チョロイン
『明日のバイトの後、時間ありますか?
大事な話があるんです(><)』
バイト先の可愛い女の子からのメッセージだぜ?
信じられるか?
彼女いない歴=年齢の僕にモテ期が到来したのかもしれない、と脳内ブレイクダンスを極めた僕だが。
「あのー……」
二十六歳で恥ずかしながらフリーターをしている僕は、今日も元気にレジ番をしながらジャンプを読んでいた。
しかし。
いまちょっと、困ったことになっている。
ここ分岐堂書店は神奈川県のクソ田舎にある駅前の、雑居ビルの一角に構えている。
一階は一般文芸書や雑誌と文房具、二階は学習参考書と児童書とコミックコーナーという構成だ。
ちなみに三階は学習塾で、講義が終わる二十一時頃はうるさいクソガキが文房具やコミックを買いに来る。
いまはその前の時間帯で、レジ点検を終わらせたからめちゃくちゃ暇だ。
店内に人影はなく、よく潰れないでやってられるなと雇われてる側だとしても不安になる。
しかしレジカウンターの真ん前を陣取る、最近やけに見覚えのある女装野郎……失礼、男の娘がくそ邪魔だ。
「他のお客様のご迷惑となりますので……どいて頂けませんかね?」
僕はなるだけ丁寧に言葉を選び、お客様にご帰宅を促したのだが。
「ボクもお客さんだから」
などと言って僕の顔を穴が開くほど睨みつけながら、その美しさに似合わない週刊ゴルフダイジェストを手に取っていた。
というか僕の顔ばっか見て、ゴルフダイジェストを手に取る意味が見当たらないのだが?
とにもかくにも、僕の命題として男の娘……もとい僕の恋人?である名古木憂を早急に追い出さなくてはならない。
「ちょっと……今日は約束があるから一緒に帰れないって、昨日言ったじゃん!」
僕が声を潜めた理由はもちろん、その約束の相手が二階にいるからである。
しかし憂はわざとらしい大きな声で、なにかを詰めた胸を張った。
「ボクはヒロの恋人だから」
「それ免罪符じゃないからね!?」
畜生!
愛ちゃんに聴かれたら、どう説明すんだよ!
仮に今日の大事な話とやらが愛の告白だとしたら、僕は速攻で憂をクーリングオフして愛ちゃんを選ぶ自信がある。
だから憂との妙な関係を知られてしまった場合、泥沼しか未来がない。
僕が愛ちゃんの立場だったら、男の恋人がいる男への告白など取り消す。
やだよ、最初で最後の恋人が男なんて!一度くらいはいい夢見させてよね、神様!
などと無神教の僕が熱心に祈っていたら。
「ヒロせんぱーい!ちょっと手伝ってもらってもいいですかぁ?……って」
二階からパタパタと可愛らしく降りてきた愛ちゃんは、真っ先に憂へ目を向けた。
「接客中か、失礼しましたぁ」
「違うよ愛ちゃん、手伝うよ!返品本?」
引き返そうとする愛ちゃんを必死に止めて、僕は憂との会話を切り上げて業務に戻ることにした。
書店では毎日、返品期限のある本を処理していく。
人気作は当然ながら回転が早いが、微妙な作品は期限の前に卸売会社の日販へ送ってしまう。
でないと新刊は毎日のように出るし、人気作は入荷冊数が多いから場所をとるしで邪魔なのだ。
愛ちゃんは二階で、その返品作業を担当していた。
「ありがとうございます!今日はちょっと多くて」
あたしひとりじゃ無理でした、なんてテヘペロする愛ちゃんかーわーいーいー!!!!!!
デレデレする僕を蔑むような視線があるが、僕は気にしない☆
「了解、どんと任せてよ!僕だって男だしね!」
どん、とうすぺったい胸を叩いて、ゴボウのような力こぶを作る僕に微笑む分岐堂書店のミューズ。
「ふふ、いつも頼りにしてますよぉ」
そのご期待に応えようじゃないか!とスキップで階段を駆け上がり、二階に置いてある返品本が隙間なく詰められたダンボール箱を持ち上げようと……。
「ふんっ……ぬおおおおおおおおお……っ!」
全然持ち上がんねぇ。ビクともしねぇ。
なんだこれ、子泣きじじい入ってんの?
「ヒロ先輩……やっぱりふたりで……」
顔を真っ赤に染めて必死で持ち上げようとする僕に気を遣って、愛ちゃんが提案するが。
「いや……だい、じょう、ぶ……僕ひとりで……」
僕は愛ちゃんに、いいところを見せたい。
全部運び終わったあとに、キャー先輩男らしい!好きです♡なんて言われたい。
今日は付き合ってくださいって言いたかったんです♡なんて言われたい。
ちゃんと女の子の恋人が欲しい。
だが。
「おわっ!?」
手が滑った僕の体は、バランスを崩して倒れそうになる。このままではカッコ悪く尻もちをつくだろう。
しかしその背中を、誰かの手が力強く支えてくれたことで事なきを得た。
その誰かって……。
「無理すると腰痛めるよ」
「う、憂……!」
「貸して」
などと言って、憂は僕が持ち上げられなかったダンボール箱に手を伸ばした。
いや待て、僕が持ち上げられなかったってことはだな……僕より細そうな憂の腕は、間違いなく折れる!
「い、いいよ!これ結構重……い……」
僕の言葉尻が途切れた理由は、憂が箱を持ち上げられなくて尻もちついたわけじゃない。
憂はダンボール箱を持ち上げ、なんでもないみたいに歩き始めた。
か……軽々……だと!?
驚愕する僕へさらに追い打ちをかけるように、愛ちゃんが憂を称賛し始めた。
「す、すごいです!こんなに細いのに……」
「別に。誰かさんが筋肉ないだけじゃない?」
「わ、悪かったね!どーせ僕はもやしっ子だよ!」
涙目で悲しい反論以下の言い訳をする僕を無視して、憂はダンボール箱を澱みなく運んでいく。
畜生この素顔イケメン野郎。
なんでお前みたいなイケメンがよりによって女装してんだよ。なんで恋愛対象が男性なんだよ。
なんでよりによって童貞野郎に惚れてんだよ。
僕が女の子だったら、いま恋という罠に落ちてたからな?
あれ、うまい事言った?
なんて脳内でアホを繰り広げていたところに。
「あ、あの……ヒロ先輩!」
愛ちゃんが僕に話しかけてきてくれた。
なんだい?なんて、イケメン先輩風吹かせて返事をしたのだが。
「その……今日の予定、やっぱりなかったことにしてもらっていいですか……?」
「え」
いま……なんて?
いや、僕に告白じゃないの?え?
選択肢間違えた?クイックロードする?
いや待て。これは新たなフラグでは?ちょ、攻略ウィキ漁ってくるわ。だからとりあえずセーブさして。
あまりに唐突すぎてゲームと現実を混同させるバグを起こした僕を他所に、
「ほんとにすみません!」
と愛ちゃんが平謝りしてから、急いで駆けていくその先には。
「あ、あの!」
彼女が呼び止めたのは、他でもない女装野郎。
「連絡先とか……教えてもらえませんかぁ?」
「え?」
ミューズチョロすぎィ!!!!!!!!!!