スパダリってマジでいるんだね……
お久しぶりです。
話忘れかけてます。
特に目標もなく適当に専門学校へ通い、就活は失敗。家族からの白い視線を浴びつつも、ろくでもない日々に潤いを与えてくれていたバイト生活。
ゆるーい店長が仕切るゆるーい規則にゆるーい客足、ゆるーいパート主婦たち、読み放題の雑誌とコミック。そしてなにより可愛い可愛い女の子の後輩。
時給は神奈川県の最低時給ぴったんこカンカンだけど、ほぼ無趣味な僕には親が要求する生活費さえ捻出して、たまにソシャゲに微課金したり、激安な缶チューハイを楽しめりゃなんてことない。
要は親が気にする『ニートではない』という最低限の面目さえ立てられればいいんだから。
しかし……。
あの日を境に、天国は地獄へとジョブチェンジしやがった。
「先輩先輩っ!」
今日の2階接客&返品作業担当は僕。
3階の塾帰りなガキどもが悪さしないか見張りつつ2階でちゃっちゃと終わらせて詰めた箱たちを、1階まで運び終えた頃だった。
可愛い後輩女子がこの……冴えないスーパーフリーター様略してスパフリの僕に、上目遣い+上気して薄紅色した頬で話しかけてくれる。
さて。スパフリ童貞の諸君ならここで、
「あっこの女郎……さては某に気があるな? 今宵こそテリヤキバーガーセット以外のテイクアウト可かの? 10年前に購入してカッコつけて財布に入れたもののタイミングがなくて擦り切れつつあるコンドー〇がついに補充される感じかの? コンビニに寄って『マカ元気』を購入すべきであろうか?」
って冷静かつ至極真っ当な考察と予測に入ることであろう。
僕もかつてはその道のプロであったわけだから、ものすごく理解できる。
というかいまでもその予測が当たればいいと思ってるし、自宅の机に埋まってる畜生の在庫を減らしたい。せめて生の女体をこの目で拝んでから死にたい。男に接吻されただけで恋愛経験が終わる人生なんかクソ喰らえ。我女体拝見希望也。
だがな、世の中そんな甘っちょろくできてないんだわ、スパフリ童貞諸君。
「今日はそのぉ……憂さんとお約束してますか?」
死んだね。
可愛い後輩のテッカテカ潤った可愛いお口が、僕ではない男の名をハミングしやがりましたよ。あからさまなご期待に煌めかせた眼差しですよ。
許すまじイケメン、一片の遺伝子も残す隙なく破滅しろ!!!!
こうなったら男が廃るってものよ、とばかりに。
僕のクリックリした中学生みたいなマナコちゃんはドス黒い光を放って、ドス黒い声で脳内悪魔のセリフをそのままなぞった。
「…………シテナイデス」
しかし可愛い後輩こと愛ちゃんの元気なツインテールが絶望に垂れ下がった瞬間、僕はコンマゼロ秒で脳内悪魔を撲殺。
「あっあっでもぉ! 約束なくてもアイツならオールシーズン来ちゃうよ!? なんなら僕いまから連絡して聞いてみようか!?……って」
エプロンの上から羽織ってるパーカーのポケットに常備したスマホを手に取った瞬間、バイブで着信を報せたのと同時に通知ポップが浮かんだ。
『名古木憂:ミスドなう。いつものでいい?』
連絡するまでもねぇ!!!!
お待ちかねだよ!!
てかアイツなんなん? 暇なん?
なんで毎晩毎晩こっちの業務終了までにキッチリ待ち伏せスタートさせて、コーヒーとドーナツとフランクパイと海老グラタンパイと肉まんを嗜みつつ僕へのお土産を用意する時間的+経済的余裕を見せつけるん? スパダリかっっっっ!!!!
