 光ってますよ!! これでランプいらずですね!!」
「ところが、そうもいかない」
リィドはそう言うと先程取り出していたマナが入った小瓶をシアに見せる。
「あれ……さっきよりも減ってます……?」
小瓶の中のマナは、さっきシアが見たときよりも少しだけだが減っていた。
瓶の横に小さなメモリがついているので、微妙な減りに気づけたのだ。
瓶の中のマナは更に減っているように見えた。
「そう。これは魔法を使うたびに減っていくんだ。このマナを使って、代わりに特別な現象を起こす。それが魔法なんだ」
「うーんと、ばーん!と何かをすれば、その分だけこの水が減っちゃうってことですか?」
「そういうことだね。今みたいにずっと魔法を維持するのにも使っちゃうんだ。で、この水はとっても高い」
ざっくり計算しても、ライトの魔法で洞窟内を照らし続けるのとランプで洞窟内を照らし続けるのは、後者のほうが安上がりになるのだ。
「それに、魔法っていうのは呪文と命令書っていうのがあって、難しい魔法を使おうとするとそれだけたくさんの命令書を書かなきゃいけなくなるんだ」
リィドはそう言うと革鞄から一枚の羊皮紙を取り出す。
羊皮紙の一番上には、呪文"ライト"と書かれており、その下には大量の文字が記されていた。
「この呪文ってところが、実際に唱える呪文。その下に書いてある文字が、呪文を唱えた時に起こる現象の命令群だね」
「えーっと、えーっと、つまり、えーっと……」
リィドは続きを話そうとするが、シアの頭から煙があがっているのを見て一旦止める。
難しい話が多すぎてオーバーヒートしているのだろう。
それを見かねたリィドは要約することにした。
「シアの言ってた"甘いものをたくさん出す魔法"を作るには、たくさん文字を書いておかなきゃいけないってことだね」
「な、なるほど……!! 魔法ってすっごく難しいんですね……」
それにお金もかかりそうです、とシアはぼそりと呟く。
「まあそういうこと。だから魔物と戦う時とか、いざという時にしか大技は使えないって覚えておいてくれ」
杖の先についていた光る玉がそっと消えたのを見て、リィドはを杖をしまいこんだ。
シアは自分なりに理解したらしく、こくりこくりと頷いていた。
「ところでシア、戦うで思い出したけど、僕があげた短剣はちゃんと持ってる?」
リィドは王都を出る前に、なけなしの400ルンで安物の短剣を購入していた。
値切りに値切ってやっとこさ400ルンにできたその品は、シアのような華奢な身体でも簡単に振り回せそうなほど小さい。
金がないというのもあるが、あまり大きな武器を買ってもシアには扱えないと考えたリィドの判断だった。
「はい! ちゃんと持ってます!」
そう言うとシアは腰につけてある短剣に手を重ねた。
「王都でも言ったけど……」
「戦闘の時は絶対賢者様の言うことを聞く事! ですよね!!」
「……うん、その通り。じゃあ先を急ごうか」
「はいっ! 賢者様!」
二人はやり取りを終えると、また街道を歩き始めたのだった。
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