出会いと賢者
ロロ大聖堂。
カルタガラ王国の国教である"ロロ教"を広めている聖堂の一つである。
中でもこの大聖堂は、孤児を大勢養っていることで有名である。
他の聖堂でも孤児院を営んでいる事は多々あるが、ロロ大聖堂は規模が違う。
「確か国王様が言うにはここだったよな……」
リィドは神を信じていない。
こんなことを公に言うと信者に殴り倒されそうなので言えないが、リィドが神に祈るタイミングがあるとすれば、精々掛け金がつり上がったギャンブルに勝てますようにと手を合わせる時位だった。
なので王都にすんでいながら、リィドはロロ大聖堂を見たことがなかった。
外装はしっかりと磨かれた白塗りの壁で、三階建て。
一番屋上には巨大な鐘がついていて、朝、昼、夕に一回ずつ鳴る。
扉は木造で、少し古びてはいるが決してボロい印象は受けない。
リィドはその扉に手をかける。
だがすぐに手を引っ込めた。
(待て。中に入ってもし伝説の勇者の末裔が直ぐにいたら非常に気まずい。まずは挨拶を考えよう)
そもそもリィドは伝説の勇者の末裔がどんな人物なのか、そもそも男なのか女なのか、子供なのか大人なのか全く知らない。
国王に事前に聞いておけばよかったと後悔する。だが国王も二時間前に知ったとか言っていたので、もしかしたら国王ですら知らない可能性もある。
リィドは試しに、数パターン伝説の勇者の末裔の姿を想像してみる。
伝説の勇者の末裔は筋肉マッチョの変態であり、常に服を脱ぎたがる。決めゼリフは「俺の大胸筋を見てくれ」。
もしくはリィドより少し小さいくらいの少年で、話を聞くやいなや速攻で魔王退治に協力してくれるような素直で意識の高い子。
大穴は普通に常識人で、戦いも出来て「魔王を倒すなんて馬鹿げてますよね」とリィドが聞くと頷いてくれる話の分かる人。
(大穴以外どれも嫌だな……自分でやっといてなんだけど)
しかし実際に見てみないことには判断ができない。
リィドは意を決して、挨拶は「上腕二頭筋素敵ですね」にしようと決意し扉に手をかけた。
だがリィドが手に力を入れようとする瞬間に、木の扉はひとりでに開かれた。
正しくは内側から誰かが開けたのだ。
「うわっとぉ!?」
扉を開けようとしていた手の力が行き場を失い、リィドは開かれた扉の向こう側によろめく。
その勢いは、扉を内側から開けた人間にぶつかるまで続いた。
「きゃぁ!?」
少女の叫び声があがる。
リィドはその叫び声を上げた少女に抱きつくようにして倒れ込んでしまった。
「痛ッたい……開けようとしたら開けられるとかどんなタイミングだよ本当に……ってうわ!?」
そこでリィドが見た光景は、倒れ込んでしまい目をつむっている少女だった。
少女の上に伸し掛かる形になってしまっていたのだ。
リィドは硬直する。それは、少女の外見があまりにも美しかったからだ。
紅の長い髪、整った顔立ち、まだ未発達ながらすらりとした身体。
貴族の社交界や魔法騎士学校で女性はさんざん見てきたリィドだが、こんなにも美しい少女は初めてだった。
有り体に言って、どストライクだったため見とれてしまったのだ。
(ま、まずい……早くここを退かないと……!! ああでも身体が言うことを聞かない! 動け僕の身体!!)
リィドは必死に身体を動かすそぶりをしては、また同じ体制に戻るを繰り返していた。
教会内にいた他の信者達が、二人が倒れた物音を聞いて何事かと寄ってきたが、どう反応していいのかわからなくて困惑している。
「う、ううん……」
そんな中、少女が唸り声を上げた。
リィドはそれを聞いた瞬間即座に立ち上がる。
そしてこの期に及んですまし顔をしながら、リィドは少女に手を差し伸べた。
「大丈夫ですかお嬢さん」
あからさまな変わり身に、周りに集まっていた信者達が顔を見合わせ「変わり身はええな兄ちゃん」などと呟いていが、リィドは聞かなかったことにした。
一方の少女はゆっくりと上体を起こし、頭をさすっている。
「うう……思いっきり頭うったぁ……あ、はい……大丈夫です……」
そう言いながら少女はリィドの手を掴む。
リィドは掴まれた手をぐいっと引っ張り少女を起こそうとする。
が、すんなりと少女は持ち上がらなかった為、もう片方の手も使う羽目になった。
「めっちゃだせえな」
「ちょっと力ってたし腰引いてたな」
「片手で引き上げてやれよ兄ちゃん」
「筋肉鍛えてないからだぞ」
信者達が思い思いの事をリィドに投げかける。
「すみませんねえ!! 最近ずっと室内仕事だったんで身体なまってるんです!!」
実際騎士学校の教師はしていたものの、実践実技などは他の人間が担当していたのだ。
リィドは魔法の知識を教えていただけである。ほとんどが机仕事、もしくは立ち仕事なので、身体がなまっていたのだ。
一方、信者とリィドの応酬の最中、立ち上がることができた少女は改めてリィドに向き直った。
リィドもそれに気づき、少女を見つめ直す。
「……」
「……」
しばらくの沈黙。それにつられて信者たちも沈黙してしまった。
だがその静寂を破ったのは、少女だった。
「も、もしかして……ですけど」
「は、はい……なんでしょうか……」
「大賢者……様? ……ですか?」
「え、あ、はい。そうですけど……」
リィドがそう答えると、それと同時に少女は物凄い勢いでリィドに飛びついた。
頭ひとつ分の背の差とはいえ、飛びつかれた衝撃で少しよろめく。
その後少女は両腕をリィドの背中に回し、がっしりと掴んだ。
「ようやく来てくれたんですね!! 賢者様!!!」
「え、いやはい。どちら様ですか……?」
その時リィドは「はっ」と閃く。
(まさか僕のファン……? いやそうに違いない。 少し目もうるうるしてるし、会えて嬉しいです! みたいなニュアンスだ!)
という思考に至り「おいおいあんまりがっつくなよ、僕は逃げないぜ」と言葉にしようとした瞬間である。
少し食い気味に少女が先に言葉を発した。
「私は"伝説の勇者の末裔"……シア=レグレスです!!! 賢者様、一緒に冒険の旅に出ましょう!!!!」
口をポカンと開けるリィド。
思考が全く回らない。いかんせん、伝説の勇者の末裔は男とばかり思っていたからだ。
まさかこんな少女が……いやいや何かの間違いだろう、いやいやでも本人がそう言っているし本当なのでは……。と頭の仲がこんがらがってしまっていた。
(だめだ、何か言わないと……!!)
そんな動かない頭で、リィドは必死に一言発した。
「え、あ……『上腕二頭筋素敵ですね』……」
その場にいた誰もが……いや、シア以外の誰もが困惑の顔色を示したのであった。