スバダリの自宅は、独身でもタワマン1LDK20畳って相場なんだよ!
お久しぶりです。
ホモを愛すこころが最推しカプに触れることで振り切って、夫に内緒で書いてます。
近頃はハワイ在住の米人伯父と国際結婚してる日本人伯母から一報があり、従弟1(兄)がガチホモで現在は素敵な恋人がいて、従弟2(弟)はガタイのいい中国系彼女とお付き合いしてると聞いたので、陰ながら従弟1を応援してます。ハワイでも同性婚制度作ろうぜ!
あまりにもホモを深く愛しすぎて気持ち悪いおばさんになってきたので、夫からは「BL小説家になれば?」と言われました。
先月まで「お父さんとお母さんとおじいちゃんに言えないじゃん!」と全力拒否してたんですけど、ちょっとアリ寄りのアリになってきました。
なのでいままで今作は『女装趣味の男の子とフツメンが夫婦漫才してるコメディ』的に逃げてきましたが、今回は『ラブ』に向かってます。
あ、一応えっちな話は逃げました!全年齢は貫きます!
R18指定してる数年分の二次創作物を友達に全部読まれたら、「君の最推しが誰にでもケツを差し出すクソビッチになってないか?」と指摘されたので、せめて一次創作では身持ちの固い難攻不落な男にしておきます。
その難攻不落な主人公・ヒロくんと、全力で落としにかかるスパダリ憂くんのこころのアンジャッシュを楽しんでいただけたら!
長くなったので「あ〜なんかめちゃくちゃ暇だわ〜どうでもいい感じのIQ0な作品で時間潰したい」目的にご利用ください。
「……ねぇ、ヒロ」
推定身長180cm近い男が、あざとかわいい上目遣いすんな。
いつもの客足0%な分岐堂書店の古臭いレジ台でせっせとブックカバーを折って補充してた僕はいま、無遠慮に盛大な溜め息で返事をした。
あーあ、また出たよ。このイケメンオカマ野郎。なんでお前いつもメス偽ってんだよ?
実家の親父は大企業のCEOで?お前は有名商社勤務の正社員?ざっけんな。
僕なんか普通のサラリーマン家庭育ちで専門学校を卒業して、ストレートフリーターの子供部屋おじさんだぞ。
まだ学生という免罪符がある実妹からは冷えきった目で見下されて呼吸すら許されない、燻り続ける漫画家志望の痛いおじさんだぞ。
そんな僕の黒く鳴門海峡のように複雑に渦巻く感情を無視して、パッと見はスーパーモデルの美女みたいな野郎は更に頭を抱える難題を押し付けてきた。
「ヒロは明日、ひま?」
「……一応、一日フリーだけどさ」
親のスネかじりで最底辺フリーターのくせに仕事が少ないのは一応メンツを考えて、店長に「週七勤務します!」と宣言したものの、まぁ普通に労基法違反だからと宥められて週五勤務で我慢してる分、休みの日は部屋から一歩も出ずに漫画の原稿と立ち向かっている。
もちろん閉店作業後は速やかに帰宅し、翌日の休みを活かして夜なべというか三十時間耐久原稿タイムを設けるつもりだ。
年齢的にも古の王道少年漫画しか描けず、いくら出版社へ持ち込みしても「流行りをチェックして作って」と追い出されては「あの編集はゴミだった」と自分に言い聞かせて、近所にある馴染みのバーで酔い潰れるのがオフの日恒例イベント。
しかし。
なにを考えてるのかよくわからないこの男の死んだ表情筋からようやっと読み取れたのは、『一縷の望み』。なんか……嫌な予感しかしないぞ。
僕の第六感が雄弁に物語っていた絶対拒否の未来予知は、奇しくも大当たりした。
「ボクの家で、デートしない?」
お・ま・えは!ぜってー僕とのワンナイト狙ってるだろ!?うんちを出し入れするとこに、アレを出し入れしたいんだろ!?
やめろ切れ痔デビューしたくないんだよ!漫画知識で知ってるんだからな!
母校のクラスメイトの半分以上は、女の子だった。しかし彼女たちはただの女の子ではない……スケベ大好きお腐れさま集団だ。
もちろんイケメン同士のアレコレが大好物で、漫画のノウハウの学び舎という環境を1000000%活かして数少ない男子学生たちは公認デッサン人形化し、例に漏れず僕も男にファースト壁ドンやファースト顎クイを奪われたり奪ったり。相手が女の子なら、喜んでやったけどな……残念ながら相手はパッとしない同い年の男限定だよ!
というかそういう問題ではなく、僕は恋人としかそんなラブコメ展開は……ってあれ?
コイツ、僕の彼氏(仮)じゃん!恋人じゃん!
