依頼と賢者
「そ、そうだったんですね……この銀色の丸いのを使わないと物はもらえないんですね……」
シアはリィドが国王から貰った六枚の銀貨の内の一枚を眺めていた。
「他にも銅と金があるんだよ。それぞれ銅は10ルン、銀は100ルン、金は1000ルンって読み方をする」
リィドは丁寧にシアに教えて行く。
もっとも手元には銅も金もないので、口頭での説明になっているが。
シアはそれをコクリコクリと何度も頷いて、真剣に話を聞いている。
「じゃあこの銀色の丸いのが二枚で、200ルンって言うんですね?」
「そう! わかってきたねシア」
「えへへ~ありがとうございますっ!」
ほっと胸をなでおろすリィド。
少しでも自分が難しい話だと思ったら、話を聞いてくれないかと思っていたが、案外素直にリィドの解説を聞いてくれたからだ。
根は真面目な子なんだなとリィドは理解する。
「ところで、さっきのお鍋はいくらだったんですか?」
シアはどうもその鍋が気に入ってるらしく、値段をリィドに聞く。
「それは店主に聞くしか無いね。だから買い物をする時は、まず品物を指差してこれはいくらですか? って聞くこと」
「な、なるほど……わかりました! 賢者様!!」
ニコニコとシアは頷く。
リィドはそんなシアを見ながら、少し癒やされる。
なんやかんや言ってもやはりシアは可愛いのだ。しかもリィドの好みである。
なんとか言いくるめてこの旅を断念してもらおうとは思っているリィドだが、それをなかなか言い出せないのはそういう背景もあるからだ。
そんなことを考えながら二人は商い通りを歩く。
シアは相変わらずきょろきょろと辺りを見渡していて、何に対しても興味津々のようだ。
(……とりあえず言うのは後回しにしよう……どっちらにせよ僕は旅立たなきゃだめだし、先にアイテムを買っておくか……)
リィドはそう決めて、近くの露店の前で足を止める。
「すいませんこの回復薬、いくらですか?」
「1200ルンだよ」
「……あ、そうスか……」
高い。
「えっと、この革袋は……」
「2000ルン」
更に高い。
「じゃあこっちの装備は」
「8000ルン」
リィドは改めて手元にある銀貨を見つめる。
今はシアに二枚渡しているから、残っているのは四枚。つまり400ルンだ。
(あっれぇ? こんなに物価高かったっけ……?)
困惑するリィド。
つい一ヶ月前、この商い通りを通った時はもっと安かったはずだ。
国の政策は変わっていないはずだし、何か運搬路に問題でもあったのかもしれないとリィドは思案するが、そんな思案はなんの意味もなさなかった。
金がなければ買えない。ただそれだけなのだ。
(畜生、仕方ない……アレクに頼んで少し貸してもらうしか……)
そこでリィドは気づく。
さっきまで自分の後ろをちょこちょことついてきていたはずのシアが見当たらないのだ。
「あ、あれ? シア?」
辺りを見渡す。だが、シアらしき少女は見当たらない。
目立つ外見をしているので、近くにいれば見つかるはずである。
人混みをかき分けて探すリィド。
(もしかして迷子になったか……?いや、あの可愛さだ。最悪攫われる可能性だってある)
王都は比較的治安がいい。だが全く悪人を入れないというのは無理な話で、一定数の悪人は必ずいるのだ。
リィドに焦りが見え始める。自分から旅の終わりを告げるならまだしも、こんな形で離れ離れになるのは違うと思ったからだ。
だがその焦りや不安は、杞憂に終わった。
「し、シア……ここにいたのか!」
「あ、賢者様! すみません……勝手に動いて……」
大通りから少し外れた、小道に入る場所にシアはいた。
リィドはほっとする。だがよく見れば、シアの前にはボロボロのローブを纏った背の小さい男がいた。
もしかして本当に攫われてる最中だったのかもしれない、とリィドはシアを引き寄せる。
「わわっ、どうしたんですか賢者様!?」
突然引き寄せられて、不意に抱きしめられる形になったシアは驚きで声を上げる。
片腕で抱きかかえられながら、シアはリィドの顔を見て恥じらう。
だがリィドは気を抜かない。そのままローブの男を睨みながら、怒声を飛ばした。
「シアに何をするつもりだったんだ!!」
同時にリィドは、小さな杖をポケットから取り出して相手に突きつける。