……まぁここはステイクールだぜ、籠馬ヒロよ。
そう言い聞かせつつ愛ちゃんに向き直る。
「アイツやっぱりミスドにいるみたいだから、ついでになにか頼んどく?」
僕からお誘いを受けた瞬間の、その笑顔の輝きよ。
理由がアイツじゃなけりゃ……脳内フィルムに焼き付けてしまいたいんだけどな。
なんだかんだ文句を付けた僕がここまでの余裕をぶっこけるのには、れっきとした理由がある。
「憂さんって、どこの学校に通ってらっしゃるんですかぁ?」
身長180近い優男の、小柄な女の子に合わせる気皆無の歩調に、愛ちゃんは必死で食らいついて話題を提供。
あのまま客足がパッタリ途絶えたので、早めに閉店作業を済ませ、僕はヤツが待ち構えるドーナツショップに直行した。
窓際の元喫煙席で待っていたのは予想と1ミリもかけ離れていない、ロングヘアのウィッグを被った清楚キレイめ系女子……に変装した男。
僕の彼女(?)は、今日も完璧な美しい女装で性別を偽っている。
僕以外のこの場にいるすべての人々が、彼に騙されていることだろう。もちろん――――愛ちゃんも。
デートのつもりだったのだろう。憂は男装用の着替えが入っているお馴染みのスーツケースを置いたまま、僕のためだけに注文しにレジへ向かった。
数分後、憂の真正面に座る僕の前にはホットコーヒーと汁そばと肉まんと小籠包、ドーナツが2個。僕の隣を陣取る愛ちゃんの前には……冷水が1杯。鬼姑かよ。
めげない愛ちゃんは冷水をまるで最高級ワインを賜ったように有り難がるので、僕内の愛ちゃんKP(可愛いポイント)は50000上がり、憂KP(怖いポイント)は800000上がった。
清々しくウザがる憂の態度に砕けることなく、愛ちゃんは僕がこれまで見たことのない艶っぽい視線を、憂にぶつけまくっている。こう言っちゃうと汚いが、メス全開だ。
愛ちゃんは憂の性別を女性だと疑うことなく信じ、あろうことか女性として好意を抱いているようなのだ。
要は百合。男のきったねぇアレの出番は一切皆無の、ふわふわパイサンドな聖域。
彼女に元からそのケがあったのかは、バイト仲間で一番歳が近い僕も知らない。言われてみれば彼氏がいたとか聞いたことないし、男体への興味や渇望など、微塵も感じさせない清廉潔白さだ。
僕も幾度その鉄壁に弾かれたことか……彼女のちょっとした言動と連動する『脈アリ指数』は途中から数えるのやめたわ。不毛だもの。
しかし確実に言えることがある。
現在の外見はともかく、憂は男性。しかも性的嗜好はこの通り、ブサメン以外お断り。
なのだから、愛ちゃんにそのケがあったとしたらまさしく大ごさーん☆
愛ちゃんが実は男の娘でしたてへぺろ♡ なんてガチな漫画的真実が存在しない限り、彼女の勝率はゼロ突き抜けてどマイナスのはず。
案の定、憂の態度や表情は氷点下。
「ボク、学生じゃない」
あからさまに『オメーちっとは空気読んで母ちゃんのオッパイ吸いにダッシュしな』という拒絶の意を込めてることなんか、どーでもいい程度に惹かれる話題。
え、学生じゃないの?
パッと見で僕よりちょい年下っぽくて暇そうで身なりがいいから、大学生だと勝手に確定させていた。
大学生はいつだって暇でチャラチャラしたブランド服とアクセサリーを身につけて、闇バイトで稼いではテニサーを名乗るヤリサーで女を酔い潰してテイクアウトする日々を送るって……漫画で読んだからな。
僕が専門学校に入学したと同時期に大学生になったはずの友人と軒並み連絡つかないんだ、過激な妄想と偏見なら任せとけ。
「めんどくさ……」
憂の苛立ちが最高潮を突き抜けたのか、冷たく言い放つ。
「○×商事勤務の名古木憂、24歳。籠馬ヒロの彼氏です」
え? 商社勤務?
僕も驚いたが愛ちゃんもかなり驚いていた。
たぶん違うところで。
「ついでに○○コーポレーション現CEOの次男だけど」
え?
おかねもち?ボンボン?
僕たちの驚愕など無視して、憂はにっこりと微笑んだ。
「仲よくしてね、腐った股が臭そうなあざとちっぱいさん」
マジのスパダリだったわ。