世の恋人たちはあれだろ?残業で終電に飛び乗って帰宅したら、可愛い恋人がコトコト煮込んだシチューを作って待っててくれるんだろ?
そしてそのままシチューを無視して熱烈なkissを交わし、ベッドになだれ込んで全裸に布団かけて朝を迎えるんだろ?ま・ん・が・の王道ネタだよ!
ということは……。
僕はチラリと恋人(仮)を睨めつけ、探りを入れる。しかしそれがなぜかびっくり仰天、恋人(仮)には『可愛い恋人同士の恋の駆け引き』に見えていたようだ。
恋の駆け引きもクソもあるか!ただいますぐ帰ってほしいだけなんだが?
びっくりするほど閑古鳥だが、一応勤務中だ。だがヤツはそんなのお構いなし。
「じゃあ……またいつものとこで、待ってるから」
心做しか下手くそなスキップをしながら、僕の就業時間終了までいつものドーナツ屋に向かった。拒否権は一切ないようだ。
どうしよう……このままだと今夜掘られる!ん?掘る側か?どちらにしても特に守ってなかったのに鉄壁のガードが神に課せられた自身の操は、アイツにだけは捧げたくない。
「センパイ、どうしたんですか〜?」
底抜けに明るい声優っぽい可愛い声が、作りたての紙製ブックカバーをぐしゃりと潰して頭を抱える僕に降り注いだ。
愛ちゃん……ほんの数日前まで、冴えないフリーターの僕にとっては日々の女神だった彼女にとっては、僕はもはや『女装男と交際してる物好きなイロモノおじさん』。
なにこれ……なんでこんな学歴も職歴も収入もルックスも冴えない僕が、なんとなく少女漫画のヒロイン枠になってんだよ!せめてヒーローであれ!
「いま、憂さん来ましたよね?」
何気ない愛ちゃんの言葉にギクリ、と肩を揺らす。
そーだよねー!今日の愛ちゃんは二階担当で、二階にあるいまは物置&返本作業台にされてる元レジ内に設置されてる監視カメラのモニターは、ガッツリ見えてるからね!
「え、あ、えーと……まぁ、きてたよ……」
嘘がド下手でポーカーなんかで友人と闇賭けごとしたら1000000%飯代が消える僕には、もうそれしか言えない。
というか、なんならアイツに熨斗つけて愛ちゃんへ差し出して、恋のキューピッドに甘んじる方がマシなような気がしてきた。
しかし愛ちゃんはなんだか俯いて、ボソボソと声を出している。
耳を澄ませてよく聴いてみよう。
「あのキモ男死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
ん?呪詛かな?憂に呪いがかかる分には、一向に構わないが……その、この前まで君、アイツにフォーリンラブしてたよね?
「あ、愛ちゃん……?もしかして憂のこと……」
恐る恐ると言いかけた僕の言葉を颯爽と遮り、天女のような微笑みを取り戻してとんでもないことを言い出した。
「え?センパイ、なに言ってんですか?あんな害虫、ゴキジェットアースかけてやりますよ!」
ガチ百合女子の本気を強く感じて、なんだか股間に冷や汗が浮かんできた気がする。……僕にはゴキジェットアースかけないよね?
うむ。しかし厄介なことになったな。
僕はふたりの恋のキューピッドどころか、愛ちゃんと憂の双方を天敵認定させてしまった、ある意味では罪な男。争奪戦なんかされず、気になる子の恋愛対象外どころかアウトオブ眼中だったのが、僕にとっては救いのない話だ。
憂のことは正直どうでもいいが、癒し担当可愛い後輩の恐ろしい呪詛はもう聴きたくない。
なんとかならないだろうか?