ローブの男はおろおろとしながら「え!? いやちょっと、待ってくださいよ!?」と絶叫しながら後ずさる。
リィドはそれを見てじりっと一歩詰め寄る。
「答えろ!!」
リィドが脅しのため、攻撃の魔法を使おうとした瞬間。
リィドの声に答えたのはローブの男ではなく、シアだった。
「違うんです賢者様!!」
「なるほど、やっぱり人さらいだったんだな!!……ん?」
賢者に片腕で抱きかかえられながらも、シアはリィドを止める。
突然守ったはずのシアから止められて、リィドは一旦止まる。
「え、どういうこと?」
「シアはこの人が困っていたので、話を聞いてあげていただけなんですよ!」
シアはリィドの腕から逃れて、立ち直る。
それを見てリィドは杖を下ろす。
「あ、そ、そうだったの?」
「はい! そうです! この人は品物を運んでくださる方で、最近その通路に盗賊が出たとかなんとか……えーっと……」
シアは聞いたであろう話を必死に教えてくれる。
だがしっかり理解していないらしく、歯切れが悪い。
「えーっと……ようはこの人は交易商で、交易路に盗賊だか野盗だかが出たから困ってる……って感じ?」
「そう! その通りです怖い旦那!」
リィドがシアの言葉を要約すると、ローブの男がそれに便乗してきた。
「あっしの名前はオロンと申しやす。よくドワーフに間違われる背丈をしとりますが、立派な人族でやす」
そう言ってローブの男、オロンはローブを取ってみせた。
小太りの若い男の顔がそこにはあった。
少し奇異なのは、右の頬に金槌の入れ墨が掘られていること位でそれ以外は普通の男だ。
「ここであったのも何かの縁。どうか、交易路の盗賊達を退治してくれやしませんか?」
リィドは顎の下に右手を重ねて、思考を走らせる。
もしかして物価が上がってるのはその盗賊たちが交易路を襲い続けているせいかもしれない。
出来ることなら解決してやりたい、手柄の為にも、商人に恩を売るためにも。
だが、必ず戦闘が起こる……ましてや、殺し合いが起こるかもしれない場にシアを連れて行っていいものか。
リィドがそんな悩みの解決策を模索している最中、声を上げたのはシアだった。
「はい! まかせてください! この伝説の勇者の末裔シア=レグレスと、シアの賢者様がパパっと解決致します!!」
どーんとまかせてください!とシアは小さい胸を右手でぽんと叩く。
「え、いやちょっとまてシア!! 危ない事なんだぞ、簡単に……」
リィドがシアを止めようとする
だがその言葉に覆いかぶさるように、オロンが言った。
「ほ、本当でやすか!? それに、伝説の勇者……聞いたことありませんが、何かすごい響きを感じやす!! もし解決してくださいやしたら、あっしも全力でお二人をサポートしやすから!!!」
オロンはリィドが次の言葉を発する前に、何度も何度も頭を下げた。
シアはそれを見て、安心してください。必ず解決します!と言っている。
(……シアは理解してるんだろうか、これが危ないことだって……)
リィドは一抹の不安を覚える。
だがリィドにはもう一つの考えが浮かんでいた。
国の外には盗賊だけではなく、魔物もいる。
外が楽しい場所ではなく、危ない場所だと知ればシアも自分から旅をやめたいと言う可能性もある。
シアに現実を教えるいい機会かもしれない。
(それに本当に危なくなったら僕が助ければいい。……よし)
リィドはそう考え、しぶしぶではあるがオロンの言葉に頷いた。
「わかりました。必ず解決しますよオロンさん」
シアがリィドを見て、満面の笑顔になる。
「で、ですよね賢者様!!! 困っている人は見過ごせませんよね!!」
「……まあそう……だね。ただシア、戦闘の時は絶対僕の言うことを聞く事。これだけは守ってもらうからね」
「はい!! もちろんです!!! 絶対にお役に立ってみます!!!」
シアのその無邪気な笑顔を見て、旅をやめさせる口実を探している自分に後ろめたさを感じるリィド。
だがこれも必要なことなんだと自分に言い聞かせ、切り替えることにした。
「じゃあオロンさん、盗賊がよく出る場所を教えてくれますか?」
こうしてリィドとシアは、交易路の盗賊退治という初の依頼を始めることになったのだった。