ドーナツ屋へ向けてまた愛ちゃんの呪詛が放たれているあいだに、じっくりよく考えた。
僕はあくまで『憂の仮設恋人』に過ぎず、切ろうと思えば即日に切れる危うい関係。対して愛ちゃんにとってアイツは、『自分の純情な恋心を弄んだクソ男』。もちろん僕は問題なく、そっと蚊帳の外へ向かえる立場のはずだ。僕がいますぐ憂をフッて、接近禁止命令でも出せば安寧の地が保たれる。
だけど――。
「ねぇ、愛ちゃん。閉店作業が終わったら、ちょっと付き合ってくれないかな?」
時刻は閉店時間の二十二時に近く、レジ担当の僕はとっくにレジ締め作業を済ませて二階の事務室にある金庫へレジの黒くて重いトレーごと、売上金や翌日のお釣り、売り物の図書カードなどの貴重品すべてをしまい込めばほとんど仕事は終わりだ。
愛ちゃんももちろん返本作業を終わらせており、翌日に配送員が回収してくれるよう店の出入口付近へ伝票付きのダンボールの山をこさえている。
残った作業といえば、外に出して客寄せパンダの役目を果たした幼児向け雑誌が積まれているカートを店内へ運び込み、二十一世紀なのにWindows98で稼働していたレジとモノクロ印刷すらろくにできない壊れかけのコピー機と、そいつに接続された在庫管理&発注用パソコンのシャットダウンくらいだ。
僕は明日オフで愛ちゃんは出勤予定だから、身支度を済ませてセ○ムを起動させてシャッターを下ろして鍵をかけ、愛ちゃんに託すことで完結する。
僕より約一年後輩の愛ちゃんも、その流れはもう周知の事実だ。だからこそ、愛ちゃんはいまリスのように目を丸くして僕の誘いに驚愕している。
愛ちゃんは僕の淡い恋心に気づいていない。憂は彼女にとって目の上のたんこぶ。だからこそ。
「憂の家で、三人で軽くパーティーしない?」
「……は?」
うわぁ……愛ちゃんの西洋絵画みたいな可憐な顔が、一気に自宅で潜んでいたゴキブリを夜中に見つけた瞬間みたいに唇を曲げた。まぁ想定内。
「憂の家はここから割と近いみたいだし、アイツ生意気に車持ってるみたいだから、無料タクシーとして見ていいからさ」
『無料』の煌めきに少し揺らいでいるのか、愛ちゃんの唇が少しずつ緩んでいく。トドメをさそう。
「あの生意気ボンボンにふたりがかりでたかって、破産するまでコンビニ飯で豪遊しよう!」
「行きます」
即☆答!計画通り……!
他人の金で食う飯は美味い。老若男女共通だよね。天敵のお財布相手なら尚更。本当に破産するまで容赦なく豪遊しようという気概が、愛ちゃんが抱く憂への嫌悪感をうまく煽ったようだ。
僕たちは閉店作業を終えて、憂の待つ閉店間際のドーナツ屋へ向かった。
店内にはほとんど人影がなくて、店員たちが談笑しながら閉店作業を始めている。
「……ちょっとヒロ、なんでその公衆便所女が一緒なの?」
ドーナツ屋で食い尽くした痕跡とともに、冷えてきたコーヒーの残骸を飲み下して憂が渋い顔で愛ちゃんを睨めつける。愛ちゃんに負けず劣らず、ゴミを見るような目だ。これはかなり怒っている。
しかし愛ちゃんも負けじと、憂に食いついた。
「はぁ!?男なんか興味ないんですぅ〜!あんなくっそ汚いブツ突っ込まれるくらいなら、あたしはいますぐ樹海に身投げするんだからね!」
くっそ汚いブツ……アニメのヒロインみたいな可愛い声からそれ言われると、生物学上オスを辞めたくなる。
しかし落ち込んでいる暇はなく、憂と愛ちゃんの謎のキャットファイトをうまく鎮めにかかった。
「まぁまぁふたりとも、今夜は三人の親睦会ということで、とりあえずコンビニ行こうよ!愛ちゃんはまだお酒飲めないよね?好きなジュースとコンビニスイーツ一緒に選ぼうよ!」
「ヒロ?まさかこの汚物に、ボクの家の敷居を跨がせる気じゃないよね?」
不当な汚物扱いを受けた愛ちゃんの怒りゲージが上昇し、背丈の問題で憂の腹を殴りそうな小さな拳を僕が受け止めた。
「いまは黙っとけアッシーくん」
コイツにこれ以上口を開かせたら、僕の計画は台無しになる。憂を徹底的に制御しなければ、愛ちゃんがその姿に見合わないゴリラ腕力で撲殺するだろう。
警察を呼ぶ係ならまだ救われるが、おそらくこのふたりはどっちに転んでも死体遺棄の共犯者として僕を巻き込む。
「ヒロ……本当は昭和生まれ?」
「ギリギリ平成だバカヤロウ!」
……平成二年生まれは、紛れもなく平成生まれ。だってHey! S○y! JUMPにだって、平成二年生まれいるでしょ?顔面偏差値の差は皆まで言うな。
不承不承のふたりを引き連れて、憂がいつも利用してる駐車場へ向かった。
実を言うと憂の愛車を僕も初めて見る。
僕は高校三年の春休みで親に金を握らされて嫌々静岡まで二週間ほど合宿に出て普通免許を取ったが、フリーターに車なんか買って維持する余裕があると思うか?軽でも税金はエグいぞ。成人したその瞬間から、日本政府は敵になるんだ!騙されるな!
立派な子供部屋おじさんだからたまに親の車を使うこともあるが、正直に言えばド下手で駐車のときに実家の壁を派手に破壊してからは禁止されている。
親父に「壁の修理費用と車の修理費用」を実の親子なのに非情にも全額請求されて、貯金が雀の涙になりかけたんだ!
それからの移動はもっぱら公共交通機関か中古の原付だ。よくその辺の主婦が買い物で使う感じの、全然洒落っ気のない中古サイトで底値だった三万の、既に寿命っぽいのに歴戦を強いられた愛車だ。燃費も悪いしよくエンスト起こす。
しかし……。
「え……左ハンドルなんか、生まれて初めて見たんだが……?」
僕が深く唸るほど憂の愛車は、見るからにクソ高い。だってどう見ても外車じゃん……ガッツリ黒いフェ○ーリにしか見えないんだけど?絶対ガソリンはハイオクだろ?
「ヒロは助手席ね。汚物はしかたないから後ろなら我慢するよ」
そう言って憂は見るからにスマートな仕草で右前のドアを開き、当たり前のように僕を助手席へ招き入れた。慣れない右側の助手席に戸惑うあいだも、愛ちゃんが憤慨して自分で後部座席のドアを掴んで車内に入る。
「汚物の隣なんか死んでもイヤだから別にいいよ!」
愛ちゃんは乱暴にドアを閉めて、後部座席でも僕の真後ろを陣取って憂から可能な限りで距離を置き、シートベルトを装着していた。
君たちお互いに『汚物』呼びしてるけど……逆に仲よくないか?
憂がエンジンをかけるとカーステレオが上質なオーディオシステムのように、カフェみたいに小粋なジャズを鳴らした。エアコンの通気口にはこれまた高そうな芳香剤が設置されてて、暖かい風とともに上品な香水のような芳香を漂わせる。
駐車料金が三十分で五百円のところ、五百円だけ払ってゲートが開いたので、コイツはコイツで鬼のように残業してからここまで直行したのだろう。
よかった、二十四時間三六五日ストーキングされてる疑惑は晴れた。
そこから中井インターの方角へ向かい、高速には乗らずに三十分くらい湘南の海沿いを走った末に到着先は藤沢。
藤沢と鎌倉、江ノ島の人気は地元民にも異常で、だいたい有名芸能人や上流階級家庭の豪邸が建ち並んでいる。僕なんかのスペックじゃ、一生かかっても住めない地帯だ。
藤沢駅から徒歩三分くらいに位置する明らかなタワマンの駐車場へ入り、僕の苦手な駐車も憂は難なくこなした。女の子がよく憧れると都市伝説の、『バックするとき助手席の恋人の頭付近にさりげないボディタッチしつつ、カッコよく一発で駐車するやつ』やられたけど。
憂に促されるままに豪奢なエントランスへ入り、上等そうなスーツを着たオールバックヘアなコンシェルジュの男性が「おかえりなさいませ、名古木さま」と一礼した。僕と愛ちゃんは慌てふためいてコンシェルジュへ一礼するが、憂は特に反応しない。
そのままエレベーターへ乗り込み、夥しい数の操作ボタンから憂が迷いなく押した階は六十八階。エレベーターのボタンを見る限りでは、このマンションでも最上階だ。
六十八階まで辿り着くのに、優秀すぎるエレベーターなのか駆動音も静かに上昇してる感覚もほとんどなく、ほんの二分足らずで到着。
六八七一と部屋番号が金の滑らかな装飾で浮かんでいる下にあるプレートには、僕の実家の表札よりずっと高級そうな文字で「名古木憂」と彫られていた。
オートロックの玄関に案内されて、僕と愛ちゃんがまた絶句する。
玄関?と思うくらい広い四畳くらいありそうなスペースの床は、オール天然大理石。上がり框はないが、独居にしては大きすぎてだいぶ余らせているシックな靴箱が付いていて、憂は履いていたハイヒールをしまう。ちらっと見えた限りでは、ハイヒールの他に女性もののブーツと、会社用と思しき艶のある黒いストレートチップの靴が入っていた。
靴箱の上には装飾品の類はなく白いプレート皿がひとつだけぽつんとあり、憂がそこに自宅の鍵と車の鍵を置く。
玄関のすぐ側にはきっとファミリー層ならベビーカーや子供の自転車を置くようなスペースがあるが、なにも入っていない。
僕の実家より長い廊下の両脇にいくつかドアがあるから、きっと部屋があるのだろう。廊下の突き当たりにあったドアを開くと、広大すぎるリビングダイニングが現れた。
ざっと見で二十畳以上はありそうなリビングには大人五人くらいは余裕そうなソファがあり、リモコン類がまとめて置かれたローテーブルからすぐ近くに六十インチくらいの液晶テレビを載せた巨大なテレビボードが鎮座している。テレビボードのガラスから見えた最新式のゲーム機とブルーレイレコーダーの姿だけで、なぜかホッとする。ゲーム機もブルーレイレコーダーも、実家にあるものと同じだからだろうか。
しかしキッチンへ目を向けると、喉から心臓が飛び出しそうだった。まず実際にお目にかかったのは初めての、いわゆるアイランドキッチン。
その奥に立派すぎるワインセラーとなにに使うのかわからない液晶付きの大きな冷蔵庫、確かビッ○カメラでゲームを探すのに迷い込んで入ったキッチン家電コーナーで、値札に三十万とかバカみたいな数字が書いてあった自動調理機能とオーブン機能の豊富な電子レンジが置いてある。
炊飯器ひとつでも、四十万くらいしたような記憶のあるデザインのものが普通にいた。観葉植物が二個ほど部屋の隅に置かれて、彩りを添えている。
「コンビニも駅前にあるけど、冷蔵庫に賞味期限が切れそうな食材がいくつかあるから、ボクの料理でいいかな?」
そう言ってロングヘアのウィッグを外して半分ほど素に戻った憂に、僕はただ「う、うん……」としか答えられなかった。愛ちゃんも気持ちは僕と同様らしく、部屋をしきりに観察しては「あんなヒョロヒョロのモヤシ男の家が……あたしの家の二倍以上あるなんて……!」と唇がちぎれて血が出そうなほど噛んでいる。
「ヒロは適当にゆっくりしてて。着替えてくるね」
そう言って憂は廊下へ向かって、どこかの部屋のドアが開閉される音がする。憂がいなくなった瞬間に愛ちゃんが、いきなりテレビボードを漁り始めた。
「な、なにしてるの愛ちゃん……!?」
愛ちゃんの奇行にソファへ伸びかけていた僕の脚が止まって、中途半端な姿勢になる。愛ちゃんはまるで当然のように答えた。
「決まってるじゃないですか、AV探し」
「え!?やめなよ愛ちゃん……憂になんて怒られるか……」
そもそも男側からしたら、母に掃除という名目で不在中に物色されて、友達の兄ちゃんから借りた秘蔵のAVや円盤付きの素っ裸でおっぱいのデカさが規格外のお姉さんだらけのグラビア雑誌をまとめて机の上に置かれて、「せめて他所の嫁入り前のお嬢さんを傷物にしないように」という手書きメモを添えられただけでいますぐ墓に入りたくなる。
あのクソババァ……思い出しただけで腹が立つ。勝手に息子の部屋に入って掃除なんかすんなよ!
ご丁寧にベッド下へ週刊少年ジャ○プの山を盾に隠蔽してたはずの使用済みTE○GAまで、残さず処分しやがって!実家の自室でコソコソそんなの使ってる男が、女の子と現実でアレコレできるわけねーだろ!
愛ちゃんは僕の忠告を無視して無我夢中でテレビボードを物色し続け、マリ○カートとマリ○パーティとゼ○ダの伝説と大乱闘スマッシ○ブラザーズと星のカー○ィとドラ○ンクエストとモンスターハ○ターとポケ○ンとピク○ンと、いつファイナルになるのか不明なファンタジーのゲームソフトパッケージを広げ、思いっきり舌打ちした。
「あの野郎……純情ぶりやがって!ときめ○メモリアルがあったらまだ笑えたのに!やっぱり生活も性格も汚物!」
望まぬ健全なレパートリーに怒り狂ってるとこ悪いけど愛ちゃん……僕の部屋には鬼のようにあるよ、ときメモだけじゃなくてパソコン版のA○Rとかキー系のえっちなギャルゲ……。
「ちょっと、ボクの部屋まで汚さないでくれる?汚物は汚物らしく、これでも飲んで黙ってなよ」
いつのまにか着替え終わった憂が散らかったゲームソフトを見て溜め息を吐きながら、愛ちゃんに冷えたグラスと一見するとワインの瓶を渡した。ラベルをどう見ても『旅行先でハジけて勢いで買って飲んだら美味しかったけど、レシートを見返して泣く』タイプの果汁100%の上等な葡萄ジュースだ……。
愛ちゃんは遠慮なしに封を切ってグラスに注いでひと口啜り、また舌打ちをしてきた。「美味しすぎて悔しい」ということか?
憂は女装をやめてて、地毛のストレートな濡れ羽色の柔らかそうな髪をセットせず、シンプルな白いシャツと黒いスウェットのラフな格好になっている。化粧も落としてきたようだ。こうして見るとただのイケメンだよなぁ……。
「どうしたのヒロ?口がぽかんと開いてるよ」
「な、なんでもない!」
憂が怪訝そうな顔で僕に訊ねてきて、ようやっと自分が間抜けな顔をしてたことに気づいて口を閉じた。
うっかり見とれていたのか、油断をしてたようだ。イケメンの力、恐るべし。
憂は手馴れた様子で冷蔵庫から食材を取り出し、僕の母が「これ軽くて使いやすいって評判だからほしいのよ〜お父さん、次のボーナスで買ってよ」とねだっていたものと同じ海外メーカーのフライパンにオリーブオイルをたらし、切った鶏肉に火を通してから野菜も入れて、僕が知らないハーブみたいな調味料をいくつか入れて炒めていた。
その片手間で同じメーカーの鍋に水とコンソメ、玉ねぎとウインナーと人参を加えて煮立てて、真っ平らで掃除しやすそうな三口のIHコンロでスープを作っているようだ。
家事なんかできない僕から見ても、手早くてカッコイイ『リアルモ○ズキッチン』を観ているような気分になる。速水も○みちに憧れてわざわざワックスでそれっぽくヘアセットして、フライパンに上から油を注いでみたらフライパンからめちゃくちゃ外れて、プロパンガスからひいているパーツが多くて掃除が面倒な三口コンロを油だらけにして、台所の主であるババァに散々叱られた。
「ヒロ、アンタはどう頑張ってもも○みちくんにはなれないのよ。お父さんとお母さんの顔と体型をよく見て、遺伝の悲劇を感じなさい」と説得された。確かにババァは更年期で腹が太ったし、親父は完全なるビール腹。まさしく『昭和の人間』そのもの。
だが悔しいことに実妹だけは被害を受けず手脚が長くて可愛いらしく、同級生の男子にうっかり写真を見られたら「お義兄ちゃんって呼んでいいか?」としばらく『お義兄ちゃんブーム』が続いていた。やだよ、同級生が義弟になるなんて。家族の恋愛事情なんか知るのも気持ち悪いだろ。
「汚物、食器棚からお皿とフォーク出してよ」
なんてことないような口振りで、憂が愛ちゃんに必要な食器を揃えさせようとしている。キッチンからは既に美味しそうな匂いが漂っており、僕も愛ちゃんもヨダレをたらしまくっていた。
「あぁん!?汚物のくせにいっちょ前にあたしをパシるな!」
愛ちゃんはヨダレをたらしたまま、憂に反抗する。
天使の声とすら思っていた愛ちゃんの口が、どんどん悪くなっていく様が悲しい。愛ちゃんは憂への呪詛を呟きつつ、巨大な食器棚から適当に皿とフォークとスプーンを取り出して、そこへ憂が完成した料理を盛り付けていった。
空腹に我慢しきれず、僕は憂の手料理を頬張ってふごふごと「うまい」と呟いて夢中になっていく。
僕のその頬に憂の長く細い指が触れて、いつもよりわかりやすく微笑みかけてきた。
「本気ならまず胃袋を掴まないとね」
憂の指には僕の食べかすが付いていて、それを赤い舌でぺろりと舐める姿は様になりすぎてて、思わず心臓の鼓動が速くなった。
え、ドキってなに……?ここでドキドキすんなよマイハート!
まって相手は男ですから!学生時代の『ホモ漫画のデッサン人形役』と一緒の原理だから!これ当時のクラスメイトのお腐れさま女子たちが見たら、速筆でデッサンするだろ!
自分自身にそう強く言い聞かせて、誤魔化すように無理な量のご飯を掻き込んでどもった。
「ちょ……ちゃっかり嫁入りしようとするな!」
ん?米まで高級なのか!?ババァが買ってくる特売品の米と、香りも味も全然違うんだけど!え?既に胃袋が掴まれかけてた……危ねぇ!油断せずいこう!
しかし憂は更に僕との距離を詰めてきて、今度はするりと頬を撫でる。耳元で特段甘い声が囁いた。
「ボクはヒロが望むなら、嫁でも旦那でもいいよ」
そっと耳から離れた憂の顔が間接照明の柔らかい光を受けて、西洋人形みたいに白い頬が綺麗な薔薇色に染まっていた。なんとなく……唇が寄ってきている気がする。
憂の唇に注目したらなにかを我慢できずに、強く目をつぶって身を固くした。たぶんクッソブサイクな顔だったんじゃないか?我ながらダサい。ダサすぎる。
つんと憂の鼻先が、自分の鼻先に触れた気がした。たったそれだけで肩が飛び跳ねるし、心臓はうるさい。
もしかしてこれって、せ、接吻というラブイベントか?
いやまて、なんで僕はいま『キス待ち彼女』みたいに動けないんだ?相手は憂だぞ?僕は女の子が大好きなはずだ。おっぱいはFカップくらいが理想だぞ?
鼻先だけでなく、きっといまにも唇が触れそうな距離なんだ。なのに。
なんで――拒めない……?
しかしそこですかさず愛ちゃんが割り込んで、食い散らかしながら牽制してくるので僕もようやっと目を開いた。
憂の身体が離れたときに、心臓の鼓動は落ち着いたけど、どこかもったいないような気がしている。なにがもったいないんだ?自分で自分の気持ちがわからない。
「汚物のくせになにヒトのセンパイを口説いてんの!?純潔を二十六年守ってるセンパイを悪の道に引きずり込むな!」
奇しくも愛ちゃんの怒鳴り声で、僕は平静を取り戻すことができた。
そうじゃん、相手は憂なんだよ?そんなのいつもみたいに、殴って逃げれば済んだことだろ?
だって僕たちは『本当の恋人』じゃない。一時的な『お試し期間の恋人ごっこ』じゃん。憂のことなんか、なに考えてるかわかんなくて嫌いだし。
しかし愛ちゃん……頼むから無邪気に僕の『年齢=童貞歴』の痛い現実を晒さないで……もうそろそろ魔法使いになれそうな気がしてきたから……!
「ボクはヒロの恋人だし、お前はただの後輩でしょ」
憂は静かに舌打ちしてから胸を張ってエプロンが巻いてある腰に手を当てて、気に入ってくれてるのか『僕の可愛い後輩』の座を守ろうとしてる愛ちゃんと張り合おうとしてくる。愛ちゃんはご飯をモリモリ食べながら、怒り狂っていた。
「キーッ!憎ったらしいゴキブリ!バルサン焚いて末代まで抹殺してやる!」
末代って憂じゃない?とは正論のツッコミ入れても無駄なんだろうな……。
というかそれよりも!
「ちょっと憂、『仮』を忘れてないよね?僕はまだ『本命』になってないからね?」
そうだ、何度でも思い返してやる。
僕たちは元から『お試し彼氏』の関係なんだよ?いまどんだけスパダリ発揮して溺愛してきても、僕は揺らがないぞ!不覚にもドキッとしたし、まさかの『キス待ち彼女』の気持ちを体感した。
あの短い時間でめちゃくちゃ鼓動が速くなったけど、あれたぶんただの不整脈!救心飲めば治るから!
僕はまだ見ぬ夢の彼女と付き合って、ゆくゆくは結婚すんだからね!?魔法使いからの『独居老人・無職の籠馬ヒロさん(90)、市営団地の一室で孤独死』は阻止するからな!
だけどその忠告が、逆に憂のこころに火をつけたようだ。
「じゃあ……予約しとく」
「んも……!?」
ご飯が詰まっていた僕の唇に予告なしで憂の人差し指が当てられて塞がれ、その指がそのまま憂の形のいい唇に当てられた。
か、間接キスだと……!?
学生時代もクラスの気になる女の子がペットボトルでお茶飲んでる姿ひとつで、「あのペットボトルくれないかな……」と密かに願ってたやつだぞ!?
憂の熱が伝わってきたように、僕の顔が茹でダコみたいに紅潮してることをちょっぴり自覚したけど、これはきっと風邪!だからやめろ!
「ヒロの『初めて』、全部ボクがもらうからね」
憂が不敵な笑みで、壁はないからエア壁ドンして迫ってくる。追い詰められた僕はじりじり後退して逃げの体勢をとるが、やがては本物の壁に行き着いて壁ドンされた。
は、『初めて』を全部……!?
クラスメイト女子軍の奴隷として『ホモ漫画資料のデッサン人形役』で壁ドンと顎クイと床ドン以外はどうにか守りきってきた『初めて』を、全部コイツに捧げるの!?
怖すぎてシリの穴周辺が、校門括約筋をフル活用してキュッと締まる。
「け……ケツの処女は守りきるからな!?切れ痔、ダメ、ゼッタイ!」
嫌だあああああああああああああああああああ!!!!!!!!切れ痔は絶対に嫌だ!!!!!!
だってイチモツをアレするんだろ!?切れ痔確定じゃん!あんなんで「イクイク〜!」とかなってるひとの気が知れないよ!「ケツ穴が慢性切れ痔で肛門科行く行く〜!」の間違いだろ!?
背中は壁、左右は憂の腕、正面は憂の身体。逃げ場を完全に失った僕を他所に、憂が的外れな結論に至る。
「じゃあボクの貞操をヒロに……」
「そういう問題じゃないから!お前はあくまで『お試し彼氏』なの!」
決死の覚悟で憂の胸を押して逃げ出そうとしたが、微動だにしない。おかしい……憂の見た目は完全にモヤシだし、僕も一応コイツと同じ成人男性なんだけど?
確かに僕は引きこもって漫画ばっかり描いてたし、運動は壊滅的だったけど……その、なんかコイツ……やけにデカくない?170cmちょいある僕の身体が、簡単にすっぽり包まれてるんだけど?
こんなのクラスの女子が作った漫画でしか見ない光景だぞ!?現実にあったの!?
だって同じ男なら、肩幅とかいろいろあんま変わんないだろ?多少違うかもだし、たぶんガチガチのスポーツマンならすげー広いんだろうけどさ!
こんなの僕がメスじゃん!なんでメス堕ちしかけてんだよ!?
何度でも言う、僕は女の子が大好きだ!なんかもう美人の女体ならわいせつ罪でしょっぴかれてもいいから、とりあえず触って自分の本心を確かめたい!女の子好きだよね?将来はとんだヤリチン候補だよね?女の子をとっかえひっかえ……とそこでババァの言葉を思い出した。
「アンタはも○みちくんとは骨格自体が違うのよ?フライパンに油かけるときは、低い位置でちゃんとやりなさい!」
うん……僕はポストも○みちにはなれない。顔は普通だし、なにもかも普通だし、なんなら学力はバカで脚が速いわけじゃない。小学生時代でも、クラス一の秀才くんとクラス一脚が速いやつと、クラス一面白いやつに負けてたじゃん!勝てたの絵だけだよ?
クラスの女子がこっそりやってた『クラスの男子で誰となら付き合いたいかランキング』で「籠馬はないよね〜。なんか絵ばっか描いてて根暗だし、オタクって感じ」って一致団結して最下位にされてたぞ!
そんなヤツに、惚れるヤツいる?
喩え男だとしても、ないでしょ?だっても○みちにも、山○涼介にもなれない、なんなら得意な絵ですら漫画家になれない……。
ーーなんにもないんだ、僕には。
内心でめちゃくちゃ混乱して全身が熱かったはずなのに、急に大人しくなった僕をようやく解放して、憂は口許を手で押さえて小さく「かわいい」って呟いた。
なんでコイツは、こんなに僕のことが好きなんだ?なんにも得意なことで食っていけなくて、いろんなことでフラフラとしてる。
憂からの気持ちもみんな……本気で捉えなくて拒絶してただけだった。
でも憂はそんな僕の頭を撫でて、愛おしそうに見つめる。
「ふふ、わかってるよ。でもいつか、『お試し』は卒業するからね?」
「り、留年して退学しろ!バーカバーカ!」
その場にいられなくなった僕が、憂に背中を向けてありったけの悪口で罵る。我ながら語彙力皆無だな……謎の動悸と熱も復活してきた。やっぱり風邪なのか?
僕の背中を見つめて、憂が真面目にバカみたいな納得をし始めた。
「うーん、留年するのも焦らしプレイってことでいいけど……」
「プレイ扱いやめろ!僕の沽券に関わるから!」
僕の性癖はそんなに変態ではない。大いなる誤解を招く発言はやめろ。社会的地位なんか現在でも最低なのに、更に下がることってあるの?天井も床もないのか?
そんな僕たちを無視してご飯に夢中だった愛ちゃんが、パンパンに膨らんだ頬をハムスターのように動かして憂を呼びつける。
「おい汚物!スープおかわり!」
「汚物にやるスープには、牛乳を吸い込んで洗わず放置して臭いボロ雑巾も特別に追加してやるよ」
そんなスープは誰も食べたくない。愛ちゃんが食器をスプーンでカンカン鳴らして、子供のようにキレ散らかす。
「キーッ!この鬼姑!」
「うるさい小姑」
ねぇ……君たちのなかで僕がしれっと旦那になってない?なるつもりないからね?だって――。
『お試し彼氏』期間は、まだ終わらないからね!
長かったですね。お疲れさまです。
私も投稿前日の20時頃から書いて、なうで午前5時なの驚きました。
今年は「少年向けプロラノベ作家になりたい」と鬼のように別作品を書いて応募して、これ書く前の時間には「次の応募作のプロット作っとこ〜」って思ってたのに、そっち丸投げでこっちに走りました。バカですね。
うーん、あと5時間?ほどで新年度から幼稚園年中へ進級した娘の送迎時間からの洗濯が待ってるのですが、バレたら夫にいろんな意味で怒られますね。たぶん腹にワンパンくらいはされます。
バレたら大人しく腹を差し出して、成人男性の全力ワンパンを受けておきます。
その、これまでドン亀更新でも、なんとか着いてきてくださってる読者さんが何気にいらしたの知ったので、もうちょい更新ペース上げときます。
ありがとうございます。